「ゲノム革命―ヒト起源の真実―」ユージン・E・ ハリス 著

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人類の起源と進化の過程を解き明かす試みは、分子生物学の発展によって大きく様変わりすることになった。骨格や形態の違いだけに頼るのではなくDNAを解析し、塩基配列に基づく生物種の近縁関係を明らかにすることができる。本書は、そのような分子生物学の手法が人類史におよぼす影響をわかりやすく一般向けに描いた一冊である。原本は2015年、邦訳も2016年発売と、まさに最前線の状況を知ることができる。

すでにヒト、チンパンジー、ボノボ、ゴリラ、オランウータン、マカクの全塩基配列が決定され、ヒトとそれ以外の霊長類との比較によってヒトの起源を知る客観的なデータを得ることができるようになった。さらに世界中のDNAの個人差をまとめるプロジェクトもはじまり、ヒトという種の遺伝的多様性もあきらかになりつつある。このようなゲノム解析と分子生物学はヒトの起源について、どの程度役立っているのか、その全体像を本書は描こうとしている。

とはいえ、人類の起源と進化を解き明かすという目的に対して、分子生物学が無謬であるわけではない。これまでの仮説の検証を行いうるだけのデータと「より詳細な近似解」の提示、というのが古人類学へのゲノム解析を使ったアプローチとなる。

2000年代から2010年代にかけて、分子生物学の分野では大きな進歩があった。2003年、ヒトのゲノムの全塩基配列が決定され、その後、類人猿を含む様々な生物のDNA配列が決定、世界中の様々な人種・民族を超えた多くの人々のDNA配列も広範に調査が進んだ。さらにネアンデルタール人やデニソワ人など旧人類の化石からもDNAが採取され、彼ら化石人類の詳細なゲノム配列が判明した。

その結果、人類の起源に関する従来の学説・通説の多くが覆されることになった。ヒトとチンパンジーとは地理的障害(森に棲んでいた祖先がサバンナに進出するなど)が生じたことによって交配が途絶え速やかな種分化がおきたとする「異所的種分化」説が主流だったが、ヒトとチンパンジーとはヒトの遺伝子が登場してから、一時的に交配が途絶えたものの、再び交配をはじめ百万年以上かけてゆっくりと種分化を遂げていった(個所的種分化)ということがあきらかになった。ヒトとチンパンジーとの種分化は400~600万年前のスパンのどこか、約540万年前が有力だが、それ以前の化石人類、例えば約700~600万年前と推測されるサヘラントロプス・チャデンシスはヒト遺伝子が登場してからヒトとチンパンジーとが種分化する長い合着期間のどこかで、「ヒトの系統が進化するよりはるか以前に古代のヒト遺伝子の系統上で進化したDNA変異体を受け継ぎ、ヒトに似たいくつかの特徴を受け継いだ可能性」(P105)が指摘されている。

現生人類の起源についてもDNAの解析は非常に多くの発見をもたらした。一つにはヒトの進化的起源がアフリカにあることが明白となり、他地域進化仮説を完全に退けたことだ。一方で、アフリカのどこで誕生したかは、ミトコンドリアゲノムは東アフリカを指し、核ゲノムは南アフリカを指し示すなどまだ見解が分かれている。「人類はある一か所で誕生したとする従来の考え方と違い、アフリカにおけるヒトの起源はもっと複雑で地理的に広範囲にわたるという可能性」(P193)も高い。

もう一つ画期的な発見となったのが、ネアンデルタール人やデニソワ人の化石のゲノム解析が進んだ結果、われわれホモ・サピエンスとネアンデルタール人やデニソワ人とが交配していたことが明らかになったことだ。「現代のユーラシア人のゲノムのうち最大四パーセントまでがネアンデルタール人由来のDNAで構成」されており、おそらくアフリカを出た人類は、ヨーロッパ人とアジア人に分岐する前――推計では六万五千年前から四万七千年前の間――、ネアンデルタール人とおそらく東地中海付近で出会い交配した。また、2010年にアルタイ山脈で発見されたデニソワ人との交雑の証拠を多く残しているのが南アジアの島々、オーストラリアのアボリジニやパプアニューギニア、フィリピンなどを含むメラネシアに住んでいる人々で、ゲノムの三~六パーセントがデニソワ人に由来している。また、タイ族、南米インディオ、中国の漢族などからも割合は低いがデニソワ人由来のDNAが発見されている。

これらの発見によって、アフリカで誕生し一つのミトコンドリア遺伝子の系統を受け継いで他の旧人類を次々駆逐しながら勢力を拡大した現生人類、という通説もまた覆され、旧人類との交雑も含め、複雑なプロセスをたどって多様化しながら進化と適応と拡散の過程をたどったことが見え始めている。今後、さらに研究が進むと、ヒト特有と信じられてきた様々な特徴も、「もっと古い、ほかの霊長類との共通の過去に根ざしていることが明らかになるだろう」(P312)と著者はいう。

人類史のブレイクスルーが近づきつつあることが体感できる非常にエキサイティングな一冊であろう。

Kousyou

「Call of History ー歴史の呼び声ー」管理者。個人ブログはKousyoublog。英独仏関係史、欧州中世史、近世日本社会史、鎌倉幕府史などに興味があります。

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