「神奈川中世城郭図鑑 (図説 日本の城郭シリーズ 1)」西股総生,松岡進,田嶌貴久美 著

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日本史に関する良質な専門書を多数出版している戎光祥出版がおくる「図説 日本の城郭シリーズ」の第一弾。神奈川県民で城歩きを含む史跡巡りが趣味の私としてはとてもありがたい一冊である。

本書が特徴的なのは、ただ中世城郭を紹介するだけではなく、いずれも現地を城郭研究の専門家である筆者が歩き、かつ近年の研究成果をきちんと踏まえた記述になっている点である。

例えば衣笠城である。衣笠城は三浦氏の居城で源頼朝の挙兵に際して三浦義明が討ち死にしたエピソードでも有名な城で、長らく大規模な中世山城だと考えられてきた。しかし、近年衣笠城はこれまでの通説からうってかわって、斎藤慎一「中世武士の城(歴史文化ライブラリー218)」(吉川弘文館、2006年)、斎藤慎一、向井一雄「日本城郭史」(吉川弘文館、2016年)などをはじめ多数の研究でも指摘されてきているが、現在遺構とされている衣笠城址部分は城ではなかったとされてきている。

本書でもこれら近年の説を踏まえて、「幻想だった鎌倉時代の巨大山城」と題して「山全体を城域とする見解もあるが、図で示す通り、大善寺の背後には城らしき遺構はない」(56頁)、「今日『衣笠城』とされる地は城郭としてははなはだ疑問である」(57頁)といった具合に、実際の現地での調査も踏まえて新たな衣笠城の紹介がなされている。本書の記述は、実際に衣笠城を歩く際に非常に参考して、先日、本サイトの記事「衣笠城址と三浦氏の寺社を歩く」でも本書をはじめとした諸研究を参照しつつ新たな衣笠城観を踏まえた同城址の紹介をした。

このような近年の研究成果を取り入れる姿勢は「鎌倉城」に関するコラムでも同様で、鎌倉都市研究では鎌倉城に代表される鎌倉城塞都市説がほぼ退けられている現況を背景として、「鎌倉城は実在したか――」と題して、もろもろの鎌倉城観に疑問を呈し、「どうやら、『鎌倉城』という概念は中世城郭の多様なあり方や、発展段階を多角的に理解しようとする試行錯誤の中で生じた、一種の錯覚だったようである」(73頁)と結論付けている。鎌倉城塞都市説が否定されているという話については先日紹介した秋山哲雄 著「鎌倉を読み解く―中世都市の内と外」(勉誠出版、2017年)に研究史がまとめられている。また、本格的な「鎌倉城」否定の論文としては岡陽一郎「幻影の鎌倉城」(五味文彦・馬淵和雄編『中世都市鎌倉の実像と境界』高志書院、2004年)がある。

筆者たちが実際に歩いた経験に基づく分析と、最新の学説とが絶妙なバランスでかみ合っているようであり、城址を行く前の予習としても、かさばる大きさではないので携行して現地で参照しながら歩くのでも、城址から帰ってきてあらためて振り返る目的にも、それぞれ申し分なく有用な一冊であると思う。実際これを片手に三崎城、新井城、玉縄城、小田原城など歩いたし、次はこれを片手に小机城行ってこようか、いや津久井城もいいなぁと愛用させてもらっている。

このシリーズ、次は静岡県お願いします。韮山城をはじめとして伊豆半島の城歩き倒したいので、本書のような質と網羅性を兼ね備えたガイドブックがあるとうれしい。

Kousyou

「Call of History ー歴史の呼び声ー」管理者。個人ブログはKousyoublog。英独仏関係史、欧州中世史、近世日本社会史、鎌倉幕府史などに興味があります。

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日本中世史(書籍)
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