アンジュー伯家の帝国建設(929年-1154年)

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アンジュー伯家はフランスの諸侯である。十世紀から十二世紀にかけて台頭し、1154年、ノルマン朝にかわってイングランド王位を含めたブリテン島南部からノルマンディ、メーヌ、アンジュー、ポワトゥー、アキテーヌ、ブルターニュなどフランスの過半を支配下におく通称アンジュー帝国を築いた。獲得していた称号としてはイングランド王位が最高位ではあったが、イングランド王位は数ある称号の一つにすぎず、あくまでアンジュー伯家として諸侯の連合体の上に君主として君臨していた点に特徴がある。十三世紀にアキテーヌを除く大陸領土を失ったあとはプランタジネット家として十四世紀末までイングランドの王位を継承していった。ここでは1154年、アンジュー伯家の家長アンリ・プランタジュネ(イングランド王としてはヘンリ2世)のイングランド王位獲得までのアンジュー伯家の歴史をまとめる。

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アンジュー伯の台頭

860年、ユーグ・カペー(フランス王、在位987~996)の祖ロベール豪胆公が西フランク王シャルル禿頭王(在位843~877)からネウストリア辺境侯としてセーヌ川からロワール川にいたる広大な領域を与えられた。ロベール家はイル・ド・フランスを地盤とする一方でその他の所領には副伯を配して経営にあたらせた。

アンジュー地方の主邑アンジェの副伯となったのがフランク貴族アンジェルジェの子孫と言われる赤毛のフルクという人物である。彼はヴァイキングの侵攻のどさくさにアンジュー地方を制して、929年頃アンジュー伯を自称(在位929頃~942)。孫のジョフロワ1世(960頃~987)はユーグ・カペーの王位継承を支援して地位を築いた。マルテルの異名で知られたジョフロワ2世(1040頃~1060)の時代にトゥレーヌ伯領を併合するなど王国屈指の領邦君主となり、1043年、ジョフロワ2世は神聖ローマ皇帝と結ぶと北フランスの覇権をめぐりフランス王、ノルマンディ公らと対立、三つ巴の抗争を演じた。

1060年、フランス王とアンジュー伯との対ノルマンディ同盟が成立するが、1066年、イングランドを手中に収めたノルマンディ公ギヨーム(イングランド王ウィリアム1世、在位1066~87)が形勢を逆転、アンジュー伯家はジョフロワ2世死後の後継者を巡る内紛もあって勢力を大いに削がれ、フランス王への臣従を余儀なくされた。

大アンジューの形成

1108年、フルク5世(在位1108~1128)がアンジュー伯となったとき、アンジュー伯家は非常に厳しい情勢に置かれていたが、彼の治世からアンジュー帝国への道が切り開かれていくことになる。1110年、さっそくメーヌ伯領を併合、その後もフランス王、ノルマンディ公(イングランド王)と争いながら勢力を回復させていく。

1100年、イングランド王ウィリアム2世死後の後継者をめぐってヘンリ1世(在位1100~35)の即位に反対するヘンリ1世の兄ノルマンディ公ロベールの子ギヨーム・クリトの勢力をフランス王、アンジュー伯らが支援してはじまったイングランド・ノルマンディ継承戦争は長期化の様相を見せたが、1118年までにヘンリ1世が戦局を優位に進めると、ヘンリ1世の息子ウィリアムとアンジュー伯フルク5世の娘マティルドの間で婚約が取り決められて和平が成立、ところが、1120年、ヘンリ1世嫡男ウィリアムが事故死してしまい破談となってしまう。

1123年、フルクは手のひらを反してギヨーム・クリトと娘との婚約を取り決め、一方ヘンリ1世は、1125年、娘で神聖ローマ皇帝ハインリヒ5世(在位1111~25)の妃となっていたマティルダが夫の死によって未亡人となったため、1127年、彼女を後継者と定め、1128年、反ヘンリ1世勢力の首魁だったギヨーム・クリトが戦傷が元で死亡したことを受けて、あらためて、ヘンリ1世の娘マティルダとアンジュー伯フルク5世の嫡男ジョフロワとの婚約を締結する。両家の婚姻によって次に生まれる後継者はイングランド王、ノルマンディ公、アンジュー伯の三大勢力を一つに統合する君主となる道が開けた。

アンジュー伯フルク5世は1128年、嫡男のジョフロワにアンジュー伯位を譲り、自らはエルサレム王ボードワン2世(在位1118~31)の娘メリサンドと結婚、聖地へ赴いてエルサレム王となり、ザンギー朝、ファーティマ朝の攻勢をよくしのぎながら、1143年頃亡くなった。彼の死の直後の1144年、エルサレム王国の庇護を失ったエデッサ伯国がザンギー朝の侵攻によって陥落、フルク王の未亡人メリサンド女王の救援要請によって第二次十字軍が開始されることになる。

アンジュー帝国への道

1133年、フルク5世の跡を継いだアンジュー伯ジョフロワ5世美男伯(在位1128~51)と妻マティルダの間に待望の男子が生まれ、アンリと名付けられた。後にアンジュー帝国を建設するヘンリ2世である。

1135年、ヘンリ1世はマティルダを後継者に定めて亡くなるが、これを無視してイングランド王に即位したのが、ウィリアム1世の娘の子、ブーローニュ伯エティエンヌである。イングランド王としてはスティーブン王(在位1135~54)と呼ばれる。ブロワ伯を父としてフランス王に臣従するれっきとしたフランス貴族だが、マティルダの後継に反対する貴族たちの支持を受けて、イングランドの支配を確固なものとしつつ、ノルマンディ公位をめぐってマティルダ=ジョフロワ軍と激しい戦闘に入った。

1138年、マティルダとアンジュー伯ジョフロワ5世連合軍はノルマンディ公領を征服して1144年までに同領の支配を確立。一方、1139年にイングランドへ侵攻を開始し、1141年のリンカンの戦いでスティーブン王を捕虜とするなど、戦いを優位に進めたが、1147年、有力な支持者だったグロスター伯の死によってイングランドから撤退を余儀なくされる。そのような激しい内乱の中で、1146年頃、嫡男アンリが初陣を飾り、1149年にはイングランド遠征を指揮、若くして勇猛な武将として知られるようになった。

1151年、アンジュー伯・ノルマンディ公領の支配を着実に進めていたアンジュー伯ジョフロワ5世が亡くなった。彼の代に「エニシダ(プランタ・ゲニスタ)」にまつわる伝説が形作られる。それは以下のようなものである。

「ポワトゥー地方のムリエールの森を騎行していると、金色のマントに身を包んだすばらしい美女の顔をした一角獣に出会った。つかまえようとすると一角獣は消え去り、あとには彼女の装いの色をしたエニシダの畠が広がっていたのである。伯はエニシダの一枝を摘み、帽子にさし、この魅惑的な出会いの思い出にと、この花を伯の紋章としたのであった。」(アンリ・ルゴエレル著(福本秀子訳)「プランタジネット家の人びと (文庫クセジュ)」白水社、2000年、8頁)

ジョフロワ5世美男伯はこのエニシダにちなんでプランタジュネの異名で知られるようになる。後にこの名称をとって、彼の子ヘンリ2世より始まる王朝をプランタジネット朝と呼ぶことになる。

父の死後すぐにアンリ・プランタジュネはイングランド王スティーブンの味方となっていたフランス王ルイ7世(在位1137~80)に対しノルマンディ公として臣従礼をささげて和解しつつ、夫婦仲が悪化していると噂のフランス王妃エレアノール・ダキテーヌに接近を図る。1152年、母マティルダが亡くなるのと同じ年に、ルイ7世と離婚したばかりのアリエノールと結婚、彼女が継承者となっていたアキテーヌ公領を獲得した。1153年、イングランドに渡ったアンリ・プランタジュネはスティーブン王軍を撃破しスティーブンの長子ユースタスの病死もあって、スティーブン王はアンリ・プランタジュネを後継者として認めるウィンチェスター条約を締結、1154年に亡くなった。

父伯の遺志は長男アンリにイングランド王位とノルマンディ公位を、弟ジョフロワにアンジュー伯位を継がせるというもので、ジョフロワもアンジュー伯位を要求したが、アンリ・プランタジュネはこれを退けると1156年までにアンジュー伯領内のジョフロワ派を平定した。ジョフロワはナント伯に封じられた後すぐの1158年に亡くなっている。

かくして、アンリ・プランタジュネ(プランタジネット朝イングランド王ヘンリ2世(在位1154~89))によって、アンジュー伯家を君主と仰ぐフランス・イングランド諸侯の連合体――アンジュー帝国が出現した。

歴代アンジュー伯

1.フルク1世(在位929頃-942)
2.フルク2世(在位942頃-960)
3.ジョフロワ1世(在位960頃-987)
4.フルク3世(在位987頃-1040)
5.ジョフロワ2世(在位1040頃-1060)
6.ジョフロワ3世(在位1060-1067)
7.フルク4世(在位1067-1109)、ジョフロワ4世副伯(在位1104-1106)
8.フルク5世(在位1109-1128)のちエルサレム王(在位1131-1143)
9.ジョフロワ5世(在位1128-1151)
以後プランタジネット朝(1154-1399)
10.ヘンリ2世(ノルマンディ公在位1151-1170、アキテーヌ公在位1152-1170、アンジュー伯在位1156-1170、イングランド王在位1154-1189)
11.若ヘンリ(ノルマンディ公・アンジュー伯・イングランド副王在位1170-1183)
12.リチャード1世(在位1189-1199)
13.ジョン(在位1199-1216、1206年アンジュー伯領がフランス王領へ編入)
以後プランタジネット朝イングランド王兼アキテーヌ公

参考書籍
・アンリ・ルゴエレル著(福本秀子訳)「プランタジネット家の人びと (文庫クセジュ)」白水社、2000年
・朝治 啓三,渡辺 節夫,加藤 玄 編著「中世英仏関係史 1066-1500:ノルマン征服から百年戦争終結まで」創元社、2012年
・青山 吉信 編著「イギリス史〈1〉先史~中世 (世界歴史大系)」山川出版社、1991年
・柴田 三千雄, 樺山 紘一, 福井 憲彦 編著「フランス史〈1〉先史~15世紀 (世界歴史大系)」山川出版社、1995年
・佐藤賢一 著「カペー朝―フランス王朝史1 (講談社現代新書)」講談社、2009年