「ヴァロワ朝 フランス王朝史2 (講談社現代新書)」佐藤賢一著

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カペー朝―フランス王朝史1 (講談社現代新書)」に続く作家佐藤賢一氏によるなかなか続編ブルボン朝が出ないフランス王朝史シリーズ第二弾。最近書店で佐藤氏の新刊「テンプル騎士団 (集英社新書)」見かけて笑った。カペー朝→ヴァロワ朝ときてまたカペー朝時代に戻っているじゃないですかぁ。その前の「英仏百年戦争 (集英社新書)」から数えるとヴァロワ(百年戦争)→カペー(フランス王朝史1)→ヴァロワ(フランス王朝史2)→カペー(テンプル騎士団)と来ているので、もしかしてこのままカペー=ヴァロワ朝時代で循環していくのでは・・・ヴァロワ朝時代もまだブルゴーニュ公国とかイタリア戦争とか、先生好きそうな題材一杯ありますもんね・・・

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封建制から中央集権へ

さて、本書のテーマとなるヴァロワ朝である。脆弱な王統を地道に続けてフィリップ2世、ルイ9世、フィリップ4世の三傑による、歴史上「王権の覚醒」と呼ばれる躍進によってフランスの大半を版図としたカペー王権も、まさかの突然な直系断絶によって傍流ヴァロワ伯家がフランス王位に就いた。

カペー朝とヴァロワ朝は一応王朝の交替として分けて数えられるのが通例であるが、本書で解説されている通りヴァロワ伯家はフィリップ4世の弟ヴァロワ伯シャルル1世に始まる家で、カペー朝最後の王シャルル4世(フィリップ4世の子)とヴァロワ朝最初の王フィリップ6世(ヴァロワ伯シャルル1世の子)とは叔父甥でしかなく、実際のところカペー朝とヴァロワ朝というように分ける必要があるのか微妙なところで、まとめてカペー=ヴァロワ朝などと呼ぶこともあるし、ヴァロワ朝も後に嫡流が絶えてカペーからヴァロワに移ったのよりも随分遠い関係性の傍流が登位して――シャルル8世死後即位したのはシャルル8世の曽祖父シャルル6世の弟オルレアン公ルイの長男オルレアン公シャルルの子ルイ12世――ヴァロワ=オルレアン朝やヴァロワ=アングレーム朝などと分けられることもあれば、分けずにまとめてヴァロワ朝とされたりもする。

その王権の継続性に本書でも注目がされていて、カペー王権から続くフランス王権の強化と統一の志向という大きな潮流の中に百年戦争があり、やがて外に向く戦争に次ぐ戦争の歴史を見る。一方で、カペー朝時代とはがらりと変わってしまった点にも注目する。

「ヴァロワ朝のフランス王は従来の封建制とは全く違う原理において、国家制度の整備を進めた。なかんずく王だけが取りうる税金を課し、王だけが持ちうる常備軍を創設した。かねてからの司法行政機構も磨かれ、終局的にはすべてがフランス王に行きつくシステム、つまりは中央集権的なシステムも完成させた。

(中略)

諸侯に寄り道するでなく、また外国の君主に流れ出るでもなく、きちんと王のところに収斂していく諸制度が、ヴァロワ朝の時代に確立されたのだ。」(356頁)

これもカペー朝以来のフランス王権強化の志向ゆえに整備されざるを得なかった国家システムであり、同時にカペー朝時代の封建制の特徴のことごとくを上書きして誕生した国家システムであったといえるのだろう。

ヴァロワ朝四天王(五人)

特筆すべき王は多い。カペー朝なら前述の三傑で止めが刺されるのだが、ヴァロワ朝時代になると君主も様々、個性も事績も様々だ。とはいえやはり重要な人物を挙げるなら、シャルル5世とシャルル7世、続いてルイ11世、フランソワ1世、アンリ2世といったところになろうか。シャルル8世が早世しなければ、ルイ12世に替わってチェーザレ・ボルジアと対峙するのは覇気漲る彼になっていたから、もっと面白いことになっていたかもしれないが。

賢明王の称号をもってフランス歴代君主屈指の名君とされるシャルル5世は、名将ベルトラン・デュ・ゲクランを登用し常備軍を作り百年戦争前半の圧倒的劣勢を覆して、税制を整えフランスに国家財政という概念そのものを生み出し、優秀な官僚群(マルムーゼ)を編成して、封建国家フランスから近世国家フランスへの移行を画期付ける。ヴァロワ朝を語る上でまずシャルル5世は最重要人物であろう。

滅亡寸前亡命政権の主に過ぎなかったシャルル7世は祖父の事績をより強化して強力極まる常備軍を整え、まさかの聖女ジャンヌ・ダルクも登場してイングランド王家をフランスから駆逐、財政・税制・司法制度・官僚機構までシャルル5世に倣いつつも国家システムを一から生み出して、「勝利王」の名は伊達ではなくフランス王家中興の祖と呼ぶにふさわしい。

この二人が築いたシステムを踏襲して――父王の敷いたレールに乗るのは反吐が出るほど不本意だったろうが――、「偏在する蜘蛛」などと揶揄される稀代の権謀術数家ルイ11世は、その異名通り手段を択ばぬ策略の網を張り巡らせてフランス諸侯を次々と王領に編入、ブルゴーニュ公国という難敵を滅ぼし、最後に残ったブルターニュ公国もほぼ無力化させ(併合は次代のシャルル8世に譲ったが)「フランス」という枠組みがついに整う。

前半三人は何か叙事詩や英雄伝説あるいはよくできた悲劇のような神話性を帯びているが、後半二人になると良くも悪くも人間的な、”欠点もあるしその傲慢でいいかげんなところも魅力なのよね”的なエンタメ感が出てきて、実にフランス王らしい王になってくる。ヘンリ8世にレスリングで勝って(史実)どや顔決めてそうなフランソワ1世はどれほど財政危機に陥ろうが、イタリアに固執してハプスブルク家の皇帝カール5世と覇を競い、世界遺産リストに片っ端から乗っている天下の名城・宮殿を次々と築城してフランス王家の栄華を現出した。

嫁(カトリーヌ・ド・メディシス)の方が圧倒的に有名な地味キャラ・アンリ2世だが、実はその手腕は名君のそれで、有能な家臣団を編成してフランソワ1世が失敗し続けたイタリア戦争で成果を上げてフランソワ1世を超える版図を築き、内政でも後に大臣職に発展する国務卿職を置き、州総督を設置し、中央・地方行政機構を整え、さらには諸州を巡察する制度まで生み出してやがて誕生する中央集権国家ブルボン朝フランスの土台を完璧に築いた。惜しむらくは、その日、騎馬槍試合に出場してしまったこと――王の事故死がヴァロワ朝王権崩壊の序曲だった。

ヴァロワ朝の限界

本書ではこうして生まれてきた、精緻極まる国家システムを作り上げたヴァロワ朝の限界が、まさにその精緻なシステムそのものにあることを指摘する。フランス王による一元的な支配システムは同時に「王の手を離れてしまったシステムも、システムとしては相変わらず優秀なまま、それを横領する人間に大きな力を与えてしまうのである」(358頁)。

フランス王の力が強くなればなるほど、その下にある者たちの力もまた強くなり、それはフランス王位にある者が弱ければ、容易に強力な反乱勢力や簒奪者を生み出してしまえる。カペー朝からヴァロワ朝前半のイングランド王をはじめとした諸侯とフランス王権とがともに並び覇を競う「戦乱」の時代よりもはるかに陰惨で大規模な「内乱」がヴァロワ朝の統治能力を奪っていく構図が浮き彫りになり、もはや、王は誰にも奪われることのない神にも等しい唯一無二の存在になるしかない、という――果たしてその道は進むべき道だったのか否か――行く先が見えてくる。

ヴァロワ朝歴代の王はみんな魅力的であるし、本書でも魅力的に描かれてもいる。同時に、ヴァロワ朝の時代は中世盛期から続いた諸侯と騎士の時代の終わりの時代でもあり、本書でも多数の諸侯が登場してはいるが、本書のような王朝からみた諸王史だけでは語りつくせない面も多々あるだろう。フランドル、ノルマンディ、ブルターニュ、ブルゴーニュ、アンジュー、ポワトゥー、アキテーヌ、トゥルーズ、プロヴァンス、さらにイベリア半島に渡ってナバラ王、アラゴン王、そしてフランス諸侯としてのイングランド王――そんなフランス中世を彩った諸侯から見たカペー朝・ヴァロワ朝の歴史というのもまた面白いものだと思う。