「由比若宮(元八幡)」~源氏の崇敬を集めた鎌倉の原点

スポンサーリンク
由比若宮(元八幡)

由比若宮(元八幡)

スポンサーリンク

源氏の崇敬

康平六年(1063年)八月、前九年の役から凱旋した源頼義が鎌倉由比郷に石清水八幡宮を勧請したことに始まる神社です。永保元年(1082年)、後三年の役へ出陣の途上の源義家によって修復されています。治承四年(1180年)十月七日、鎌倉に入った源頼朝は同十二日、当地に祀られていた八幡宮を現在鶴岡八幡宮がある小林郷北山に遷座、小林郷の八幡宮は鶴岡八幡新宮若宮と呼ばれ、後に鶴岡八幡宮となっていきます。

源義家公旗立の松

源義家公旗立の松

由比若宮の鳥居

由比若宮の鳥居

由比若宮への参道

由比若宮への参道

社地は鶴岡八幡宮とあわせて国史跡「鶴岡八幡宮境内」に指定されており、境内には「源義家公旗立の松」などが残されています。また、由比若宮(元八幡)の西側からは奈良・平安時代の掘立柱建物跡が発見され、元八幡周辺が古代集落の中心地であったと考えられています。松尾剛次著『中世都市鎌倉を歩く 源頼朝から上杉謙信まで (中公新書)』(中央公論新社,6-7頁,1997年)では、この由比若宮の近くに源頼義の屋敷か倉があったのではないかと推測されています。

芥川龍之介と由比若宮(元八幡)

由比若宮の右手(北側)の一帯には明治・大正時代、小山別荘という邸宅があり、大正七年(1918年)三月から大正八年(1919年)四月まで、新婚の芥川龍之介夫妻が生活したことで知られています。八畳二間その外三部屋に湯殿もある独立家屋で、庭に池があり芭蕉が生えていました。

     十五 彼等

 彼等は平和に生活した。大きい芭蕉の葉の広がつたかげに。――彼等の家は東京から汽車でもたつぷり一時間かかる或海岸の町にあつたから。
芥川龍之介 或阿呆の一生


名前:由比若宮(ゆいのわかみや)、元八幡、元鶴岡八幡宮
住所:鎌倉市材木座一丁目七
例祭:四月二日
行き方:JR鎌倉駅東口6番バス乗り場から九品寺方面行きで「元八幡」下車徒歩1分
    JR鎌倉駅東口から徒歩15分

参考文献・リンク
・貫 達人,川副 武胤 編著『鎌倉廃寺事典 (1980年)』(有隣堂,1980年)
・神奈川県高等学校教科研究会社会科部会歴史分科会編著『神奈川県の歴史散歩 (下) (歴史散歩 (14))』(山川出版社,2005年)
・松尾剛次著『中世都市鎌倉を歩く 源頼朝から上杉謙信まで (中公新書)』(中央公論新社,1997年)
鎌倉市/ 由比若宮(元八幡)(ゆいのわかみや)

Kousyou

「Call of History ー歴史の呼び声ー」管理者。個人ブログはKousyoublog。英独仏関係史、欧州中世史、近世日本社会史、鎌倉幕府史などに興味があります。

Kousyouをフォローする
史跡巡り
スポンサーリンク
この記事が気に入ったら
いいね!しよう
最新情報をお届けします。
Call of History ー歴史の呼び声ー