古代ギリシア×百合の爽やかな傑作『うたえ!エーリンナ』(佐藤二葉作)

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サッポー(ギリシア語 “ Σαπφώ “, 英語 “ Sappho ”)は紀元前七世紀~六世紀にかけてエーゲ海のレスボス島で活躍した、古代ギリシアを代表する女性詩人です。教科書や古代ギリシア関連の書籍では英語発音に基づくサッフォーの名で紹介されることが多いです。生前から詩人として高名で、レスボス島で若い女性たちを集めて作詞や舞踏を教えたとも言われています。

本作『うたえ!エーリンナ』はそのサッポーの「学園」に入門を許された詩人を夢見る少女エーリンナを主人公にした、少女たちの愛と友情と音楽の日々を描くとても良質な歴史漫画となっています。

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エーリンナ×バウキス尊い

『うたえ!エーリンナ』4頁
『うたえ!エーリンナ』21頁
『うたえ!エーリンナ』21頁

大胆な告白は主人公の特権!天真爛漫で前向き、自分の気持ちは臆面もなくはっきり主張するエーリンナに翻弄される、良き結婚を夢見る一見ツンツンした少女バウキスの関係が実に尊い・・・まずはエーリンナの率直さの前にバウキスがみるみる落ちていって、中盤以降にもなるとエーリンナを健気に支えて正妻の貫禄を見せていく展開、実に正統派の百合です。バウキスかわいいよバウキス。

このエーリンナとバウキスもともに実在の人物です。エーリンナ(ギリシア語” Ἤριννα “,英語” Erinna “)は紀元前四世紀ごろ、ヘレニズム時代初期に名前が残る女性詩人で、親友バウキスへの想いをうたった詩が残されています。本書のあとがきによれば、十世紀後半に編纂された『スーダ辞典』という文学百科事典にエーリンナをサッポーの同時代人とする記述があり、これは後世の研究で否定されるのですが、『もし本当にエーリンナがサッポーと同じ時代を生きていたら・・・』(あとがきより)というところが本作の着想であったとのことです。

サッポー時代のレスボス島

サッポーとエーリンナは同時代人ではないにしても古代ギリシア女性詩人つながりでいわゆる人気カップリングだったようで、十九世紀ラファエル前派の画家シメオン・ソロモンによって以下のような絵画も残されています。

Sappho and Erinna in a Garden at Mytilene 1864 Simeon Solomon 1840-1905
Sappho and Erinna in a Garden at Mytilene 1864 Simeon Solomon 1840-1905 wikimedia commonsより

ダイアナ・バウダー編著『古代ギリシア人名事典』(原書房,1994)のサッフォの項には以下のようにあります。

『(前略)少なくともレスボス島では、女性は同性愛的な恋愛を自分の相手に伝えたり、実際にその思いを遂げることが可能であったらしい。(中略)仲間の娘たちに向けた詩は、ほとんどすべて、そのなかの一人への恋愛感情に焦点が置かれている。』


ダイアナ・バウダー編著『古代ギリシア人名事典』(原書房,1994,172頁)

このような レスボス島での サッポーと女性たちとの歴史を背景として、十九~二十世紀、レスボス島の人々を意味する” Lesbian “が女性同性愛者を指すようになりました。(参照 ” Lesbian – Oxford Reference “,” Lesbian – Wikipedia “)女性同士、さらには作中にもあるように男性同士でも愛を伝え合うのがごくあたりまえな社会が舞台となっています。

百合×スポ根で目指せ合唱コンテスト優勝

物語は春の祭礼ディオニューシアでの合唱コンテストに向けていかにもな登場をした少年リュコスやサッポー先生の元カノゴルゴー先生チームなどライバルが登場してソロパート担当を決める学内コンテストに始まり葛藤から一致団結して波乱の本番競技会(アゴーン)へ出発と友情努力勝利のスポ根展開へ。 本番での「タイトル回収」シーンからの高揚感は最高の盛り上がりでした。ロボットアニメだったら絶体絶命のピンチの中で大正義なオープニング曲が流れだしてからの反撃開始でコメント欄が「勝利確定BGM」「勝ったな」で溢れるあの感じです。主人公が正しく主人公している安心感よ・・・

リュコス君好きすぎて僕もおっさんたちに交じってアルカイオス先生にガードされたい。女性同士・男性同士での愛情の交歓が自由な社会であると同時に、男性として求められる性役割、女性ゆえに制限される性規範というものもまた強い社会であって、その中での葛藤が主人公たち同様、少年リュコスにものしかかります。詩は、そして詩への情熱とたゆまぬ努力はそれを跳ね返せるのかもまた本作の見所の一つといえるでしょう。まぁ、なんだ、リュコスいろいろドンマイ・・・

歴史を知ると語彙力が奪われる(尊い)

歴史オタクのサガとして、モデルとなった人物についても調べたくなるわけですが、調べたら本作がまるごとすごいエモくなるのでお勧めしない(反語)のだけどとりあえず ダイアナ・バウダー編著『古代ギリシア人名事典』(原書房,1994) からエーリンナの項を引用しておきますね・・・

ヘレニズム時代初期またはそれより少し前に、短い悲劇的な生涯(19歳で没?)を送った。だが一伝承は、すべての女流詩人のように彼女をサッフォの友だちと主張している。(中略)1928年に発見された前1世紀のパピルスに『糸巻き棒(エラカテ)』が不完全ながら残っている。その詩は結婚後まもなく死んだ若い友人バウキスを悼み、悲しみの余りにともに過ごした幼年期の光景、鬼ごっこ、羊毛仕事の雑用を痛切に喚起している。(後略)


ダイアナ・バウダー編著『古代ギリシア人名事典』(原書房,1994,113頁) 強調は引用者

クレイオー(歴史の女神)は本当に美しくて残酷でいらっしゃる・・・ エーリンナがバウキスをうたった代表詩が収録されているという 沓掛 良彦 訳『ギリシア詞華集1-4』(京都大学学術出版会,2015-2017)は入手困難だったため後日大きめの図書館などで探してみようと思っています。

『うたえ!エーリンナ」35頁
『うたえ!エーリンナ」35頁

『うたえ!エーリンナ』36頁
『うたえ!エーリンナ』36頁

尊すぎて語彙力がすごい勢いで奪われていく・・・

彼女たちのその後を知ってしまった後に読むと感情が致命傷を負う名シーンの一つですねこれ。しかもまだまだ序の口・・・彼女たちを待つ行く末に思いを馳せることで感情の行き場がなくなってあっあっ・・・ってなるのは後半だ。このような物語の先にあるその後の歴史への伏線や配慮が非常に多く、至る所で喜怒哀楽が右往左往していました。一生懸命に前向きに生きる主人公の姿自体が作者からエーリンナや登場人物たちへ向けた哀悼詩でありラブレターであり、彼女たちの生きざまを歌い上げる叙事詩のようなものなのですね。本編最終章の余韻が実に良い。

何気ないシーンが史実を知ることによってエモさ爆発することになる、歴史漫画に限らず歴史を元にした作品の醍醐味を本作もまた持っていて、一読するだけでも充分に面白いのですが、本作のモデルとなった時代や人物たち、古代ギリシアの歴史や文化を知ることでまた違った顔を見せる、とても魅力的な作品だと思います。


『うたえ!エーリンナ』佐藤二葉 | ツイ4 | 最前線

参考書籍・リンク

Kousyou

「Call of History ー歴史の呼び声ー」管理者。個人ブログはKousyoublog。英独仏関係史、欧州中世史、近世日本社会史、鎌倉幕府史などに興味があります。

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文庫、新書、一般書、専門書と世界史から日本史までかなりの数リストにしたので、案外、眺めるだけでも楽しめるのではとも思います。

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