『シュメル神話の世界―粘土板に刻まれた最古のロマン』岡田明子,小林登志子 著

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現代より遡ること5000年。紀元前3000年頃、ティグリス川とユーフラテス川に挟まれたメソポタミア地方で人類最古の都市文明を築いたシュメル人が信じた神々とその神話がどのようなものであったか。後世、多くの神話に影響を与えたと思われる洪水神話、未だに読み継がれる英雄譚『ギルガメシュ叙事詩』をはじめとしたシュメル神話の全体像を描く一冊。

シュメル人の文明はキシュ、ニップル、アダブ、シュルッパク、ウンマ、ラガシュ、ウルク、ウルなどの都市国家を主体として成立した。都市国家はそれぞれ都市神というその都市の守護神を持ち、その都市国家の力が強まれば都市神の地位も向上する。ニップルの都市神エンリル、ウルクの都市神イナンナ(イシュタル)、ウルの都市神ナンナ(シン)、アダブの都市神ニンフルサグ、ラガシュの都市神ニンギルス(ニヌルタ)・・・などだ。また個々で信仰の対象としていた個人神や神格化された実在の王など、最高神アン(アヌ)を頂点として多数の神々が登場する。

シュメル神話といえばまずは「大洪水伝説」である。ティグリス川、ユーフラテス川という頻繁に洪水を起こす荒ぶる河に挟まれた地域で栄えた文明なだけに神の介在による大洪水で人類が滅びその後再生するという「大洪水伝説」が創られ、これは後にバビロニアからユダヤ教を通じてキリスト教へと継承され現代でもお馴染みの神話となっていった。大洪水のような災害の被害は善人にも悪人にも等しく降りかかるが、伝説では慎み深い人が生き残るという筋立てで語られた。ただ、「シュメル人は『神に選ばれた人』といった考え方を発展させなかったが、後代のイスラエル人は純化させていった」(69頁)点が特徴的であった。

また、シュメル神話のヒロインといえば最近有名なイナンナ(アッカド語でイシュタル)だ。イナンナはウルクの都市神で愛と豊穣そして戦の女神である。イナンナの冥界下りのエピソードが有名だが、本書で紹介される知恵の神エンキ神との父娘エピソードが面白かった。

エンキ神が各都市に繁栄をもたらし神々にもそれぞれ役割を与えていくのだが、娘のイナンナ女神だけは特に仕事が与えられない。堪らず「父上!私にも仕事をください!」と懇願してようやく「喜ばしい声で語る女性らしさ。優美な衣装と女性の魅力。女性らしい話術」(94頁)と「戦場では卜占によって吉兆をもたらし、また凶兆をも伝えさせよう」(94頁)という。そしてイナンナの性格が描かれることになる。

『真っ直ぐな糸をこんがらかせ、こんがらかった糸を真っ直ぐにするのだ。滅亡させずともよいものを滅亡させ、創造せずともよいものを創造させ』(94頁)る、実に複雑で厄介で面倒な性格が与えられていて、読んでいて爆笑してしまった。著者は「気まぐれな女神の行動に運命を左右される人間の宿命を表しているのだろうか。シュメル人も経験の積み重ねから『禍福はあざなえる縄のごとし』と悟っていたようである。」(96頁)とまとめている。

『ギルガメシュ叙事詩』についてもその内容や盟友エンキドゥとの関係、成立史、実在非実在問題などが詳述されているが、『ギルガメシュ叙事詩』の魅力が単なる英雄譚に留まらず「『死すべきもの』としての、人間の存在への根本的な問いかけを含んだ作品であること」(225頁)にあるとするところは大きく首肯せざるをえない。その上で以下の指摘は実に熱かった。

「苦悩の後に、人間は所詮死すべき存在で、死は免れえないことを甘受するにいたるギルガメシュの姿はまさに古代オリエント世界の人々が共感する死生観で、『ギルガメシュ叙事詩』が後世、フリ語やヒッタイト語に翻訳された理由のひとつは、特異な英雄の武勇譚だけではなく、普遍的な『教養小説』の面を具えていたからともいえるだろう。
長く後代まで語り継がれたことで、「名をあげたい」とのビルガメシュの思いは成就し、以て瞑すべしということになる。」(259-260頁)

また、ギルガメシュの妹マトゥル女神についても紹介されていて、非常に興味がわくのだが、「ちいさないちじく」を意味する女性的な名前が与えられていること、杉の山を守る異形の怪物フワワを捕らえるために彼女を妻として与える約束をして騙そうとしたときに名前が挙げられたこと、イナンナ女神からの求愛を断ってイナンナ女神の怒りを買ってしまい天の牡牛の攻撃を受けた時に犠牲を捧げるよう母ニンスン女神と妹マトゥル女神に指示したことなど、判明していることは非常に少ないようだ。マトゥル女神についてより詳しく描かれた粘土板とか見つからないものか・・・

シュメル神話について平易な文章で描かれた入門書であるとともに、神々の物語を通して当時の人々の生活習慣や喜怒哀楽も垣間見える魅力的な一冊だといえる。

目次
序 章 粘土板に書かれた物語――シュメル神話の基礎知識
第一章 「創世神話」――人間はなぜ創造されたか
第二章 神々が送る大洪水の物語――伝説はシュメルにはじまる
第三章 「楽園神話」と農耕牧畜比較論
第四章 シュメル世界の規範「メ」と神々の聖船
第五章 エンリル神とニンリル女神の性的ゲーム――成人向け神話
第六章 大地母神と死んで復活する神――イナンナ女神冥界降下顛末記
第七章 大王エンメルカルと「小さな王」ルガルバンダ――英雄神話と「史実」
第八章 「ギルガメシュ叙事詩」成立縁起――ビルガメシュ神の英雄譚
第九章 王による王のための神話――英雄神の怪物退治
終 章 大河のほとりで――シュメル人国家の終焉とその後の伝承

『シュメル――人類最古の文明 (中公新書)』 小林 登志子 著
アラビア半島とイラン高原とをつなぐ一帯はメソポタミアと呼ばれる。メソポタミアはティグリス川とユーフラテス川という二つの川に挟まれて古くから人類が定住するようになり、ここに人類最初の文明、メソポタミア文明が起こった。そのメソポタミア文明の最初...
Kousyou

「Call of History ー歴史の呼び声ー」管理者。個人ブログはKousyoublog。英独仏関係史、欧州中世史、近世日本社会史、鎌倉幕府史などに興味があります。

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