『ドイツ史10講 (岩波新書)』坂井 榮八郎 著

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新書で読める通史ものとしては、日本史は多いが各国史となると中公新書の「物語〇〇の歴史シリーズ」が定番となるだろう。しかし、岩波新書にも「歴史10講」というシリーズがあって、「ドイツ史10講」(2003年刊)「フランス史10講」(2006年刊)「イギリス史10講」(2013年刊)がいずれも信頼のおける内容で出版されている。ドイツ史10講のあとがきでこの三冊以降も「さらにいくつか続くはずである」と予告されて15年余り、満を持して2019年3月、同シリーズから「イタリア史10講」が発売された。ということで、今更ではあるが、まずは「ドイツ史10講」の感想を簡単にまとめておこう。

ローマ帝国軍がゲルマン人連合軍に大敗した「トイトブルク森の戦い」からはじまってフランク王国の興亡(1講)、神聖ローマ帝国の成立と拡大(2講)、カール4世の改革からハプスブルク家の時代へとうつり(3講)、宗教改革とカール5世の帝国(4講)、三十年戦争後のオーストリアとプロイセンの争覇(5講)、ナポレオン戦争からドイツ帝国の成立(6講)、ドイツ帝国期の政治経済社会の諸相(7講)、第一次世界大戦からドイツ帝国の瓦解・ワイマル共和国の成立と破綻(8講)、ヒトラー率いるナチス・ドイツの台頭と第二次世界大戦(9講)、そして戦後の東西分裂からドイツ統一まで(10講)、実に手際よくまとめられている。

本書のあとがきで歴史10講シリーズが「フランス史10講」の著者、故・柴田三千雄氏の発案だったこと、ドイツ史、フランス史、イギリス史三冊でのスタートとなる企画だったことが説明された上で、これらの通史シリーズの特徴として以下のように語られている。

『これは基本的に概説的な小歴史書ではあるが、決して大きな概説書の縮刷版などではなく、むしろ著者それぞれの歴史の見方・捉え方が強くにじみ出た通史となるはずである。というのも十回で各国の歴史のすべてを語り尽くすことはもとより不可能であり、だからこそ各講で何をどう語るかが問われるからである。各著者の個性・視点が生かされ、また試されることになろう。』(229頁)

どこの国や地域の歴史であれ、通史というのは一冊で語り尽くせるたぐいのものではないので、「著者それぞれの歴史の見方・捉え方が強くにじみ出」るものであるはずで、その歴史をどう捉えているのか「各著者の個性・視点」を読むものだと思うし、通史を描くことに挑戦するような勇気ある著者の姿勢はかくあって欲しいと思う。

本書はその「著者それぞれの歴史の見方・捉え方」として「ヨーロッパの中のドイツ」を挙げている。ドイツ史はどうしてもフランス史との対比として描かれがちであったが、ともにフランク王国から生まれた国であり、ドイツとフランスは地理的にも歴史的にも常にヨーロッパ史の中心にあり続けた地域である。「できるだけヨーロッパのコンテクストの中でドイツの歴史を描」(11頁)くことで、ドイツの通史を浮かび上がらせようとしている。

本書はその「ヨーロッパの中のドイツ」をどのように描いているだろうか。例えば神聖ローマ帝国シュタウフェン朝諸皇帝のイタリア政策である。シュタウフェン朝フリードリヒ1世はドイツ、ブルグント、イタリア三王国の国王として帝国の版図を拡大し、その子ハインリヒ6世はシチリア王を兼ね、フリードリヒ2世はシチリアのパレルモにも宮廷を開くなど絶頂期を迎えたが、その死後皇帝不在の大空位時代に陥り、皇帝権は弱体化して諸侯分立が常態となる。

かつては、この時代の皇帝たちがイタリア政策にかまけてドイツ統治をおろそかにしたのが諸侯分立体制を生み出し、ひいてはドイツの国民国家形成の遅れにつながったとする批判が根強かった。著者は『諸皇帝の動きを「ドイツ国王」としてどうだったかの観点からのみ評価するのは問題』(42-43頁)で皇帝は『より多く「ヨーロッパの君主」として見られるべき存在であった』(43頁)。

『当時地中海交易の富が先行的に北イタリアの諸都市国家に蓄積され始めていた状況からして、この北イタリアを制し、さらには地中海交易の要に位置するシチリアを支配下に収めようとするのは、ヨーロッパ的君主の権力政策として、むしろ当然のことであったろう』(43頁)

あるいは三十年戦争をどう評価するだろうか。ウェストファリア条約の結果、海への出口をオランダ、スウェーデン、デンマークなど外国勢力に抑えられ、フランスはアルザス・ロレーヌを制して橋頭堡を築き、帝国内の諸侯・都市は領邦国家としての特権を認められて神聖ローマ帝国は三百諸侯=領邦国家の連合体であることが確認された。

『分裂を常態化したこの条約を前提にする限り、ドイツの「国民統一国家」への発展ははなはだしく阻害されることになる。だから十九世紀以来の「国民主義的」歴史記述においては、この条約は一般に否定的に評価されることが多い。反面、諸邦の連邦制をドイツの国制の独自性と捉える立場からすれば、これをドイツの連邦制的統合への新たな出発点と見ることもできる。』(92頁)

ナポレオン帝国の崩壊後、オーストリア帝国の宰相メッテルニヒの主導で「正統主義」の大義のもとに革命前の体制へと復古させるウィーン体制が成立するが、神聖ローマ帝国は復活することなく、旧帝国の有力諸侯からなるドイツ連邦が成立する。諸侯といってもハノーファー候(イギリス国王)、ホルシュタイン公(デンマーク国王)、ルクセンブルク公(オランダ国王)、そしてバイエルン、プロイセン、オーストリアなどこれは事実上の君主同盟であった。要するに「ヨーロッパの勢力均衡の縮図」(125-126頁)であったのである。

ここからオーストリアとプロイセンがともに統一国家建設をめぐってしのぎを削り、やがてビスマルクの剛腕がドイツ帝国を誕生させるが、ドイツ帝国は『ヨーロッパのどの国よりも大きく、しかし一国で覇権を求めるには小さ過ぎるという「ぎこちない大きさ」の国だった』(146頁)。誕生したばかりのドイツの「ぎこちない大きさ」が皇帝ヴィルヘルム2世の野心に火をつけ、そして崩壊に至る。破綻した小さなドイツで権力を掌握したヒトラーはその小ささを補うため「生存圏」を主張して、苛烈な征服戦争に乗り出すのだ。

「ドイツ史」として語られる範囲の広さに比して、我々が「ドイツ」として認識する範囲は随分と狭い。そのアンバランスさに改めて気づかされ、「ヨーロッパの中のドイツ」としての歴史を再発見できる。「日本史」として語られる範囲のほとんどが――最近になって周縁から見る観点や地域史も重視されるようになっているが――実は「畿内」とその周辺、やがては「関東」とその周辺に偏ってしまいがちになる本邦の一国史と対照的で、歩んできた歴史の違いを感じられて面白いと思う。

Kousyou

「Call of History ー歴史の呼び声ー」管理者。個人ブログはKousyoublog。英独仏関係史、欧州中世史、近世日本社会史、鎌倉幕府史などに興味があります。

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文庫、新書、一般書、専門書と世界史から日本史までかなりの数リストにしたので、案外、眺めるだけでも楽しめるのではとも思います。

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