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『古代オリエントの歴史(慶応義塾大学出版会)』小川英雄 著

新石器時代からキリスト教の成立直前、紀元前八〇〇〇年頃から紀元元年までの古代オリエント史を概観する入門書である。全体で150ページ程とコンパクトなサイズで、教科書や本格的な概説書などの副読本として丁度いい。

本書が対象としているオリエントというのは多義的な言葉で、本書の解説に従うなら、『東西についてはトルコから日本やシベリアまで、南北については中央アジアやコーカサス地方からアラビア半島やセイロン島までを含む』(1頁)、西洋(オクシデント)との対比で使われる「東洋」と訳される言葉である。一方で、日本での「オリエント史」の対象範囲はこの広義での「オリエント」の範囲よりも狭く、『中央アジア以北、およびインダス川流域以東は、特殊なテーマ以外では研究テーマから除かれ』、特に古代史という場合には、ティグリス・ユーフラテス川流域のメソポタミア地方とナイル川流域のエジプトの文明を指すことになる。というわけで、本書では紀元前八〇〇〇年頃のメソポタミア地方にはじまりプトレマイオス朝がローマによって滅ぼされるまでの古代エジプト・メソポタミア・シリア・パレスティナ・イランの諸文明の興亡が描かれる。

目次は以下の通り

一   古代オリエント史の基本的性格
二   農耕と牧畜の発生
三   メソポタミアにおける都市国家の形成
四   メソポタミアの統一
五   初期メソポタミア文化
六   古代エジプト史の起源
七   古王国と中王国
八   印欧語族の到来とフリ人
九   エジプト新帝国とヒッタイト帝国
十   「海の民」
十一  アラム人とヘブライ人
十二  鉄器時代のシリア・パレスティナ
十三  アッシリア帝国とネオ・バビロニア帝国
十四  サイス朝とメルムナス朝
十五  イラン高原の先史時代
十六  ペルシァ帝国
十七  アレクサンダー大王――その歴史的意義
十八  アレクサンダー帝国
十九  セレウコス朝史
二十  ペルガモン朝史
二十一 プトレマイオス朝史
二十二 ヘレニズム時代の経済生活
二十三 ヘレニズム時代の王権

それぞれの項目のボリュームはそれほどあるわけではなく、教科書や初学者向けの一般書よりも詳しく、全体的な流れを概観できるという点が本書の特徴である。手元に一冊あると個別の詳しい概説書を読んでいくときに現在位置を確認する見取り図として有用であるし、実際そういう使い方をしながら参照している。

また、あとがきで指摘される「三つの技術的問題」は重要な点であろう。それは第一に固有名詞のカナ書きの問題で、元の発音を日本語で表記することの困難さがあることである。
アレキサンダー?アレクサンダー?アレクサンドロス?あるいはダリウス?ダラヤウォシュ?ダレイオス?ダーレイオス?そもそもシュメルかシュメールかでも研究者間で表記にブレがあるし、『一定のシステムで音写の仕方を統一することは不可能』(150頁)である中で、何を正解として表記するのか、問題提起として重要であるだろう。

第二に支配者の統治年や事件の年号も史料上の限界から特定することができないため書物間で不統一が多い。

『したがって、A、B二つの書物を比較して、どちらかが誤植であると速断してはならない。どちらにも根拠があるのであるのであるから、むしろそのような疑問をもとにして、それぞれの年代算定の根拠について理解を深めるようにしてほしい。』(150頁)

これもとても大事で、間違っている!ではなくなぜだろう?と思うことの重要性をあらためて認識させてくれる。ラムセス2世(ラアメス2世)とかイクナートン(アクエンアテン)の在位期間など諸説ありすぎるので、その諸説を調べてみると面白い。

第三に指摘されるのが邦訳の問題で、これも統一した見解というものはないので、いくつかの書籍を読み比べることの重要性を改めて認識させてくれる。実際、カナ表記にしても訳語にしても表記するときは山川の世界史小辞典や世界史用語集に準拠して表記するようにはしているが、それが必ずしも原義的に正しいとは限らないことが多い。言葉の壁の大きさを改めて痛感させられる。

これらの点からも、副読本としての有用性は高いと思うのだがどうだろうか。というわけで、メソポタミア史、エジプト史、パレスティナ史、イラン史、ヘレニズム史などの専門書概説書とともに手元に置いておくことをお勧めする一冊である。

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