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「聖杯」の原型ケルト神話の「再生の大釜」についてまとめ

ケルト神話において「大釜」は神聖なものであった。大釜の中に入れられることで死者は再生し、豊穣、富、知などが与えられる。アイルランド・ウェールズ地方を中心として様々な伝承で語られ、後にアーサー王物語が生まれる過程でキリスト教的側面を与えられて「聖杯」へと受け継がれていく。

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「ゴネストロップ(グンデストルップ)の大釜」

ケルト文化と大釜でまず想起されるのが有名な「ゴネストロップ(グンデストルップ)の大釜」である。

「ゴネストロップ(グンデストルップ)の大釜」

「ゴネストロップ(グンデストルップ)の大釜」
Nationalmuseet [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)]

デンマーク・ユトランド半島のゴネストロップ(グンデストルップ)で1891年に発見された直径69センチメートル、重さ約9キログラムの大きな銀製の容器で、泥炭地に埋まっていた。紀元前二~一世紀頃、発見地であるデンマーク以外で作られたものと考えられている。同様の大釜は他にもデンマークのリンケビーからの泥炭地からも前一世紀頃のガリアのものとみられる青銅製の大釜の破片が発見されている。

「ゴネストロップ(グンデストルップ)の大釜」で特徴的なのは同時代最大の銀製品であることとあわせて、精密かつ美麗な装飾である。有角の神や戦闘ラッパなどケルト世界によくみられるモティーフでケルトの「動物神」ケルヌンノスを描いているとするものやアイルランド神話の英雄クー・フーリンで知られる「クーリーの牛争い」のストーリーとの一致などケルト神話を題材とするという指摘がある。また、ヤン・ブレキリアンはこの意匠が後述する「再生の大釜」の復活の様子を描いているという。

一方で、ダキアやトラキアなど東方の銀細工との関連性も強く、ロイド&ジェニファー・ラングは『その複雑なイコノグラフィはおそらく原インド=ヨーロッパ語族の伝統に属するものであろう』(ラング84頁)としたうえで『ブルガリア北部かルーマニア南部のどこかで作られたとする専門家が多い』(ラング86頁)という。松村一雄は『ダニューヴ河下流域地方、つまりルーマニア、ハンガリー、あるいはブルガリアあたりでケルト人の注文によって制作され』(松村一雄87頁)たものとする。マッカーナによれば大釜の意匠のケルヌンノスとされる有角神のデザインとインドのモヘンジョダロで出土した古代インドの神「獣の王」バシュバチとの類似が指摘されている。

ケルト的な意匠なのか非ケルト的な意匠なのかで議論が大きく分かれている作品だが、ケルト文化最盛期のラ=テーヌ期と重なり、ケルト的意匠との類似点も多く、またケルト神話でも重要視される大釜的な容器であることからケルト文化と結びつけられて解釈されることが多い。発見された当時の状況から『意図的に人間が使用できないようにされていた』(松村87頁)点で、神聖なものと見られていたと考えられているが、具体的な用途や目的は諸説あってわからない。

「ダグザの大釜」

十一世紀頃に成立したと考えられている『アイルランド侵略の書』では神々が五度に渡ってアイルランドへ侵攻し、覇権を争ったとするが、その四番目にアイルランドへと攻め込んできた女神ダーナを母とするダーナ神族「トゥアハ・デ・ダナーン」は四つの至宝を持っていた。第一に「リア・ファル(ファールの聖石、運命の石)」、第二に「ルーグの槍」、第三に「ヌアザの剣」、第四に「ダグザの大釜」である。

ダグザは「トゥアハ・デ・ダナーン」の最高神で知恵者であり、片方の端で生者を殺し反対の端で死者を蘇らせる棍棒と、(充分に食料を作り出すので)不満のまま去ることがない大釜を持つ、再生と豊穣を象徴する神である。ダグザの大釜は最初のドルイドであるセミアスが住んでいたムリアスから持ってきたとされる。

ウェールズ伝承の「再生の大釜」

ウェールズの代表的な伝承である「マビノーギの四つの枝」の第二の物語「スィールの娘ブランウェン」に「再生の大釜」が登場する。以下マビノギオン関連の内容・名称はすべて中野節子訳『マビノギオン 中世ウェールズ幻想物語集」(JULA出版,2000年)準拠。

イウェルゾン(アイルランド)王マソルッフがスィールの娘ブランウェンとの婚姻を求めて巨人であったスィンダイン(ロンドン)王スィールの息子ベンディゲイドブランの下を訪れ無事結婚成立するが、このときベンディゲイドブラン王の異母兄弟エヴニシエンが非礼を働いたため、謝罪として「再生の大釜」がマソルッフ王へ贈られた。この「再生の大釜」に死者を入れると翌日には復活して元気になるが、口をきくことはできなくなるという。

「再生の大釜」は、元はイウェルゾンに住んでいたスァサール・スァイス・ゲヴネウィドと妻のカミダイ・カメインヴォスの夫婦が持っていたものであるとされる。彼ら夫婦はイウェルゾンの「大釜の湖」周辺で『さながら怪物のごとき男で、体躯は巨大、山賊のように猛悪な顔つき』、『女は、その男の二倍の大きさ』があった。夫婦はマソルッフ王に一か月と二週間ごとに子供を産み、その子は完全武装した兵士となると進言して面倒をみてもらっていたが、二年と四カ月したあたりで粗暴さを発揮して人々から憎まれるようになった。マソルッフ王は一計を案じて彼らに鉄の家を与え、彼らが酔いつぶれたところで火をつけたところ、夫婦は熱さに耐えかねて飛び出し、そのまま夫婦はベンディゲイドブラン王の下に逃れ、彼らから大釜が王へ渡ったものだという。

結婚してイウェルゾンへ渡ったブランウェン妃だが、マソルッフ王から冷酷な扱いを受けたため、ベンディゲイドブラン王は妹の奪還を求め船団を率いてイウェルゾンに侵攻する。交渉が決裂して戦いとなるとイウェルゾンの人々は再生の大釜の下で火を起こし死者を次々と入れて兵を復活させたが、死者の山に紛れたエヴニシエンが大釜の中に入って中から破壊することに成功する。しかし、彼も心臓が裂けて死んでしまった。

「マビノーギの四つの枝」を含む「マビノギオン」に収録されるアーサー王伝説の原典のひとつ「エヴラウクの息子ペレドゥルの物語」にも「再生の大釜」は登場している。、後のパーシヴァル、アルスル王の騎士ペレドゥル(” Peredur “)を主人公とした物語である。物語中、<悲しみの小山>に棲むという<塚の黒蛇>退治に向かったペレドゥルが立ち寄った<悩みの王の息子たち>の城には女性しかおらず、ペレドゥルは歓迎されるが、そこで近くの洞窟に棲むというアダンクという怪物の話を聞かされる。アダンクは毎日人々を一人ずつ殺すので、その犠牲者が城に運ばれ、扉の近くに備え付けられた『温かい湯を入れた桶の中で湯浴みをさせ、貴重な塗り薬を塗って』やると、その死体はたちまち復活している。

「豊穣の大釜」

同じく「マビノギオン」に収録されている「キルッフとオルウェン」に「大釜」が登場する。「キルッフとオルウェン」はのちにアーサー王伝説の素材となる原典のひとつで、アルスル(アーサー)王の第一の従兄弟キルッフを主人公としている。

キルッフは巨人の長イスパザデンの娘オルフェンと結ばれなければならない呪いをかけられるが、イスパザデンは娘との結婚の条件として様々な課題を与え、その一つにイウェルゾンびとディウルナッハの大釜を手に入れる使命があった。アルスル王とその配下たちの協力で課題を次々とこなし、ディウルナッハにも大釜の引き渡しを求めるが断られたため、前述のペレドゥルと表記揺れがあるがベドウィル(”Bedwyr” 後のパーシヴァルと考えられている)が大釜を掴んで奪うと、別の騎士スウェンスェアウクがアルスル王の剣カレトヴルッフ(後のエクスカリバー)を使ってディウルナッハ一味を皆殺しにして、宝物と一緒に大釜を手に入れている。帰路立ち寄った地にメスル・イ・ペイル(大釜の容量)という名が残ったという。

ここでは再生ではなく宝物という富をもたらす豊穣の大釜としての側面での登場である。

「アンヌーンの大釜」

ジョン・マシューズ著(本村凌二総監修)『アーサー王と中世騎士団』(原書房,2007年,原著2004年)に九世紀の詩人タリエシン作の「アンヌーンの大釜」の詩が紹介されている。タリエシンは実在した可能性がある詩人で、「キルッフとオルウェン」ではアルスル王の配下の一人として名前が挙げられている。

『プリデウ・アヌウン(アンヌーンの略奪)

シディ・グウァイルの町に
牢屋が準備され、
プウィルとプリデリが予言したとおり、
そこに行って帰れた者はなく、
重い鎖でつながれた。
アヌウンの略奪の前に、
彼は永遠に歌った、
詩人たちの永遠の祈りを。
助かったのは七人、
あとはシディの町から戻らなかった。

回る町の中で私の歌が鳴り響き、
それは見事な歌だった。
私の最初の歌は
大釜を歌ったものだった。
九人の乙女が火に息を吹きかける――
いったいあれは何だ?
縁は真珠で飾られ、
臆病者のためには決して温まらない。
スァウィンナウクが輝く剣を抜き、
釜の中深くに突っ込んだ。
すると暗い門の前に光が上がった。
私たちはアルスルと進んだ――
たいへんな骨折りだった――
助かったのは七人、あとは
フェドウィドの町から戻らなかった。

(以下略)』(マシューズ166頁)

アンヌーン(アンヌウヴン)はケルト人の他界を指しており、「マビノーギの四つの枝」の第一枝「ダヴェドの大公プイス」の主要な舞台である。プウィルはその大公プイスと思われ、プレデリはプイスの子で「マビノーギの四つの枝」全話通しての主人公となる英雄である。また、多くの点で「キルッフとオルウェン」に一致しており、同時に繰り返し詠われる「助かった七人」は「スィールの娘ブランウェン」で同様に七人の騎士が生き残ったことと一致する。ここでの大釜は九人の乙女に守られ、彼女たちがそれを温める火に息を吹きかけている。

『ここに登場する大釜そのものはとりたてて特性を与えられていないが、臆病者の食事は料理できないということだけははっきりしており、個人の勇壮さは人々のあいだで非常に重要な要素ととらえられていた』(マシューズ,169頁)

「知の大釜」

ヤン・ブレキリアン(田中仁彦,山邑久仁子 訳)『ケルト神話の世界(下)』(中央公論新社,2011年,原著1993年)には別のウェールズ伝承ケリドゥエンの物語に出る知の大釜と豊穣の大釜にまつわるエピソードが紹介されている。

ウェールズの湖の中の島に住む禿のテギドという高い家柄の人物の妻で魔法使いのケリドゥエンは末子アファン・ドゥ(黒い海狸の意)の醜さを嘆き「知恵と霊感の大釜」で薬草を煮て未来予知能力を与えようとした。彼女は小人のグイヨン・ヴァッハに大釜の見張りを、盲目のモルダに火を絶やさないよう命じて、自身は薬草取りに出るが、その間に沸騰して釜の中身が溢れ出し、それがグイヨン・ヴァッハの指に落ちたためグイヨンは思わず火傷した指を口に咥え、それによって予知能力を獲得する。

未来を見たグイヨンはケリドゥエンに警戒せねばならないことを悟り、すぐに逃亡した。果たして怒り心頭のケリドゥエンはグイヨンを追い、穀物の粒に変身して隠れるグイヨンを、黒い雌鳥に変身したケリドゥエンが飲み込むが、その結果彼女は妊娠して九カ月後に美しい男の子を出産するものの、育てる気が無い彼女は赤子を海に捨てた。その赤子はエルフィンという漁夫に拾われタリエシンと名付けられて、後に偉大な詩人へと成長する。前述の詩の作者である。タリエシンはエルフィンの馬を使って王の馬たちと競争させて見事勝利を得るが、このとき馬が躓いたところを掘り起こすと、土の下から金貨が一杯詰まった大釜が現れたため、育ての親エルフィンに贈ったという。

「再生の大釜」から「聖杯」へ

『魔法の大釜が登場する神話は少なくない。それはある時には豊穣の大釜であり、ある時は再生の大釜であり、またある時は知恵と予言の大釜である。だが、こうした違いは大きいものではない。そのいずれであろうと、それは生の深奥から汲み上げられた富を与えてくれるものなのだからだ。大釜の原型はダグザの持つそれであろうが、すでに見たごとく、この大釜はいくらでも食物を供給して尽きることのない豊穣の大釜であると同時に、死者をそこに入れて生き返らすことのできる再生の大釜でもある。つまりそれは、あらゆる被造物を養う神の摂理と、地上の生を終わった人びとに約束された永遠の生の象徴なのである』(ヤン・ブレキリアン10-11頁)

「再生の大釜」をモティーフとして「聖杯伝説」は形作られた。1181年、クレティアン・ド・トロワが「ペルスヴァル」というアーサー王の騎士ペルスヴァル(パーシヴァル)が聖杯を求めて冒険の旅にでる物語を未完のまま残してこの世を去り、ロベール・ド・ポロンによって聖杯がキリストの最後の晩餐と結びつけられたことで、キリスト教的側面が明確に与えられることになった。以後、多くのアーサー王関連作品の中で聖杯伝説が形づけられていく。

『中世のブルターニュ系物語では、不死の象徴であるケルト伝統の魔法の大釜は、キリスト教化され、イギリス人、フランス人、ドイツ人の聴衆の好みに合わせられて、聖杯となった。キリストが最後の晩餐の時にそこから飲み、後にアリマタヤのヨセフが十字架に架けられた主の血を受けたというあの聖なる器である。だが、この聖杯もまたダグザの大釜と同じく不死の器、再生の器であった。』(ヤン・ブレキリアン29頁)

フランスを中心として武勲詩のジャンルで十五世紀ごろにかけて聖杯伝説が形作られるが、アイルランドではこれに先んじて早くも八世紀頃に後世の「聖杯」を彷彿とさせる完成度の銀製の杯「アーダーの聖杯」が作られている。

「アーダーの聖杯」

「アーダーの聖杯」
Kglavin [CC BY-SA 3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/)]

1868年にアイルランドリムリック地方アーダーで発見され、高さ17.8センチメートル、銀製のカップに金やエナメルの装飾が施された中世初期アイルランドのキリスト教工芸を代表する作品となっている。アイルランド国立博物館蔵。

参考書籍

・木村 正俊 編著『ケルトを知るための65章 (エリア・スタディーズ162)』(明石書店 2018年)
・鶴岡 真弓/松村 一男 著『図説 ケルトの歴史: 文化・美術・神話をよむ (ふくろうの本/世界の歴史)』(河出書房新社,2017年)
・中野節子 訳『マビノギオン―中世ウェールズ幻想物語集』(JULA出版局 2000年)
・ジョン・マシューズ 著(本村凌二総監修)『アーサー王と中世騎士団 シリーズ絵解き世界史4』(原書房,2007年,原著2004年)
・プロインシァス・マッカーナ著(松田幸雄 訳) 『ケルト神話』(青土社,1991年)
・ヤン・ブレキリアン 著(田中仁彦,山邑久仁子 訳)『ケルト神話の世界(上) (中公文庫)』(中央公論新社,2011年,原著1993年)
・ヤン・ブレキリアン 著(田中仁彦,山邑久仁子 訳)『ケルト神話の世界(下) (中公文庫)』(中央公論新社,2011年,原著1993年)
・ロイド・ラング/ジェニファー・ラング(鶴岡真弓 訳)『ケルトの芸術と文明』(創元社,2008年)

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