ケルト人の人頭崇拝

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首狩りの習俗および首級に霊性が宿るとする信仰は、近代以前の日本がそうであったように、世界各地で見られる。古代ヨーロッパのケルト人の間でも敵の首を切り落とし、それを祀る人頭崇拝の慣習が見られた。

フランス・ロクペルテューズ神殿の頭蓋骨を産める柱

フランス・ロクペルテューズ神殿の頭蓋骨を産める柱

前一世紀ギリシアの歴史家ディオドロスの著書『歴史叢書 ” Bibliotheca Historica ” 第五巻二九』に以下のような記述がある。

『彼らは戦いで倒した敵の首を切り落とし、愛馬の首にぶらさげる。喜びの歌が奏でられ、凱歌が歌われる中、血まみれの遺体を従者に手わたし、これを戦利品として運び去る。そして、これら最初の成果を家に釘で打ち付けるのだ。彼らはもっとも高名な敵の頭部をレバノン杉の樹脂に浸して防腐処理を施し、それを注意深く小箱に保存する。そして、自慢げに客人たちに披露しながらこう言うのだ。祖先や父親、あるいは彼自身が、この首のために積まれた大金を断った。仲間の何人かは、首と同じ重さの黄金と交換することすら拒んだ、ともいう。』(バリー・カンリフ133-134頁)

ローマの歴史家リウィウスの記録するところでは、ケルト人のポイイ族に捕らえられたローマの執政官ルキウス・ポストゥミウスが斬首された上で、その首が神殿の聖所に運ばれて頭蓋骨に金箔が施された上で、長く儀式に使われ続けたという。

『執政官の遺骸を丸裸にし、首を切り落として、この戦利品を神殿の聖所に運んだという。そこで彼らは、慣習どおりに首を洗い、頭蓋骨に金粉を張った。やがてこれは、献酒をそそぐ神聖な器として、また祭司や神殿奉仕者のコップとして用いられることになっていた』(松村一男96頁)

「首狩り」の習俗は狩猟採集民にはまれで農耕がはじめられてから盛んになる傾向がある。『それは頭部が霊質または生命力の宿る座とされ、その生命力が移転・運搬でき、その所有によって農耕の豊作を確実にできるという観念があった』(松村一男96頁)という。また、『首を手に入れることによって、敵の力を自らのものとし、その霊力を利用して自らの共同体を守護したのである』(石原孝哉205頁)。

日本の首塚など、共同体を守護すると観念される霊性をもった人頭は世界中の伝承にみられる。ウェールズの伝承をまとめたマビノギオンの「スィールの娘ブランウェン」では、アイルランドとの戦いに敗れたブリテン島の巨人王ベンディゲイドブランは七人の騎士とともに敗走する中で部下に自らの首を切り落とし、ロンドンのホワイト・ヒルに運び顔をフランスへ向けて埋めるように命じた。切られた首はロンドンに着くまで普段と変わらず喋り続け、葬られた首は<三つの幸福な隠蔽>のひとつとして守護神とされた。ベンディゲイドブランは聖なるオオガラスという意味で、ロンドン塔ではこの故事にちなんで現在でもオオガラスが飼育されている。

アイルランド神話の英雄クー・フリンは戦いに勝利した後、敵の首級を集め戦車に乗せて去っていった。彼は小川の浅瀬に立てられた杭に首を四つかけて血が小川の流れに滴り落ちるのを眺めてからその場を立ち去ったという。また、別の戦場では十二個の首級を十二個の石の上に並べて置いていったともいう。『この独特な行動様式は、あるいは完全な勝利を与えてくれた、土地の精霊をなだめなければならないとする信仰を物語るのかもしれない』(バリー・カンリフ142頁)

アーサー王伝説の原型のひとつ、ウェールズ伝承の「キルッフとオルウェン」はアルスル(アーサー)王の第一の従兄弟キルッフを主人公としている。キルッフは巨人の長イスパザデンの娘オルフェンと結ばれなければならない呪いをかけられるが、イスパザデンは娘との結婚の条件として様々な課題を与え、キルッフはアルスル王とその配下たちの協力で課題を次々とこなして最後求められた宝を揃えてイスパザデンに差し出すと、イスパザデンは娘との結婚を認めるとともに、潔く「さて、そろそろ命をしんぜる時がきたようだ」(中野節子214頁)といい、彼は首を切り落とされた。イスパザデンの首は外壁の杭の上に掲げられ、その首を切り落とした騎士カステンヒンの息子ゴレイがその砦と領地を獲得したという。

神話・伝承だけではなく、このような人頭崇拝の痕跡を示す多くの出土品や遺跡がある。フランス・プロヴァンス地方アントルモンの前二世紀にローマ軍によって破壊された神殿跡には十二個の人頭が刻まれた柱が立っており、同遺跡からは首級彫刻が多くみつかっている。また、ロクペルテューズ神殿の前廊の柱には人の頭蓋骨を安置するための穴が掘られている。ケルト芸術では頭部をモティーフとした彫刻や石造、意匠が多くみられるという。

アイルランド「クロンファート大聖堂」正門の人頭装飾

アイルランド「クロンファート大聖堂」正門の人頭装飾
©dougf / Clonfert Cathedral Carvings

頭蓋骨そのものを飾る習慣は、キリスト教の布教とともにほぼ姿を消したが、人頭崇拝は残り、『門や建物の入り口に頭部の彫刻が刻まれて、悪霊を追い払う役目を担った』(石原孝哉207頁)

この例として石原孝哉「ケルト人の人頭崇拝」(木村 正俊 編著『ケルトを知るための65章 (エリア・スタディーズ162)』(明石書店 2018年))で挙げられているのが「グリーンマン」である。「グリーンマン」はヨーロッパ各地の教会でアーチ状の天井を支える梁の交差点を飾る緑の人面彫刻で、オークの葉をまとった顔が多い。この由来については諸説あってわからないが、『ドルイドが神聖視sたオークとケルト的な人頭崇拝が結びついたものといわれている。』(208頁)

イングランド「ダービー大聖堂」のグリーンマン

イングランド「ダービー大聖堂」のグリーンマン

フランス「マルムティエの聖エティエンヌ修道院」のグリーンマン

フランス「マルムティエの聖エティエンヌ修道院」のグリーンマン
© Ralph Hammann – Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)]

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参考書籍・リンク

・木村 正俊 編著『ケルトを知るための65章 (エリア・スタディーズ162)』(明石書店 2018年)
・鶴岡 真弓/松村 一男 著『図説 ケルトの歴史: 文化・美術・神話をよむ (ふくろうの本/世界の歴史)』(河出書房新社,2017年)
・中野節子 訳『マビノギオン―中世ウェールズ幻想物語集』(JULA出版局 2000年)
・バリー・カンリフ(蔵持不三也 監訳)『図説 ケルト文化誌』(原書房,1998年)
Green Man – Wikipedia

Kousyou

「Call of History ー歴史の呼び声ー」管理者。個人ブログはKousyoublog。英独仏関係史、欧州中世史、近世日本社会史、鎌倉幕府史などに興味があります。

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