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リアンノン~ウェールズの伝承「マビノギオン」の女神

リアンノン( “Riannon / Rhiannon ” , リアノン、リャンノン、ヒリアノンとも訳される)はウェールズの伝承集「マビノギオン」に登場する美姫。古老ヘヴェイズ( ” Heueydd ” )の娘。「女神の女王」リガントーナ( ” Rigantona ”)に由来し、ウェールズの伝承において、ケルト神話の「馬の女神」エポナ( ” Epona ” )と対応する女性だと考えられている。

アンヌウヴン(” Annwuyn ” 他界)の長にしてダヴェドの大公であるプイス( “ Pwill ” )と結婚して英雄プレデリ( ” Pryderi ” )を産み、プイスの死後、プレデリの勧めでアイルランド神話の海神マナナン・マクリール( “Manannan Mac Lir” )と同一視されることも多い「スィール(「海」の意)の息子マナウィダン( “ Manawydan ” )」と再婚した。何者も追いつけない魔法の馬に乗り、七つの地方すべての食べ物と飲み物を収めても一杯にならない魔法の袋を持つ。また、忘却の力を持つ歌を歌い、死者を蘇らせ生者を眠らせる三羽の「リアンノンの小鳥( ” Adar Riannon ” )」で知られる。「ゴルセズ・アルベルス(” Gorssedd Arberth ” アルベルスの王座)」の女主人。

シャーロット・ゲストのリアンノン

シャーロット・ゲストのリアンノン

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マビノギオンのリアンノン

「ダヴェドの大公プイス」のリアンノン

リアンノンはまずマビノギオンの核となるマビノーギ四枝の最初の物語「ダヴェドの大公プイス」に登場する。

物語序盤でアンヌウヴンの王アラウンとの約束を全うしてアンヌウヴンの長となったダヴェドの大公プイスが、ゴルセズ・アルベルスの丘を散策していると、青みがかった白毛のりっぱな馬に乗った女性がゆっくりと向かってくる。彼女を出迎えようとすると通り過ぎていくので、彼らは追いかけるが全力で馬を走らせてもいっこうに追いつけない。数日繰り返しても同様で、これは最高の速さでも追いつくことは不可能で魔法の意味あいがあると思われた。そこでプイスは声をかけて彼女を呼びとめ、ようやく話をすることができた。

彼女は古老ヘヴェイズの娘リアンノン。実はプイスを慕っていて彼に会うために声を掛けられるのを待っていたのだという。望まぬ結婚をさせられそうになっているが、プイスのことが好きなので、結婚してもらえないか返事が聞きたいということだった。当然喜んで承諾するプイス。両者は一年後、古老ヘヴェイズの宮廷で宴を開くこととした。

プイスが宮廷を訪れ饗宴もたけなわを迎えたとき立派な身なりの若者が入ってきて願いを叶えてもらうために来たという。思わず『どのような請願であれ、私が自由にできるものであれば、なんでもかなえてさしあげよう』(中野節子訳33頁)と安請け合いしてしまうプイスに、リアンノンは『どうしてそのようにお答えになってしまわれたのですか』(中野節子訳33頁)と呆れていう。さもありなん、その若者こそリアンノンが望まぬ結婚をさせられようとしていた「クリトの息子グワウル(” Guawl ”)」という人物で、リアンノンと自分との結婚承諾を求めて来る。慌ててどうしたらいいか途方に暮れるプイスに対し、リアンノンはひとまず彼の請願を聞き入れるように言い、あとは自分の力でなんとかすると力強く宣言すると、プイスに七つの地方すべての食べ物と飲み物を収めても一杯にならない魔法の袋を授けた上で策を伝える。

リアンノンはグワウルに対して一年後に一夜をともにすると約束してその日ヘヴェイズの宮廷で祝宴を開かせるので、同じ日に物乞いに扮して魔法の袋をもって宮廷を訪れグワウルに袋を食べ物で満たして欲しいと伝えること、さらに、決して袋が満たされることは無いので、続けてグワウルに袋の中の食べ物を踏みしめるよう願うように伝えた。

果たして当日、言われた通りグワウルが袋に食べ物を入れ、さらに自らの足で袋の中の食べ物を踏みしめようと袋の中に入ったとき、プイスは袋を裏返してグワウルは袋の中に閉じ込められる。そうして外に潜ませていた家臣を呼び入れて袋の中の彼を一人ずつ叩かせた。思わず命乞いをするグワウルに古老ヘヴェイズも助け船を出し、プイスはリアンノンに助言を求める。彼女は仲裁案として、プイスが様々な者から受ける請願の代行者としてグワウルを任じ、あわせて報復もいかなる要求もしないよう約束させるように言う。かくして、事態はすべて丸く収まり、大公プイスとリアンノンは結婚することになった。

結婚して三年が経っても子供が生まれず領民が不安になったため、さらに一年の猶予を求め、ようやく二人の間に男子が誕生する。ところが、王子誕生の夜、侍女たちは皆眠ってしまい、起きると赤子の姿が見えない。慌てた侍女たちは仔犬たちを殺してその血をリアンノンの顔や手に塗り、リアンノンが自ら赤子を殺したように偽装して責任を擦り付けた。

気が付いたリアンノンは赤子がいないことに気付き侍女たちに問うが、リアンノン自身が殺したのだと言い張って聞かない。聡明なリアンノンはすぐに侍女の嘘に気付き、こう諫めた。

『かわいそうな方々。すべてをご存知の神に誓って、わたくしをそのように責めないで。すべてをご存知の神に誓って、そうしてわたくしを責めるのは誤りというものです。もし何かを恐れてそのようなことを申しているのならば、神かけて、わたくしがそなたたちを守ってあげましょう』(中野節子訳43頁)

その言葉を受けても頑なにリアンノンが殺害したと言い張る侍女たちの騒ぎに、大公プイスや家臣団も起きてきて集まり、全土に噂が広がる。貴族たちの間にはリアンノンを追放するべきという者もあらわれるがプイスはこの意見を拒否し、リアンノンは長老と賢人たちの前に呼び出されることになった。侍女と争うのではなく自ら罪を背負うことにしたリアンノンは、アルベルスの館で七年間毎日、この事件について語り、希望する者は背負って運んでやるという罰を受けることになった。

同じころ、ケルトの暦で冬が終わり夏が始まる季節の境目の日となる五月一日の前夜、グウェント・イス・コイトの領主テイルノン・トゥリヴ・ヴリアントの厩舎が何者かに襲撃され生まれたばかりの仔馬が大きな鉤爪に掴まれて奪われそうになったので、テイルノンがその腕を切り落とし、賊を追ったが見失う。そして帰って来てみると扉の側に生まれたばかりの男の子が捨てられている。夫婦は彼を黄金の髪のグウリと名付けて育てることにしたが、非常に成長が早く二歳になるころには六歳ぐらいの大きさとなる。

子供が四歳になるころ、リアンノンの贖罪の噂を聞いたテイルノン夫婦は、この捨て子だった子がかつての主君プイスに瓜二つなことに気付き、無実のリアンノンを助けるためプイスの宮廷へ向かった。その子、黄金の髪のグウリを見たものは皆プイスの子だと確信したという。我が子と対面したリアンノンは『これでわたくしは、プレデリ(心配)から解き放たれると申すもの』(中野節子訳50頁)と安堵の声をもらし、これが王子の新しい名前となった。マビノーギの主人公プレデリの誕生であった。のちにプイスが亡くなりプレデリが跡を継いで南ウェールズの征服者となった。

「スィールの息子マナウィダン」でのリアンノン

「スィールの息子マナウィダン」ではその後のリアンノンが描かれる。マビノーギの前話にあたる「スィールの娘ブランウェン」でアイルランド征討に失敗して死んだブリタニアの巨人王ベンディゲイドブラン( ” Bendigeiduran ” )の弟マナウィダンはブリタニアを追われてウェールズのプレデリの下に亡命していた。プレデリとマナウィダンは友情を結び、プレデリは彼に夫プイスを亡くして寡婦となっている母リアンノンとの再婚を勧める。

お互い意気投合したマナウィダンとリアンノンは結婚、プレデリとその妻キグヴァ(” Kicua/Cigfa ”)の四人で日々仲良く過ごしていた。ある日、プレデリとマナウィダンは忽然と現れた巨大な砦を発見、プレデリが調査に入るが、砦の中で見つけた黄金の鉢に触れるや身動きが取れなくなってしまう。砦の中に入ったまま帰らないプレデリを心配してリアンノンも砦の中に入り、身動きが取れなくなったプレデリを見つけ、同じく黄金の鉢に触れた瞬間身動きできなくなった。夜更けとともに二人を捕らえた砦は霧の中に消えた。

その後、マナウィダンとキグヴァは畑を荒らす大量の鼠の襲撃を受け、その中の動きが鈍い一匹を捕らえ処刑しようとしたとき、僧侶がその鼠の解放を求めてくる。彼はキル・コイトの息子スィウィトといい、かつてリアンノンに振られて袋詰めにされたクリトの息子グワウルの友人だった。親友グワウルへ加えられた仕打ちへの報復としてダヴェド領に魔法をかけてプレデリとリアンノンを虜囚とした上で領土を荒らそうとしていたのである。捕らえられた鼠は実は彼の妻が変身した姿だった。マナウィダンは彼と取引をして二人を解放させた上で魔法と呪いを取り除かせ、二度と魔法や呪いを二人にかけないよう約束させた。リアンノンは干し草を運ぶ驢馬の耳飾りをつけて捕らえられていたという。

「リアンノンの小鳥」

「リアンノンの小鳥」について「マビノギオン」では二度言及される。マビノーギの第二話「スィールの娘ブランウェン」で、アイルランドとの戦いに敗れたブリテン島の巨人王ベンディゲイドブランは七人の騎士とともに敗走する中で部下に自らの首を切り落とし、ロンドンのホワイト・ヒルに運び顔をフランスへ向けて埋めるように命じた。そのとき、残された七人の騎士にロンドン帰還まで長く放浪することになるであろうこととともに、その帰還までの行程として、『ハルドレッフで七年のあいだ宴を設け、そのあいだリアンノンの小鳥たちがあなた方のために歌うであろう』(中野節子訳72頁)という。『放浪する戦士たちの旅の生活を慰め続けて、戦士たちの守り手となる』(中野節子2001年)女神的な役割をリアンノンは担っている。

また、「キルッフとオルウェン」はのちにアーサー王伝説の素材となる原典のひとつで、アルスル(アーサー)王の第一の従兄弟キルッフを主人公としている。キルッフは巨人の長イスパザデンの娘オルフェンと結ばれなければならない呪いをかけられるが、イスパザデンは娘との結婚の条件として様々な課題を与え、その一つに「リアンノンの小鳥」の入手があった。

『死者を目覚めさせ、生者を眠りに誘い込むという、リアンノンの小鳥たちだ。その晩、わしはその歌声で心を慰めねばならんからな』(中野節子訳186頁)

中野節子 訳『マビノギオン―中世ウェールズ幻想物語集』(JULA出版局 2000年)訳注によれば「リアンノンの小鳥」とは『忘却の力をもつ歌をうたう三羽の小鳥』(420頁)であるという。アイルランド神話の女神クリアナも三羽のきらきらした色の小鳥をもち、『それは他界の水の林檎を食って生き、病人を慰めて眠らせるほどやさしく歌を歌った』(マッカーナ176頁)といい、リアンノンの小鳥と符号する。死者を目覚めさせ、生者を眠りに誘い込むという特徴から大陸ケルトの多神教の影響も考えられている。

また、鳥はアイルランド神話では戦いの女神モリガンの化身でもあり、素早さの象徴として馬車や兜に鳥の飾りが飾られる。馬は戦車を引いたり騎士を乗せたりと戦争には欠かせない。馬と鳥の組み合わせは定番といえる。

リアンノンと馬への信仰

前述の通りリアンノンは聡明で強い意志を持ち決断力があり、自らの力で道を切り開いていく行動力を持った自立した女性として描かれ、また寛容で、母としての慈愛も深い人物像である。反面、罰を恐れて責任逃れをしようとする侍女たちに陥れられたり、かつて痛めつけたグワウルの友人からの復讐心を想像できず罠にはまったりと、高潔で聡明で寛容であるがゆえに他者のネガティヴな感情を理解できず失敗する面があるのがとても興味深い、魅力的なキャラクターである。

決して追いつけない魔法の馬、王子プレデリ誕生の際の仔馬との取り換え、攫われた時の干し草を運ぶ驢馬の耳飾りなど、馬を想像させるエピソードの多さからも彼女がウェールズ神話における馬の女神としての役割を担っていることは理解できよう。またいくらでも入る魔法の袋や、人々を背負って運ぶ罰などは馬の運搬力を示唆しているように見える。馬は当時の社会に欠かせない動物であり、馬は高価な動物でもあって王族や貴人との関係が深いゆえに、このような高潔で聡明な人柄となったのかもしれない。

ウェールズではなくアイルランドの例として、王が即位に際して雌馬と性的な交わりを行い、それを殺してスープにして食すと言う、少々特殊な風習の記録が残る。『雌馬は土地の女神の表象であり、王は女神との結婚によって王権を永続しうるとの信仰に基づく儀式と解釈される』(木村191頁)というが、アイルランド以外では見られない風習であるという。実際に行われたのかどうか疑わしさも感じるが、背景として指摘されている『雌馬は土地の女神の表象であり、王は女神との結婚によって王権を永続しうるとの信仰』をリアンノンの物語にも見て取れるように思われる。

「マビノギオン」~中世ウェールズの伝承集のまとめ
「マビノギオン」は1838年から1849年にかけて、シャーロット・ゲスト夫人によって、中世のウェールズ伝承を編纂・英訳の上で出版された散文物語集である。十四世紀初めごろに成立した「レゼルッフの白い本」、十四世紀終わりから十五世紀にかけて成立...

参考書籍

・木村 正俊 編著『ケルトを知るための65章 (エリア・スタディーズ162)』(明石書店 2018年)
・鶴岡 真弓/松村 一男 著『図説 ケルトの歴史: 文化・美術・神話をよむ (ふくろうの本/世界の歴史)』(河出書房新社,2017年)
・中野節子 訳『マビノギオン―中世ウェールズ幻想物語集』(JULA出版局 2000年)
・バリー・カンリフ(蔵持不三也 監訳)『図説 ケルト文化誌』(原書房,1998年)
・プロインシァス・マッカーナ著(松田幸雄 訳) 『ケルト神話』(青土社,1991年)
・ヤン・ブレキリアン 著(田中仁彦,山邑久仁子 訳)『ケルト神話の世界(上) (中公文庫)』(中央公論新社,2011年,原著1993年)
・中野節子「『マビノギオン』の「馬」のイメージを追って 物語と民話の中から」(大妻女子大学紀要 文系 (43), 246-230頁, 2011年)
・中野節子「光(祝福)と闇(呪い)の女神たち『マビノギオン』(Y Mabinogion)の女性像をめぐって(一) 「マビノーギの四つの物語」(‘Pedair Cainc y Mabinogi’)から」(大妻女子大学紀要 文系 (33), 256-245頁, 2001年)
Rhiannon – Wikipedia

Kousyou

「Call of History ー歴史の呼び声ー」管理者。個人ブログはKousyoublog。英独仏関係史、欧州中世史、近世日本社会史、鎌倉幕府史などに興味があります。

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