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中世ヨーロッパの異教伝承「マゴニアの空飛ぶ船と嵐を起こす者」

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「マゴニアの空飛ぶ船と嵐を起こす者vs守護者」

中世ヨーロッパの庶民の間で信じられていた異教的な言い伝えに「嵐を起こす者」がある。

九世紀前半、フランス東南部リヨンの大司教アゴバルドゥス(769年生、在任816~840年)(注1)は『霰や雷に対する愚かな信心を論駁す』で『この地域では、貴族や庶民、町に住む者や田舎に住む者、年寄りや若者など、ほとんどすべての人々が、霰や雷は人間が思うままに起こすことができると考えている』(注2)として詳しく紹介し批判した。以下野口洋二著『中世ヨーロッパの異教・迷信・魔術』(早稲田大学出版部,2016年)74-78頁より。

アゴバルドゥスによれば、人々は「嵐を起こす者(テンペスタリウス”Tempestarius”あるいはテンペスタリイ”tempestarii”)」が呪文によって雷や雷鳴を起こすと信じており、マゴニア(Magonia)とよばれる空想上の土地から空飛ぶ船に乗ってきた船乗りが、霰(あられ)や雷で落ちて腐らせた果物をマゴニアに持ち帰り、「嵐を起こす者」に金を渡して穀物や果物を受け取っているという。ある日、この船から落ちてきたという男三人女一人が村の集会で裁かれ石打ちの刑に処されたが、実は彼らはただの盗人であったという。

「嵐を起こす者」は収穫を奪うだけでなく、敵から身を守るために霰を集中的に降らせるなど天候を操ることで敵を攻撃することができる。これに対し、「嵐を起こす者」から住民を守る「守護者(カノニクス “Canonics”)」と呼ばれる良い魔術師がおり、人々は彼ら「守護者」に身を守ってもらう報酬として貢物を支払っていた。

農民はこの「守護者」への報酬支払いを理由に十分の一税の納入を拒否しており、アゴバルドゥスは大きな問題として批判している。「嵐を起こす者」の存在が十分の一税の納税拒否理由として利用されているのは興味深い。

中世ヨーロッパの「十分の一税」とは何か
十分の一税は中世ヨーロッパで教会の維持や聖職者の生計のために各教区の農民から生産物の十分の一を徴収した貢租のこと。 十分の一税の起源 十分の一税の起源は聖書の記述にあるイスラエル人の慣習に遡る。 『彼はアブラム...

「嵐を起こす者」についてはこれだけでなく、早くもカール大帝の789年の勅令で異教的信仰を禁じた条項(65条)に挙げられており、829年のパリ教会会議など多くの教会会議で議題に上り、いくつかの「贖罪規定書」にも取り上げられ(注3)、1020年のヴォルムス司教ブルカルドゥスの「教令集」でも改めて異教として禁じられており(注4)、少なくとも二百年以上に渡って人々の間で広く信じられていた。

雷から守る「黒いマリア」と雷を落とす「聖女マドレーヌ」

キリスト教化が進んだ十一世紀以降、雷から人々を守る役目を担ったのが黒マリアであった。黒塗りのマリア像は古代ケルト時代からの母神・妖精の影響が強く、また妖精や幽霊といった幻想を具現化した褐色のサラセン人女性の伝説を反映する、『キリスト教の中に生き残った異界信仰』(注5)である。プロヴァンス地方マルセイユのサン=ヴィクトール修道院の地下聖堂に安置された黒マリア像「ブエノ・メロ・ネグロ」には以下のような雷から人々を守るという伝承がある。

『聖燭祭(二月二日)には、炭で黒くされたこのマリアの前を、緑のロウソクを持った巡礼者の行列が通り過ぎていく。このロウソクを一年間大切に保管しておけば、住まいを雷から守ってくれるといわれている。普通のロウソクを手にした同じような行列が、改めて雷雨の脅威を追いはらおうとするかのように、夏の土用の最中にあたる聖母被昇天祭(八月一五にち)にも行われる。』(注6)

黒マリアと同一視されるジプシーの守護聖女・褐色のサラセン人の聖女サラはプロヴァンス地方の伝承では、現地で崇拝される三人のマリアの召使とされている。三人のマリアとはキリスト教迫害から逃れてプロヴァンスの浜辺に漂着した聖母マリアの妹マリア・ヤコベ、十二使徒ヤコブとヨハネの母マリア・サロメ、聖女マドレーヌことマグダラのマリアの三人(注7)で、マドレーヌはフランスの民話で知られる妖精メリュジーヌと同一視され、聖女マドレーヌの祝日(七月二十二日)をからかうと聖女マドレーヌが雷雨を降らせ村々に被害を与えると言われた。(注8)三人のマリアは、元々は古代ケルトで信仰された三者一組の母神やその影響で中世に登場する三者一組の妖精たちにルーツを持つと考えられている。(注9)

聖女マドレーヌ(マグダラのマリア)は元々水とは何の関係もないがここでは水の呪術を司どり、妖精メリュジーヌ伝説とも重なり合いながらキリスト教化以前の神々と習合して船で異界から訪れてきたことになった。異界から船で来たものたちと雷にまつわる伝承とがセットで語られているのはキリスト教以前のフランス南部・南東部の異教的な信仰の特徴だろうか。

これがゲルマン神話的な世界になると、天候は人間が操るものではなく、嵐や雷はウォーダンやドナール(北欧ではトール)といった神々の仕業で神々が司るものとなり、落雷を恐れると同時に、雷は雨を降らせ実りをもたらすものとして感謝されるようになる。

『春の雷は冬の終焉を告げ、春の農耕開始を告げ、夏の雷は稔りを促進させる力であり、秋の雷は収穫と農耕の終わりを知らせる。農民たちはこれを天の司る神々の声として聴いていた。』(注10)

嵐や雷を防ぐのは呪術ではなく供物を捧げることやもっと実用的なジンクス、例えば雨に濡れた薪や柴は家の中に入れておかないとか、ドナールに追われた悪魔が入って来るので窓を閉めておくといったことであった。(注11)

脚注

注1)アゴバルドゥスはフランク王カール大帝、ルートヴィヒ敬虔帝に仕えたスペイン出身の聖職者で、ルートヴィヒ敬虔帝の宮廷では司教団の代表格的な人物であった。(オイゲン・エーヴィヒ(瀬原義生訳)『カロリング帝国とキリスト教会』(文理閣,2017年,原著1973年)121-122頁参照)

注2)野口洋二著『中世ヨーロッパの異教・迷信・魔術』(早稲田大学出版部,2016年)75頁

注3)野口洋二,75頁

注4)野口洋二88頁

注5)フィリップ・ヴァルテール著(渡邉 浩司,渡邉 裕美子 訳)『中世の祝祭―伝説・神話・起源』(原書房,2007年,原著2005年)234頁

注6)ヴァルテール,233頁

注7)ヴァルテール227頁

注8)ヴァルテール,224頁

注9)ヴァルテール,230頁)

注10)植田重雄著『』植田 重雄 著『ヨーロッパの祭と伝承 (講談社学術文庫) 』(講談社,1999年,原著1985年)253頁

注11)植田,246頁

参考書籍

・植田 重雄 著『ヨーロッパの祭と伝承 (講談社学術文庫) 』(講談社,1999年,原著1985年)
・野口洋二著『中世ヨーロッパの異教・迷信・魔術』(早稲田大学出版部,2016年)
・フィリップ・ヴァルテール著(渡邉 浩司,渡邉 裕美子 訳)『中世の祝祭―伝説・神話・起源』(原書房,2007年,原著2005年)
・オイゲン・エーヴィヒ(瀬原義生訳)『カロリング帝国とキリスト教会』(文理閣,2017年,原著1973年)

Kousyou

「Call of History ー歴史の呼び声ー」管理者。個人ブログはKousyoublog。英独仏関係史、欧州中世史、近世日本社会史、鎌倉幕府史などに興味があります。

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