『アメリカ合衆国史(1) 植民地から建国へ――19世紀初頭まで』和田光弘 著

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2019年4月より刊行が開始された岩波新書の「シリーズ アメリカ合衆国史」第一巻。本書冒頭の「刊行にあたって」によると、本シリーズは以下全四巻で構成されることになるという。
(1)『植民地から建国へ――19世紀初頭まで』和田光弘 著
(2)『南北戦争の時代――19世紀』貴堂嘉之 著
(3)『20世紀アメリカニズムの夢――世紀転換期から一九七〇年代』中野耕太郎 著
(4)『グローバル時代のアメリカ――冷戦時代から21世紀』古矢旬 著

第一巻である本書では、先住民時代からはじまって植民地時代を経て独立戦争、1812~14年の米英戦争までの歴史が描かれる。

本書の特徴として、第一に、植民地時代をアメリカ合衆国史の前史としてではなく、近年重視されている「大西洋史(アトランティック・ヒストリー)」の中に位置づけて描いている点がある。

「大西洋史」とは『大西洋を囲む四大陸――南北アメリカ大陸、ヨーロッパ大陸、アフリカ大陸――の相互連関を考究対象とする』(54はじめに XX頁)アプローチで、『移民や国際商品の史的展開など』の『大西洋を舞台としたヒト・モノ・カネのダイナミズム』に注目した、「グローバル・ヒストリー」とも共通する観点である。本書では特に第二章で「大西洋史」的アプローチから植民地時代の北米について、北米植民地への移民の移動や人口動態と黒人奴隷制の成立(ヒト)、十七世紀英国で施行され航海法に基づく体制の確立から三角貿易の展開と植民地での消費経済の発展(モノ)、ヨーロッパ各地から流入した様々な種類の貨幣の流通(カネ)について詳述されている。

第二の特徴として、「記憶史」研究に基づき、アメリカ独立戦争がいかに語られ建国神話が形成されてきたか、またアメリカ合衆国という「想像の共同体」におけるナショナル・アイデンティティの形成過程を日本では馴染みの薄いアメリカのフォーク・ヒーローたちを取り上げることで描いている。

例えば、本書で紹介される女性ベッツィ・ロスの例はとても興味深い。1975年から88年にかけてアメリカの大学教授が行った調査で、南北戦争以前のアメリカ史において、非政治家・軍人ですぐ思い浮かぶ人物を聞いた場合、第一位となったのが彼女であるという。ベッツィ・ロスは「星条旗を作った女性」として知られ、国旗作成の必要性を感じたジョージ・ワシントンが彼女の亡夫ジョン・ロスの身内にあたる軍人ジョージ・ロスを介してベッツィを訪ね、彼女はワシントンのデザイン案を修正して最初の星条旗を縫い上げてみせた、という話が現在まで語り継がれている。しかし、これは1870年代に彼女の子孫が唱え始めた全くの作り話で、歴史家でもあったウッドロー・ウィルソン大統領をはじめ同時代の人々も全く相手にしていなかったが、すぐにキリスト教的な要素が組み込まれて愛国的なストーリーとして人口に膾炙していったという。

『ベッツィは、アメリカ国民にとって歴史上の人物である以前に、「国旗の聖化」が生み出した政治的団結のシンボルに他ならない。ワシントンを国父とするならば、ベッツィは星条旗という国のシンボルを生み出した母なるイメージを喚起する。ごく普通の女性であったベッツィのもとへ、父なる神=ワシントンが訪れて、聖なる旗を生み出す媒介役とした。(中略)彼女はアメリカ人にとって聖母マリアですらある。』(148頁)

1893年に描かれたワイスバーガー作「われらが国旗の誕生」は『かすかな陽の光を受けて、生まれたばかりの星条旗を胸に抱くベッツィを囲む』(149頁)「東方の三博士」を模した三人の男性が見守るという構図で、聖母マリア=ベッツィ、星条旗=イエス・キリストに擬人化されて描かれ、全米各地に広まった。

このような、さまざまなアメリカの建国神話形成過程にも触れられており、とても面白い。

植民地時代以前の歴史についても、紀元前一万一〇〇〇年前からのパレオ・インディアン期に始まる先住民文化が概観されたあと、アメリカ史を描くうえでは定番といえる“コロンブスの「発見」の再考”が論じられた上で,かたやヨーロッパでは食文化をはじめ様々な嗜好を激変させ、かたや新大陸では伝染病の蔓延による人口の急減など先住民文化を破壊した,アルフレッド・クロスビーが「コロンブスの交換」と呼んだ、動植物や細菌、ウィルスにまで至る、『マクロからミクロまで、あらゆるレベルで生じた新旧両世界の生態系の交流』について、これも「大西洋史」のアプローチの一貫として紹介されている。

コロンブス以前にノルマン人の一派レイフ・エリクソンがアメリカ大陸を訪れ「ヴィンランド」と呼んだエピソードも触れられているので、ヴァイキングや「ヴィンランド・サガ」ファンもにっこりである。ちなみに10月9日がレイフ・エリクソン・デイという記念日に定められていることは、遅ればせながら本書で知った。

『アメリカ合衆国では今日、一〇月九日のレイフ・エリクソン・デイは記念日であるが、コロンブス・デイのような国の祝日ではなく、イタリア生まれとされるコロンブスを押し立てたイタリア系に、記憶をめぐる主導権争いで北欧系が及ばなかった経緯が投影されている』(17頁)

全般的に新書サイズということもあって大まかな通史であり、例えばネイティヴ・アメリカン(アメリカ・インディアン)に関してはポカホンタスや初期植民地の建設、「清掃(クリアランス」と呼ばれた一方的な虐殺の展開など植民者側との関連での記述に留まるが、まあ二巻以降で描かれるだろう。以上のようにアメリカ合衆国史を描く上での重要な視点を提示して、特徴ある通史シリーズの第一巻としてとても興味深く読めた。引き続き続刊の刊行を期待して待ちたい。

Kousyou

「Call of History ー歴史の呼び声ー」管理者。個人ブログはKousyoublog。英独仏関係史、欧州中世史、近世日本社会史、鎌倉幕府史などに興味があります。

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