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『英国王室史話』森護 著

ウィリアム1世からジョージ6世まで、ノルマン朝以降の歴代イングランド王・グレートブリテン王列伝である。630頁を超える大著で、ボリュームといい情報の網羅性といい質といい、1986年の発売以来三十年余り、未だにこれを超えるものは出ていない。自分が持っているのは単行本の方だが、中公文庫から上下巻で文庫版が出ている。同著者の『スコットランド王国史話』(大修館書店1988年刊、中公文庫2002年)および『英国王室史事典』(大修館書店,1994年)で歴代ブリテン島君主・王族の基本情報はほぼカヴァーできる。

古い本ではあるが、内容はそこまで古びてはいない。例えば、近年再評価著しいジョン欠地王についても『最近の史家の研究では、決定版ではないにしても、かなりその名誉は挽回されてきており、偉大な父王ヘンリー二世の四人の男子のうち、父にもっとも近い素質を持った後継者はジョンであるとさえ断言している。悪王の代表とされたリチャード三世(一四八三-一四八五)とともに、その評価が書き改められる日の遠くないジョン王であることを、まず断っておきたい』(74頁)と断りをいれている。

その後ジョン王は随分と再評価されており、一時暗君説の反動で史上屈指の名君的な持ち上げられ方をしたが、最近ではジョン王治世下でイングランドの統治機構は大きく発展したこともあり少なくとも高い行政手腕を持っていた点は確定したように思える。2019年3月刊の『世界史を作ったライバルたち 上』でもジョン王とフィリップ2世がライバルとして取り上げられてお互い遜色ない能力の君主として高い評価が与えられている。

ちなみにアンジュー帝国のノルマンディ・アンジュー地方の失地については、近年の主流はジョン王の手腕や人格に帰するのではなく、フランス王フィリップ2世治世下のフランスの強化、特に『フランス王権の急激な財政的拡大』(朝治 啓三,渡辺 節夫,加藤 玄 編著『中世英仏関係史 1066-1500:ノルマン征服から百年戦争終結まで』(創元社,2012年,51-52頁)および、アンジュー帝国の権力構造の制度的限界の方に求められるようになっている。

一方で、ヘンリ3世について、本書では取り柄は敬虔さだけの『外征ではことごとく失敗して領土を失い、内政では完全に統治力を欠いて、いたずらに混乱を繰り返し、イングランドに、深い傷と莫大な損失を与えてその一生を終わった国王』(89頁)と散々だが、彼の治世を振り返れば、アンジュー帝国の失地と内乱から紆余曲折ありながらも再建に成功し、対外的にもフランス王へ臣従礼を捧げることで無条約状態を解消して外交関係を樹立し、治世下で大幅な経済成長が見られ、中世イングランド王としては最長の在位期間で王権の安定をもたらし、次代のエドワード1世にバトンを渡した王である。シモン・ド・モンフォールの乱を引き起こしたり軍事的冒険に繰り出してはことごとく失敗するなど名君などと手放しでほめることはできないにしても、そんな散々な評価をされる謂れは無いように思える。

本書ではシモン・ド・モンフォールの乱後について『ヘンリー三世の統治も、実質的には、プリンス・エドワードの手に握られることになった』(96頁)とするが、エドマンド・キングは『ヘンリー三世は晩年、ある程度の財政的安定とある程度の王国の統一を回復した。』(エドマンド・キング著(吉武憲司監訳)『中世のイギリス』(慶應義塾大学出版会,2006年,原著1988年,186頁)としてエドワードの十字軍遠征を口実にして『王の課税権回復の基盤は整った』(キング,186頁)という。

エドワード2世の家臣が主君の能力を疑ってエドワード2世にも歴代の王たちの高い資質があればと書き留めたメモにヘンリ3世の長所として「長命」が挙げられている。(キング,124頁)その長い安定した治世が称賛されていたのである。ヘンリ3世は日本人著者による歴代イングランド王を紹介した書籍で低評価にされるのをよく見るが、おそらく本書の森氏の評価の影響が大きいように思う。功罪半ばしつつも評価できるところも少なくない王であり、「帝国」から「王国」への移行の道筋をつけた、イングランド史上でも重要な王の一人に思われるのだが。

そのエドワード2世、英国王の王太子の称号として知られるプリンス・オブ・ウェールズの初代となる人物だが、その就任時のエピソードとして、エドワード1世がウェールズを征服した際、現地の抵抗を退けるため、ウェールズの諸侯をカナーヴォン城に招き、生まれたばかりのエドワードを抱いたまま『ウェールズで生まれ、英語を全く話さない、これこそ正真正銘のプリンス・オブ・ウェールズである』と宣言したという劇的な話が有名だが、これは全く作り話であるという説が本書で紹介されている。

エドワード2世のプリンス・オブ・ウェールズ就任は1301年、17歳のときで、その後も英国王太子が代々相続するものとして確立したわけではなく、就任したものもいれば就任しなかったものもいて、むしろプリンス・オブ・ウェールズ位ではなく、ウィリアム1世がドイツの宮中伯に倣って設けたチェスター、ケント、ダラムからなるパラティン伯領を継承したチェスター伯位が重視されていたという。

『一二五四年、ヘンリ―三世が長男エドワードに伯位を与え、エドワード一世の即位後は、王の最年長の男子に与えられる爵位として、現在まで及んでいる。(中略)またプリンス・オブ・ウェイルズとしてではなく、チェスター伯として始めて貴族院議員の資格を与えられる理由でもある。』(616-617頁)

このあたりのプリンス・オブ・ウェールズ再考はとても面白い。

その他、人気の近世以降のテューダー朝、ステュアート朝、ハノーヴァー朝などの諸王の事績、面白エピソードや王朝交代の経緯など豊富で読み応えがある内容で、一冊あれば長く楽しめるだろう。エリザベス1世やビクトリア女王といった有名な王・女王は個別の評伝が出ているが、そうでない王のものはとりあえず本書を読むのがお勧めである。

発売から30年以上経って、英国史研究も大きく進展していることでもあり、そろそろ本書に代わって、本書が対象外のアングロ・サクソン時代も含んで、最新研究の成果も盛り込んだ英国全君主列伝を出してほしいところだが、先生方いかがでしょうか。

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参考文献

・青山吉信・飯島啓三・永井一郎・城戸毅編著『イギリス史〈1〉先史~中世 (世界歴史大系)』山川出版社,1991年)
・朝治 啓三,渡辺 節夫,加藤 玄 編著『中世英仏関係史 1066-1500:ノルマン征服から百年戦争終結まで』(創元社,2012年)
・エドマンド・キング著(吉武憲司監訳)『中世のイギリス』(慶應義塾大学出版会,2006年,原著1988年)

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