スポンサーリンク

遂に完結『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ』(大西巷一作)1~12巻感想

『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ』(大西巷一作)は十五世紀のボヘミアで起きた宗教戦争「フス戦争(1419年-1434年)」を描いた中世ヨーロッパ歴史漫画で、2019年6月12日発売のコミックス12巻で完結しました。

フス戦争は、ローマ教会の世俗化を厳しく批判していたプラハ大学総長ヤン・フスが1415年異端として処刑されたことに対して、フスの信奉者たち=フス派が蜂起して始まった宗教戦争で、フス派内の急進派ターボル派を率いたヤン・ジシュカが貧しい農民たちを組織し、当時はまだ一般的ではなかった銃火器を駆使して騎士たちの大軍を次々と撃破した火器戦術の革新をもたらした戦争として位置付けられます。また、フス派内の諸派の合従連衡と葛藤、ボヘミアの貴族たちと神聖ローマ皇帝ジギスムントとの対立、帝国諸侯の権力闘争、ローマ教会の権威の失墜など多様な要因が重なり合って、宗教戦争の枠を超えた国際戦争の様相を呈していました。本作はそのようなフス戦争の特徴を踏まえた歴史群像劇となっています。

主人公の少女シャールカは聖ヨハネ騎士団による劫略から逃れてヤン・ジシュカの庇護を受け、「ピーシュチャラ(笛)」と名付けられた手銃を与えられて戦闘員として訓練を受け、フス戦争を戦っていきます。

シャールカや女戦士ヴラスタなどはチェコの女性戦士たちの活躍を描いた伝承「乙女戦争(チェコ語” Dívčí válka”,英語” The Maidens’ War”)」の登場人物から取られた名前で、この伝承はそのまま本作タイトルともなっていますが、タイトル通り、戦う女性たちが次々と登場して、彼女たちを中心にドラマが展開されていく様は、いうなれば中世ヨーロッパ版「戦争は女の顔をしていない」といった印象を強く受けます。

中世ヨーロッパの戦争において女性はどのような位置づけだったのでしょうか。中世ヨーロッパでも騎士階級が成立し騎士道理念が誕生する十一~十二世紀頃になると、性役割の分化が進み、統治や戦争は男性が担うものとされ、女性は家庭に置かれて男性に守られる性とされるようになります。戦場において暴力にさらされるか弱い被害者であり、騎士が守るべき対象であったわけです。

しかし、女性でも参加できる戦争というものがあり、それが第一に「十字軍」、第二に「籠城戦」でした。神は男女ともに救済を与えるのだから女性も十字軍に参加して贖罪のため戦うことができ、実際、十字軍には多くの女性が参加しました。また、貴族や城主・騎士の妻にとって城を守るというのは家庭を守る延長線上にあり、女性は籠城指揮官として少なからず参加し、戦争指揮を執っています。

また、農民や都市民の女性たちは、村や町が襲われるなど共同体が脅かされる緊急時になればひとまず皆逃散するも、追い詰められれば武装して戦場に立ちました。特にフリースラントやフランドルなどに農民の女戦士の逸話は多くみられます。また、女性たちは娼婦としても戦場に随伴していました。

女性たちも多く参加したフス戦争をはじめ、本作後半に登場するジャンヌ・ダルクや、上述したフランドル地方での女戦士たちも皆十四世紀末から十五世紀という中世末期に登場するのが、「か弱い女性を守る」ことを規範とした騎士の時代の終わりと呼応している点がとても興味深いと思います。また中世ヨーロッパでも「九女傑」をはじめ戦う女性戦士の物語が盛んに語られるようになるのも十四~十五世紀のことです。時代の変化が戦場に立つ女性たちとしてあらわれてくるのが、中世の終わりを象徴する出来事の一つです。(注1)

このような中世ヨーロッパにおける戦争と女性の関係を巡る全ての要素が本作では描かれています。本作の主人公たちは共同体の危機に立ち上がって武器を取り、救済を求めて戦場に立ち、ワゴンブルクという農民たちの城に籠城して、時に暴力にさらされ、あるいは娼婦として生き延びながら、中世ヨーロッパという残酷な時代で人生を全うしていきます。

登場人物が、次々と、あっけなく、しかも残酷に死んでいくのに誰一人として無駄に死なない、きちんと一人の人間として死んでいくのは群像劇としてじつに素晴らしいと思います。前半真面目眼鏡キャラだったガブリエラがどんどんぶっ飛んでいく展開最高に好きですね。ターボル派だとサーラがどうなるか毎回ハラハラしながら読んでいました。ラウラとバルバラ妃大好き。クラーラちゃんご両親強すぎないですかね・・・

そしてボーフォート枢機卿!対フス派十字軍用に編成した部隊をベッドフォード公にフランス戦線に転用されてしまったボーフォート枢機卿!赤ちゃんプレイの和平主義者ボーフォート枢機卿!作中での、ジャンヌが獄中で病気の時に医師を派遣するよう指示したのがボーフォート枢機卿だったという史実を踏まえての展開は細かすぎる元ネタすぎてわかる人限りなく少なそうなのでここで書いておきます。非常に細かい史実を拾って再構成して歴史物語にしていることがわかります。

ジシュカ生存時の小が大を撃破するカタルシスはもちろん、残酷な世界で生き抜く人々の姿に生の輝きが垣間見える人間ドラマも堪能でき、そして歴史的事件が一つの収束点へと向かって、最後は大団円を迎える非常に良質な作品であると思います。

一巻と十二巻を比べるとシャールカもみんなも本当に大きく立派になったなぁと思います。

スポンサーリンク

脚注

注1)中世ヨーロッパにおける戦時下の女性については、コレット・ボーヌ著(阿部雄二郎・北原ルミ・嶋中博章・滝澤聡子・頼順子訳)『幻想のジャンヌ・ダルク―中世の想像力と社会』(昭和堂、2014年)164-193頁「第9章 戦争は女性の顔を持ちうるか “La guerre peut-elle avoir un visage de femme?”」および、ハンス・キュンク著(矢内義顕訳)『キリスト教は女性をどう見てきたか―原始教会から現代まで』(教文館,2016年,原著2001年)64-121頁「第三章 中世の教会における女性」、アニェス・ジェラール、ジャック・ル・ゴフ著(池田健二訳)『ヨーロッパ中世社会史事典』(藤原書店,1991年,原著1986年)182-186頁「女性」の項など参照。フランドルで戦争に参加した農民や市民層の女性たち――1382年に登場するマリー・ジェトリェや大女マルゴと呼ばれる女性たち――は戦場で「旗持ち」として登場してくるが、これはジャンヌ・ダルクにも通じる。さらにいうと、本作の「ターボル天使隊」も「旗持ち」が果たす、部隊を勇気づける役割を担っているのが共通点として興味深い。

タイトルとURLをコピーしました