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『動物裁判 西欧中世・正義のコスモス (講談社現代新書)』池上俊一 著

十二世紀から十八世紀にかけて、フランス・ドイツを中心とした西ヨーロッパ一帯で盛んにおこなわれていたのが、動物や昆虫を被告として正規の裁判にかけて裁く「動物裁判」という慣習であった。この中世・近世期ヨーロッパに特異な法慣行はなぜ行われていたのか、その実態を浮き彫りにする、1990年の発売以来ロングセラーとなっている一冊である。

本書は二部構成で、第一部では史料に登場する多数の動物裁判事例が紹介される。例えば、冒頭に紹介されている動物裁判の例は1457年1月10日、フランス・ブルゴーニュ地方サヴィニー村で起きた、五歳の少年を食い殺した雌豚に対する裁判である。前年1456年末、仔豚たちに餌をやっていた被害者ジャン・マルタンに突然襲いかかった母豚が食い殺してしまった。これに対し、ブルゴーニュ公の侍臣を裁判官とし、豚の所有者と「実行犯」の母豚および仔豚六匹を被告、サヴィニー村の領主を原告、さらに検察官も立てられ、複数の証人も呼び出された上で裁判が行われた。法に則って裁判は進み、母豚は死刑、仔豚たちは証拠不十分で罪に問われず所有者に返却されるが後日子供を食べたことが明らかになれば所有権が領主に移り引き渡されるということで、判決となった(8-13頁)。

裁かれた動物はブタやウシ、ウマ、ヤギ、ウサギ、ネズミなど哺乳類・小動物から、ミミズやバッタ、ハエといった昆虫、さらには教会の鐘や森の木々といった無生物・植物まで多岐に渡る。『大きく人間を殺傷した動物、獣姦の共犯者としての動物、魔術にかかわる動物』(76頁)の三種類に分けられる。しかも丁寧に弁護人が立てられて無罪を勝ち取る例も少なく無く、また動物裁判に関する法律も整備されていた。

第二部ではこの動物裁判がなぜ行われていたのか、特に動物裁判がピークを迎えた十三世紀から十六世紀にかけての中世ヨーロッパの社会の変化を踏まえつつ読み解かれる。

動物裁判について、これまでいくつかの説が唱えられていた。例えば動物を擬人化してとらえ人間と同じように裁判にかけたとする「擬人化説」である。しかし、動物を擬人化する見方は古代から見られ、しかもヨーロッパに限らず世界中に存在する。ところが、動物裁判は十二世紀から十八世紀の西ヨーロッパにしかおきていない。また、厳格な法規範や社会秩序に対する民衆の「パロディ」と見る説もある。しかし、動物の「パロディ」は中世には様々なお祭りで一般的に見られ流行しているのに対し、動物裁判は「パロディ」というには裁判の実施過程が非常に真摯で精緻なプロセスを辿っており「パロディ」の要素は非常に薄い。

そこで著者は視野を中世ヨーロッパの社会や思想全体に広げて、その変化の中に動物裁判を位置付けている。この考察が本書の白眉で、本当に面白い。

すなわち、十二世紀から十六世紀にかけて、農業革命の進展にともない、自然が切り拓かれていくことで、自然は畏怖の対象ではなく客観視することが出来るようになると同時に、アニミズム的な異教文化に対してキリスト教を浸透させていく、いわば征服の進展があった。その中で、人間の見方はアレゴリーやシンボリズムから解き放たれて、機械論的な自然観としてのリアリズムが芽生えてくる。著者は、この変化の過程の中に動物裁判を位置付けている。

『動物裁判は、動物を人間の理性的な法に従属させる。つまり、自然を人間世界特有の条理にしたがわせるのであり、そこでは自然は、予測可能・計算可能で、どんな刺激をあたえればどんな反応がかえってくるか、人間にあらかじめ了解できるものとして想定されている。それはとおくはなれたよそよそしい世界ではなく、なじみ深い、(虚構の)対話でむすばれた世界なのだ。
合理的な法手続きによって動物を人間世界に同化する動物裁判をささえる自然観として、一三世紀以降ヨーロッパにひろまった機械論的自然観があったことは、したがって、まちがいないのではあるまいか。自然の観念とイメージが一三世紀を境に大きく転換することと、おなじ時代に動物裁判が本格化することは、だから偶然の一致などではないのである。』(202-203頁)

まるで現代の観念とは遠く離れている突拍子もないように見える「動物裁判」が、実は現代世界を支える合理主義と地続きであり、現代への発展過程にあったこと浮き彫りにしていく考察はとても興味深い。

『一七・一八世紀の科学的合理主義が機械論的自然観を徹底的におしすすめると、(人間の)理性と自然(身体と外界)の区別が、かえってゆるぎないものとなる。自然世界を人間世界に同化させる主観的人間中心主義は、客観的人間中心主義に姿をかえ、こうして、動物裁判は、当初それをささえた機械論的自然観の進展自体によって、消えてゆくのである』(203頁)

「動物裁判」という物珍しく異質な事例の積み重ねから、動物裁判が行われていた当時の中世ヨーロッパの社会や自然観の思想的文化的変化の過程へと世界が広がり、さらに現代社会へと続く「文明化の過程」へと論が進んでいくという、縦横に、そして立体的に視野が広がっていくとてもエキサイティングな考察を新書サイズで読むことが出来る、お勧めの一冊である。

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