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『図説 ヨーロッパ服飾史 (ふくろうの本/世界の歴史) 』徳井淑子 著

現代、われわれが身にまとう「洋服」は言うまでもなくヨーロッパで発展した衣服である。そのヨーロッパにおける服飾の歴史を多くの図版とともにコンパクトにまとめたのが本書である。

「第一章 身体の誇張」では、古代ギリシア・ローマ時代にも目を配りつつ、中世前期九世紀頃から二十世紀初頭までの変遷を、『ヨーロッパ服飾の特質が身体の造形性へのこだわりにある』(4頁)という観点から描く。本書によれば衣服はギリシア・ローマや日本の着物のような『身体に布を懸けて着る「懸衣」型』(4頁)と『ヨーロッパの衣服のように身体を緊密に包む「窄衣」型』(4頁)に大別できるという。

『つまりズボンとの組み合わせの二部形式で、窄衣を特徴とする西洋服は、寒冷の地域に住み、ズボンを必要としたゲルマン民族の服飾にさかのぼる。』(4頁)

ローマ風の長衣とゲルマン風の上着と脚衣にマントを羽織る衣装とが併存しながら、十五世紀までかけてブリオー、コット(現在のコートの語源)といった男女関係なく着られた長衣(チュニック)が女性用衣装へと発展する一方、コタルディ、ジャケットなどの上着とズボンの二部形式で構成される男性用衣装に分化していく変化の過程はとても面白い。服飾に男女の大きな差が無かったものが、十三世紀頃に性差が誕生して、十五世紀までにその差が明確になっていくのだ。

『女性のファッションが、細い胴を強調し、以後の女性服の原型をみせるのはこの一五世紀であり、男性のズボンと上着の組み合わせに対し、女性のワンピース型のドレスという男女の服装の対照が明確になるのもこの世紀である。一五世紀は近代ヨーロッパ服飾を準備した時期といえよう。』(11頁)

スラッシュ装飾やジュエリーファッションが十六世紀に登場し、続いて十七世紀には現在女性服でお馴染みのレースやリボンが男性服の特徴として流行する。「つけぼくろ」や肖像画でお馴染みの「かつら」の登場も十七世紀だ。これらは十七世紀に芽生えた清潔感や衛生観念を反映したものだという。十八世紀にはテイラーメイドが展開し、コルセットの使用が広がり、今書店の雑誌コーナーで所狭しと並ぶファッション誌も誕生する。十九世紀にはモード産業の発展を背景に、服飾は非常に多様な変化を遂げていった。オートクチュールシステムでの衣服製作が始まり、ボリューミーなスカートで知られる「クリノリン」からバッスル・スタイルが生まれて、アール・ヌーヴォー様式が隆盛を迎え、やがて現代的なスタイルが誕生する。この流れが多くの図版とともによく見えて来て面白い。

「第二章 色彩感情と文様の意想」では色の変化や多様性、紋様のデザインなどに着目して歴史的変化が論じられる。特に現在の服装のスタンダードといえる黒色について、十五世紀の流行から近代のダンディズムまでの変化が描かれていて興味深い。

中世末期の厭世観と黒色染の技術革新を背景としてブルゴーニュ公フィリップ3世という当代一の富裕さを誇った諸侯を始め貴族層に流行、ブルゴーニュ公国がハプスブルク家に吸収されて黒色ファッションが受け継がれる一方、プロテスタントの禁欲主義とマッチして十六世紀からヨーロッパ各地で庶民層にも定着し、近世から近代にかけて資本主義を支えた禁欲的な倫理観の中で黒い燕尾服やフロックコートなど十九世紀の主流となって、やがてダンディズムという紳士服の価値観の中でもてはやされることになった。一方で『モノクロの男性服とカラフルな女性服という男女による色の対比が鮮明になり、色が女性性と結びつけられて嫌悪される。今日のクロモフォビアの感情が生まれることになる。』(37頁)

「第三章 異国趣味とレトロ趣味」ではヨーロッパの服飾史における周辺地域や過去のローマ・ギリシア時代、また近代におけるロマン主義の潮流を背景とした中世の衣装の影響について語られる。

特に「東洋趣味」として十二世紀のイスラーム世界の影響から十六~十七世紀の「インド綿布」や「インド更紗」のヨーロッパへの波及、十八世紀の「トルコ趣味」、十九世紀の中国や日本のファッションの影響まで概観されているのはとても面白い。また海外だけではなくヨーロッパ内でもイギリスにおけるイタリア趣味(マカロニ)やフランスにおけるイギリス趣味(アングロマニー)など相互に模倣し影響しあっている。さらに古典古代への復古ブームが十八世紀に起こり古代ローマ・ギリシア文明のファッションが取り入れられてマリー・アントワネットが好んだシュミーズ・ドレスがナポレオン帝政期に大流行し、その後今度はロマン主義の勃興とともに、中世的なファッションがレトロ趣味としてもてはやされていく。

「第四章 ジェンダー、下着、子ども服」では男女の性差の誕生と変容がズボンの表象、異性装、コルセットをテーマに論じられ、下着の位置づけの変遷や子ども服にみられる子供観の変遷など興味深い項になっている。

特に十九世紀に全盛を迎えていったコルセットは、『有閑階級の非生産性のしるしとしての意味』(97頁)をもち、『華奢な手や小さな足とは、労働を免れた上流階級に属することを示している』(97頁)。『コルセットの装着により細いウェストを実現することこそ、よき伴侶を得るために女性がとるべき手段であった。』(98頁)一方でコルセットの装着は身体への悪影響が大きく、医学的には非常に大きな社会問題となりコルセット廃止論が大きな声となった。

コルセット賛成者は『女性の身体は脆弱であり、コルセットの支えがなければ身体を保ちえない』(98頁)と主張した『女性の身体を劣ったものとみる』身体観であった。第一次大戦後、女性の労働が必要となってコルセットにかわって動きやすいブラジャーが登場、『コルセットをはずした二〇世紀初頭のファッションは、女性の身体を解放したと理解され、ゆえにコルセットは女性を抑圧するシンボルとして捉えられることが通例』(99頁)となっている。一方で、『コルセットの着装にこそ、自分の身体を加工することのできる女性たちの自由がある』(99頁)とする意見も紹介されている。

コルセットに留まらず、子ども服として生後すぐに『首から足首まで布地でくるみ、紐やリボンで撒いて固定する産着』(101-102頁)であるスワドリングなど、身体を緊密に包んで身体の造形性を誇張しコントロールしようとするヨーロッパの服飾の変容の帰結のように感じさせられた。同時に、そこから逸脱して克服しようとする試みの多さもまたヨーロッパの服飾史の特徴であり、その可能性の存在が現代社会において普遍性を獲得した要因なのだろうということが本書から伺える。

著者もあとがきで書いている通り、基本的にはフランスと周辺地域の記述が中心で、より本格的に全体像を理解するためには専門書にあたるべきだろう。しかし、ヨーロッパ服飾史の入門書として、様々な発見と問題提起と広がりがある一冊であり、申し分なくお勧めだ。

目次
第一章 身体の誇張
1 九‐一三世紀 | ゲルマン服飾の伝統
2 一四‐一六世紀 | 身体造形の構築
3 一七世紀 | 繊細な身体感覚
4 一八世紀 | 遊戯的モードの誕生
5 一九世紀 | 多彩な女性モード
第二章 色彩感情と文様の意想
1 黒服とメランコリー
2 資本主義社会の黒服
3 多色嫌悪と縞柄
4 政治と祝祭の色
5 紋章とドゥヴィーズ
第三章 異国趣味とレトロ趣味
1 東洋趣味
2 外国かぶれ
3 古代ギリシア調の復古
4 中世趣味
第四章 ジェンダー、下着、子ども服
1 ズボンの表象
2 異性装
3 下着
4 コルセット
5 子ども服

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