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「戦闘技術の歴史2 中世編(創元社)」マシュー・ベネット他 編著

本書は創元社から刊行されている「戦闘技術の歴史」シリーズの第二巻目で、五世紀から十五世紀の中世ヨーロッパにおける様々な戦闘が一冊にまとめられている。同時代の戦いがどのようなものであったかを理解する上でぜひ読んでおきたい充実した内容の概説書である。

全体の構成としては歩兵(第一章)、騎兵(第二章)、指揮と統率(第三章)、攻城戦(第四章)、海戦(第五章)に章立てられ、それぞれのテーマに沿った様々な戦いが紹介される内容で、戦闘の展開や歴史の流れが中心で、武器や装備、技術的な解説は控えめといえる。

中世ヨーロッパの戦闘というと華やかな「騎士」がまず思い浮かぶが、実は騎士の時代は短く十二世紀頃から十四世紀初頭頃までが全盛期で以後中世末までに衰退していくことになる。一貫して眺めると、むしろ歩兵の有用さが光っていて、本書でも最初に歩兵の活躍が描かれている。

「第一章 歩兵の役割」では東ローマ(ビザンツ)帝国の皇帝ユスティニアヌス1世に仕えた軍人ナルセスが行ったイタリア遠征の一連の歩兵戦術に始まり、ヨーロッパ北部のアングロ・サクソン人歩兵や十二世紀の十字軍歩兵の活躍、イベリア半島の有力国家アラゴン王国のアルモガバルと呼ばれた軽装歩兵などを紹介しつつ、中世盛期から後期にかけて歩兵が主な活躍を見せたクールトレーの戦い(1302年)とバノックバーンの戦い(1314年)が詳述される。

また、歩兵の項であわせて弩兵や長弓兵などの投射兵とスイス傭兵に代表される槍兵についても描かれる。長弓兵の活躍として特筆されているのがイングランド軍がフランス軍を壊滅させた百年戦争屈指の会戦アジャンクールの戦い(1415年)、槍兵の活躍として描かれるのが、後の「諸兵科連合」の先駆として知られる同時代最強の部隊を率いて中欧制覇に乗り出したシャルル突進公率いるブルゴーニュ軍をスイスの長槍兵が壊滅させたナンシーの戦い(1477年)とスイス槍兵の特徴などが紹介されている。

下馬装甲騎兵(歩兵)と長弓兵の組み合わせによる歩兵戦術を「イングランドのシステム」と呼んで、「イングランドのシステム」が次第に洗練され、諸国も模倣し超克する過程に中世ヨーロッパの戦術的発展を見ている。

『一四二〇年代には、「イングランドのシステム」は他の軍隊でも採用されるようになっていた。最初に採用したブルゴーニュ人は、一四三六年までイングランドの同盟国だった。また、このシステムに敗れたフランス自身が、王室付き護衛弓兵と勅令騎兵隊を一四四〇年代に作った。このような模倣と野砲の発達にともない、フランスお得意のやり方でイングランドを破ることができるようになった。一五世紀半ばまでには、フランスとブルゴーニュは、イングランドとスイスから槍兵や弓兵、手銃兵などの伝統を組み合わせて、柔軟な軍隊を展開させるようになっていた。これとは対照的に、イングランドは薔薇戦争(一四五五~一四八七)として知られる内紛の時代に突入しており、古いシステムに固執していた。』(64-65頁)

歩兵戦術の革新の帰結として近世的な軍隊が登場してくる様子が見えてきてとても面白い。

「第二章 騎兵・戦車など」ではお馴染み「騎士」の勃興を中心に、フン族の騎馬弓兵、ビザンツ帝国の重装騎兵、「騎士」以前のフランク王国時代の騎兵、フランク騎兵を取り入れたノルマン人騎兵、神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世(バルバロッサ)が編成したドイツ騎兵などが紹介され、主な戦いとしてノルマン騎兵とアングロ・サクソン歩兵の名勝負となったヘースティングズの戦い(1066年)と、神聖ローマ帝国他諸侯連合軍とフランス軍の機動力を生かした騎兵戦となった欧州戦史上名高い天下分け目の決戦ブーヴィーヌの戦い(1214年)、そして騎士の時代の黄昏を象徴するヨーロッパ連合軍がオスマン帝国軍に大敗したニコポリスの戦い(1396年)などが詳述される。

特に、中世ヨーロッパの騎士にお馴染みの戦術として知られる「騎馬突撃戦法」はいつ、どのようにして登場したのかについて様々な学説を踏まえて詳述されている箇所は本書の白眉ではないかと思う。「騎馬突撃」は『騎乗した兵が突撃するときには槍を脇に抱え、馬の動きと槍の突き出す勢いを組み合わせる方法』(100頁)だが、これは十二世紀半ば頃から見られるようになる。それ以前は日本の武士やユーラシア大陸の騎兵などと同様に騎乗して弓や投槍を使ったり、戦斧を振るったりしていた。この画期的な戦術変更の過程は諸説あって解明されていないことが多いが、本書では、その諸説について検討した上で、八世紀後半のあぶみの発明、八~九世紀のフランク時代に行われたウィングスピアとランスの採用という兵装の変更、九世紀末の釘止め蹄鉄の発明、十二世紀初めの高い前橋と後橋をもつ鞍の発明などの一連の技術革新が挙げられている。

『一二世紀の半ばまでには、横に構えた槍が戦場では圧倒的となり、その時期から中世の終わりまでには、騎馬突撃戦法が唯一でなかったとしても、騎乗での槍の第一の使用法となったのか確実なようだ。』(104頁)

これに補足すると、堀越宏一は『15のテーマで学ぶ中世ヨーロッパ史』(ミネルヴァ書房,2013年)「第4章 戦争の技術と社会」)で騎士身分の成立を「騎馬突撃戦法」確立の要因として挙げる。

『しかもこの一二世紀からは、槍と剣をもって騎兵として戦うには、騎士叙任式という儀式を受けることによって、社会的な承認を得なければならなくなる。そして、この騎士叙任式を受けたものだけが「騎士」としての公的な資格を得て、中世社会のなかで高貴な身分をもつ者(貴族)とされるようになるのである。さらに、騎士叙任式を受ける資格がしだいに世襲化されていくと、この貴族身分は固定された社会の上層階層が独占するものとなっていった。こうして、騎乗して槍と剣で戦うという戦闘法が、社会的な身分の表現手段となり、このような騎兵である者だけが貴族としての騎士となるのである。』(堀越88頁)

「第三章 指揮と統率」は中世ヨーロッパの戦争における戦闘指揮の困難さについてである。高度に統率された軍隊であるモンゴル軍に対し中世ヨーロッパの諸侯は自身の配下の統率でも諸侯同士の協調でも限界を露呈した。封建制度下で指導者が得られる軍事上の資源は相続で獲得したわずかな権限に留まる。王であっても同様だ。封建制度下、家臣は領主に四十日間仕える義務がある。しかし、四十日を過ぎるとその義務から解き放たれる。ゆえに長期の遠征は難しく、大軍を編成するというのは実に難事業で、傭兵が活用され、軍務と引き換えに略奪の権利が与えられることも常だった。そんな封建制度上の限界をどう克服したかが様々な実例とともに語られている。

実際軍事行動を起こすうえでも現代のわれわれでは想像もつかないレベルで、様々な限界があった。

『まず地図があるのは非常に珍しく、地形ではなく道沿いにある町や川などが記されているだけのものだった。このため、兵たちの動きを計画するにも、また位置を決めることにさえ、地図には信頼を置けなかった。しかも地図は、いろいろな地域における相対的な位置を示していた。A地点からB地点に行くには、現代のような道路標識がないのだから、行き方を知っている人間を見つけなければならない。』(205頁)

道を知っている人間を見つけ出して案内させたりするが嘘をついているかもしれない。当然斥候も出されるが、連絡が届くまでには長い時間がかかる。まともに行軍させ、目的地に到着するだけでもすごいし、その過程で兵士たちが逃亡するかもしれない。実際問題、逃亡兵の取り締まりに多くのリソースは裂けないので、逃亡兵が出るのはもうあきらめるしかない・・・実に大変である。

王や指揮官が戦闘時に重要なことが『まずはどこで自分が必要か、そしていつ有利な立場を失うかを認識』(216頁)することだというのは言われると確かにその通りだが、目から鱗であろう。自信があるべき位置を、常に情勢が変わり続ける戦場で認識し続け、勝利を掴み取るために最善の手を打ち続けなければならない。指揮と統率、兵士たちへの動機付け、規範などを強く求め、それをシステムとして確立しようとしはじめるのは当然の流れだ。

「第四章 攻城戦」「第五章 海戦」はその章題通りの内容であるが、投石機など攻城兵器が海戦でも活躍しているのはとても面白い。ともに火薬兵器の誕生と革新によって劇的に戦場の在り方が変わっていく。

以上、中世ヨーロッパの戦争について理解する上で充分な情報量で様々な実例が描かれていて、特に創作する人には欠かせない一冊となっていると思う。当サイトの記事を書くうえでも数えきれないほど読み返し、参照させてもらった。

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本書の目次

第一章 歩兵の役割
初期の歩兵/カシリナムの戦い/軍勢/戦闘/その後のビザンツ帝国軍/アラブの征服/北部ヨーロッパ/ハスカール(一一世紀半ば)/ノルマン対アングロ=サクソン/アングロ=ノルマン/アルスフの戦い/行軍開始/十字軍歩兵/十字軍の下馬騎兵(一二世紀)/戦闘/軽歩兵/ビドー/アルモガバル/アルモガバル軽歩兵/フリジア人/クールトレーの戦い/バノックバーンの戦い/一日目/二日目/百年戦争の間の戦術的発展/イギリスのシステム/アジャンクールの戦い/フランスの作戦/イングランドの配置/アジャンクールの戦いでのイングランド兵/戦闘/スイス:徒弟制度/鎧兜をつけたスイスのパイク槍兵(一四七五年頃)/騎士と弩弓兵(一四八〇年頃)/シャルル豪胆公の軍隊/ブルゴーニュ軍対スイス軍/イェニチェリ/フス派

第二章 騎兵・戦車など
蛮族の騎兵/フン族の騎馬弓兵(五~六世紀頃)/フン族の騎兵/技術的革新/ランスの構えと騎馬突撃戦/カロリング朝の槍騎兵(八世紀頃)/ビザンツの騎兵/ビザンツ帝国の重騎兵(一〇世紀頃)/アラブ騎兵/シャルルマーニュ帝とカロリング朝/攻撃/ノルマン騎兵/ノルマン騎兵(一一世紀)/騎兵部隊/ヘースティングスの戦い(一〇六六年一〇月一四日)/継承争い/ウィリアムの国/軍勢の配置/戦闘/騎士道と馬上槍試合/レニャーノの戦い/皇帝フリードリヒの軍事行動/戦闘/騎士道/武芸競技大会/板金鎧の発達/ブーヴィーヌの戦い/配備/戦闘/騎兵戦闘の凋落/フランス騎士(一四世紀後半)/板金鎧を身につけたフランス騎士(一四八〇年頃)/大規模戦闘/歩兵の優位/ニコポリスの戦い/戦闘

第三章 指揮と統率
部族と封建制度/部族の構造/王権戦争と宗教戦争/モンゴルのヨーロッパ侵略(リーグニッツ〈ワールシュタット〉の戦い)/モンゴル重騎兵(一三世紀)/軍の資源/権力の合同/アルビジョア十字軍(ミュレ)/作戦/戦術の選択肢/場所を選ぶ/待ち伏せ/追走からの帰還/両翼包囲/陽動攻撃/側面の方向転換/カスティーリャ継承戦争(ナヘラ)/連絡手段/問題と解決/船に乗った侵略者/盾の壁を打ち砕く/ランスに立ち向かう/退却と攻撃/車輪の壁/武器と対峙する/百年戦争(ヴェルヌイユの戦い)/規律/動機

第四章 攻城戦
古代の攻城戦/ヨーロッパ中世初期/ローマからの着想/ヴァイキングとパリ攻城/パリ攻城/城の出現/標準的な初期の城廓/モントルーユ・ベレーの攻城/円柱形の塔と強固な城廓/十字軍の城廓/シャトー・ガイヤールの攻城/中世中期の攻城兵器/投擲兵器/攻城塔/攻城技術としての策略/同心円型城廓/中世後期の新しい攻城兵器/コンスタンティノープルの攻城/変化する戦場

第五章 海戦
中世初期の地中海/ギリシャ火薬/ヴァイキングの時代/ヴァイキングのセーヌ川遠征/常設艦隊/十字軍/第四回十字軍(コンスタンティノープル)/中世後期における地中海の戦闘/マルタ島の戦い/北方の海/アングロ対フレンチ戦争/スロイスの海戦/海軍「軍拡競争」/中世海軍の変容

【各地の戦略地図】
カシリナムの戦い(五五四年)
アルフスの戦い(一一九一年)
バノックバーンの戦い(一三一四年)
アジャンクールの戦い(一四一五年)
ヘースティングスの戦い(一〇六六年)
レニャーノの戦い(一一七六年)
ブーヴィーヌの戦い(一二一四年)
ニコポリスの戦い(一三九六年)
リーグニッツ(ワールシュタット)の戦い(一二四一年)
ミュレの戦い(一二一三年)
ナヘラの戦い(一三六七年)
ヴェルヌイユの戦い(一四二四年)
パリ攻城(八八五年)
モントルーユ・ベレーの攻城(一一四九~五一年)
シャトー・ガイヤールの攻城(一二〇三~〇四年)
コンスタンティノープルの攻城(一四五三年)
ヴァイキングのセーヌ川遠征(九世紀後半)
コンスタンティノープル(一二〇三~〇四年)
マルタ島の戦い(一二八三年)
スロイスの海戦(一三四〇年)

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