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『ヴァイキングの歴史――実力と友情の社会』熊野聰 著/小澤実 解説

ヴァイキングは概ね八世紀から十一あるいは十二世紀まで活動した北欧の人々で、一般的なイメージではロングシップに乗った赤ら顔の海賊であるが、このイメージは見直されて久しい。本書は名著として名高い1983年に刊行された『北の農民ヴァイキング――実力と友情の社会』の改題・増補改訂版で、ヴァイキングの歴史を知る上でぜひ読んでおきたい一冊である。

本書の元となった『北の農民ヴァイキング――実力と友情の社会』の意義について、解説を寄せている小澤実氏は『略奪者であるはずのヴァイキングを「農民」ととらえ直すことにより、日本の学界と読書界にヴァイキングの実態の再定位を求めた』(283頁)、『強固な理論性と実証性』(287頁)を備えた啓蒙書であるという。その上で、本書の三つの特徴として『アイスランドとノルウェーが主たる舞台となっていること』(289頁)、『史料としてサガが多用されていること』(290頁)、『個人・共同体・国家の緊張関係のなかにヴァイキングの歴史の展開を位置付けていること』(291頁)を挙げている。その上で、以後の日本のヴァイキング研究に大きな影響を及ぼしたとされる。

『ヴァイキングの歴史――実力と友情の社会』として再刊されるにあたって、序章としてヴァイキングとは何でいつからいつまで活動して、どんな人々で、どのような歴史を辿ったのか、ヴァイキングの大まかな歴史を概観する章が増補され、その上で本論へ進む構成となっており、非常に入りやすくなっている。

ヴァイキングは「農民」であった。本書によれば北欧社会における「農民(ボーンディ)」は『「定着経済を営む者」一般をさし、本来は特定の産業分野(農業)と結びついているのではない。彼は世帯住居を拠点として、あらゆる経済可能性を追求する。』(66頁)故郷にあっては農民であり、外に出れば商人であったり、略奪者であったり、軍人・傭兵であったりと多様な顔を見せる。このヴァイキングの多様性を一つ一つ丁寧に具体的に説得力を持って描かれていて、様々な発見に満ちている。

『彼らは何よりも個人的土地所有者、「農民」なのであって、交易者、ヴァイキング、傭兵などの活動は、定着前の富をなす手段、そして定着後の補充経済なのである』(140頁)

自立した経営主体である彼らは血縁関係や「友情」を通して結集し、外敵に対抗して軍事力を持った。自立農民=ヴァイキングは地域毎に集会(シング)を通して利害関係を調整し、法を定めた。一方で外敵に対する安全保障のシステムとして「血の復讐」という慣行がある。彼らは財産や血族が害されればそれに対して実力行使をためらわない。ヴァイキングの社会は自立農民からなる公権力の無い社会であり、それゆえに暴力を抑止するためには『襲撃者をしてためらわせるような復讐の機構をもつこと』(176頁)が、安全保障のシステムとして確立した。

『公権力なしに農場を経営している農民社会にとって、たとえささいなものでも、傷害や、口先の侮辱でさえ、甘受してはならない。断固として実力で反撃する勇気が男の資質であり、妻にとっては夫の資格である。こういう資質をもった農民が武装している社会では、人々はかえって、(第一原因としての)暴力行使には慎重でなければならない。』(188頁)

中世日本社会にも通じる応報の観念が強い社会であった。

このようなヴァイキング社会がやがてより強い公権力である「国家」の存在を見出し、収斂されていくのもまた、日本の歴史と通じるところがあって面白い。「なめられたら、殺す」の中に「王権」が芽生えるのだ。

本書はアニメ化もされたヴァイキング漫画の傑作「ヴィンランド・サガ」著者幸村誠氏が帯に『熊野聰先生のご著書とご助言がなければ、僕の漫画制作はずっと困難だったはずです』と推薦のコメントを寄せている。実際「ヴィンランド・サガ」を読むとかなりの部分本書を参考にしたのだろうと思わされて、作品世界をより深く理解するために、本書は格好のテキストだといえるだろう。「ヴィンランド・サガ」で描かれる復讐、名誉、農業、冒険、交易、軍役、略奪など一つ一つの歴史的背景が本書には描かれている。

本書中に登場する人物名の中にもヴィンランド・サガでお馴染みのキャラクターと同名の人物が多数いて、読んでいてもにやりとさせられる。「ビョルンのラブストーリー」なんてヴィンランド・サガファンなら堪らないでしょう。

目次
序 章 ヴァイキング、ヴァイキング時代、ヴァイキング活動
 1 さまざまなヴァイキング像
 2 ヴァイキング時代
 3 ヴァイキング活動
 4 ヴァイキングとは何であったのか
 5 ヴァイキングと諸国家の形成
 6 大海原を超えて
 7 本書のねらい
第1章 ヴァイキング活動と北欧社会
 1 ヴァイキングの生活
 2 船と航海
 3 社会関係、家族関係
第2章 農民――「独立王国」の主人
 1 農民とはなにか
 2 散居定住と農場世帯
 3 自然志向型の農民経済
第3章 土地を求めて――植民と相続
 1 新世界の発見・探検・植民
 2 移住組織、土地占取、土地配分
 3 山の放牧地、採草地、浜辺と海
 4 遺産相続の慣行
第4章 商人なき交易
 1 小農民の商い
 2 市の立つ日
 3 遠隔地交易
 4 都市と交易地
 5 物資流通は商業とは限らない
第5章 集会――法的共同体と祭祀
 1 自立農民の社会形成
 2 人的および地域的結集
 3 集会制度は国家か
第6章 血の復讐――実力の世界の相互保障
 1 実力の世界
 2 『ラックスデーラ・サガ』――親族内フェーデの物語
 3 平和維持の社会システムとしての復讐
第7章 歓待と宴――もてなしの社会
 1 さまざまな宴
 2 祭宴と権力
 3 接待と租税の原型
第8章 贈与がむすぶ社会
 1 人間関係を育成する贈与
 2 婚姻関係を証明する贈与物
 3 相続
 4 王による贈物の強制
第9章 海軍役――農民の武装と王権
 1 農民社会に王権が必要な理由
 2 レイザング(海軍役)制度と在地組織
 3 農民から国民へ
終 章 歴史のなかのヴァイキング社会
解 説 『北の農民ヴァイキング』から『ヴァイキングの歴史』へ(小澤実)
「ヴァイキングの経済学―略奪・贈与・交易」熊野聰 著
ヴァイキングという言葉から連想される一般的なイメージは、欧州沿岸を容赦なく略奪してまわる北方の荒ぶる海賊たちだろう。角の生えた冑(かぶと)をかぶりロングシップ上で戦斧を振り回す赤ら顔の巨漢たち、おそらくは北方の社会からもあぶれた、ならず者の...
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