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『ヨーロッパ古城物語 (「知の再発見」双書)』ジャン・メスキ 著

ヨーロッパの城はいつ頃、どんな目的で建てられ、どのように使われていたのだろうか?ヨーロッパのお城に興味が出た時にまず読みたい入門書のお勧めがこれだ。160ページほどのコンパクトさだが図版多めなことで知られる創元社「知の再発見双書」シリーズなので、ヴィジュアル面でも楽しい。

実は専門家の間でも本書は非常に評価が高く、以前紹介した堀越宏一/甚野尚志 編著『15のテーマで学ぶ中世ヨーロッパ史』の城に関する章である「第4章 戦争の技術と社会」を執筆した日本における中世ヨーロッパ史研究の第一人者の一人である堀越宏一氏(ちなみに本書の監修者である堀越孝一氏(故人)は別人。中世ヨーロッパ史研究者で「ほりこしこういち」氏が二人いるのはお馴染みの話)も同章の参考文献に挙げて『現在のフランス中世考古学界の第一人者による中世の城の概説書。現在、日本語で読むことができる限りで、中世ヨーロッパの城に関する本格的な通史がいまだ存在しないなかでは、一般向けの著作ながら、もっとも専門的な内容を含んでいる。』(堀越宏一102頁)と評している。付け加えるなら『もっとも専門的な内容を含んでいる』にも関わらず、きちんと入門書としてのわかりやすさで書かれているので初めてでも安心である。

「城」について説明するなら、それこそ何十万文字かけて記しても十分とはいえない。コンパクトな内容の本書はそんな奥深い城を語る上で、非常に重要な視点を与えてくれる。それが、城の権威性という点である。

『中世の城の建築では形が重要であった。それにもかかわらず、研究者たちは、形についてはあまりいわず、ともすれば機能、それも防衛機能の面から城をみようとする。』(55頁)

中世の城では円形の主塔が中心となって建てられたが、これを機能性の面で見るなら『方形の塔にかならず生ずる死角をなくそうとして』(55頁)建てられたということになる。確かにそういう面はあるが、より重要なのは円形の“強さ”の方だ。

『城の形や様式においては、つねにその象徴性が重視された。多角形や、さらには円形が好まれたのは、挿絵のなかでつねに円形に描かれている天上のエルサレムが示すように、神の完全性に対する強いあこがれがそこに反映されていたということであろう。』(48頁)

しかし、象徴性だけで城の歴史が完成したわけではない。象徴性・完全性を追い求めながら、さらに実用性もまた追求され、象徴性以上に重視されることになる。神の完全性や象徴性を超えて実用的な基準をクリアした城を築くことは『封建制度にもとづく権力を表現するために必要不可欠だったのである』(50頁)

日本の城でもお馴染み、矢の発射孔である「矢狭間」が権力の象徴であったという指摘は非常に興味深い。主君が家臣の城に「矢狭間」を設けることを禁ずる命令が多く見られ、『矢狭間を設けることは特権だったのである』(60頁)という。その上で、王の権威の下、自身の城に矢狭間を設ける許可を得ることで有力領主たちは上級権力として確立される。中世フランスに多く見られる円形の主塔(フィリップ式ドンジョン)はそうして広がった。

矢狭間を多数備え防御施設として非常に重要だった円形の側塔はやがて火器の発展にともない大砲塔へと発達するが、この大砲塔について著者は以下のように指摘している。

『ずんぐりしていて低く、同じように厚みがあって高さがあまりない城壁で両側をかためられた大砲塔は、まさしく専門的な建築技術と象徴としての権威の誇示が優位を争う封建制度から、よい意味での「テクノクラシー」へ、つまり技術的配慮が支配権を握った体制への、過渡的段階の建築物であった。』(58頁)

また、城に欠かせない「大広間」の存在についても、面白い指摘がされている。城の大広間は君主・領主が政治や裁判を行う場であったが、じつは大広間はそれだけではなく食事をとる食堂であり、あるいは寝室でもあった。食事が終わるとテーブルが片づけられ、会議用の座席が出され、夜にはそれらが仕舞われて寝台が用意される。

『ひとつの部屋を用途に応じて臨機応変に使う様子は、ありとあらゆる中世の物語のなかで描かれている。大広間はまさしく君主たちの生活の場であり、行政や司法の中心であると同時に、人をもてなす空間でもあった。』(86頁)

城の大広間は君主の権威を表す場で時代を経るごとにどんどん大きく、豪華になる。さらに大広間はより高い位置にあり大広間に至る大階段「グラン・ドゥグレ」の途中に「ベロン」と呼ばれる領主に地代を納めたり、判決を下したりするテーブルが設けられるようになった。これらは『封建制度を象徴する重要な要素のひとつであり、権力を持つ領主がそこで主役を演じるための舞台』(95頁)であった。

また、臨機応変に様々な用途で使われていた大広間だったが、後に居住空間と分離して寝室や執務室など部屋が細かく分かれていくことになる。

『領主は依然としてその地位にふさわしい大広間を所有する必要があったが、同時に、雑居状態で夜を過ごす習慣をやめ、独立した寝室をもつ必要も出てきたのである。領主は夫婦の寝室をつくることで家系の正統性をより強固に示せるようになった。そうした夫婦の寝室の隣には、忠臣や家族など限られた人だけが使える控えの間が、少なくともひとつ以上設けられていた。』(99-100頁)

このように城の構造や用途の変遷が中世ヨーロッパにおける封建制度の変容や君主・領主権力の確立の過程を視野に収めつつ論じられていくので、より多角的に中世ヨーロッパの城を理解する視点を得ることが出来る。当然入門書なので本書からさらに詳しい書籍に進み、あるいは実際に現地に見にいくことになると思うが、本書を読んでいるかいないかで、お城の理解や楽しみ方に大きく差が出ることは間違いないと思う。是非読んでおきたい一冊だ。

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