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『ビジュアル版 世界の城の歴史文化図鑑』チャールズ・スティーヴンソン 著

古代オリエント世界の都市国家から二十世紀初頭の近代的な大規模要塞まで「築城”fortification”」の歴史とその実例が多数の図版や写真とともに紹介される非常に充実した一冊である。なお値段もかなり高いので図書館で読むのがお勧めだが、城塞史・軍事史を本格的に学ぶのであれば購入しても十分に元は取れるだろう。

本書は「築城”fortification”」の実例集だが、その「築城”fortification”」とは何か?本書によれば『築城(fortification)はラテン語の”fortis(強い)”と”facere(つくる)”に由来する言葉である。』(6頁)

『攻撃側の兵装・兵員に対して防衛対象を効果的に防御し、攻撃側の戦闘力を弱体化させつつ防御側の戦闘力を有効に発揮させるために建設される構築物。一般的な用語として、あるいは建築用語としての「築城」は「城を築くこと」というアクションを示すものだが、軍事用語としては上記の目的で「築かれた城」を指す。』(277頁)

すなわち本書での「築城」は城を築くという行為を指すのではなく、『都市や交通の要衝などの戦略拠点を防禦するためにその周りに構築された建造物や構造体のことであり、その設置目的は防禦対象への敵の侵入を阻止する、あるいは制限したり遅滞させたりすることである』(288頁、監修者あとがき)。また「築城」には『敵の戦闘力の発揮をできる限り妨げると同時に味方の戦闘力の発揮を容易にする工夫』(同)が施される。

この「築城」の歴史を、古代メソポタミアから、古代ローマ帝国、古代ギリシア文明、中世ヨーロッパの城塞、十字軍時代の中東の城、ロシア、インド、中国、日本、アメリカ、そして近世以降火薬兵器の発展に対応した星形要塞から近代戦の大規模要塞群まで概観したのが本書ということになる。都市国家ウルクから日露戦争時の旅順要塞群までといった方がわかりやすいか。

本書の目次は以下のとおり。

第1部 古代
第1章 古代近東
第2章 古代ヨーロッパ

第2部 西洋中世の城塞
第3章 ブリテン諸国の前期中世城塞、1066~1200年
第4章 ブリテン諸国の後期中世城塞、1200~1500年
第5章 フランスの中世城塞

第3部 中世・近世の東方の城塞
第6章 イスラムと十字軍の城塞
第7章 ロシアのクリェームリ
第8章 インドの城郭

第4部 東アジアの城
第9章 中国の城壁
第10章 日本の城

第5部 近世・近代の要塞
第11章 火薬への対応
第12章 北アメリカの植民地要塞
第13章 18世紀の火砲要塞
第14章 近代の海軍要塞
第15章 環状配置された多角形平面要塞群

目次からわかる通り中世ヨーロッパの城はブリテン諸島に大きく偏りがあって英仏以外ほぼ取り上げられていない点は注意が必要だが、その分、かなりマイナーな城の例が多く、とても興味深い。征服王ウィリアム1世による最大の城だったコルチェスター城の解説を日本語で読める文献は本書が唯一だと思う。また、「築城」の作例集なので、ヨーロッパの城として語る時にお馴染みなルネサンス建築様式の、例えばシャンボールとかアンボワーズといった美麗な城たちは登場しない。かわりにフランスの城だとガイヤール城や城壁都市カルカソンヌといった実用的な城については非常に詳しい。

また、中東の城についても非常に詳しく、十字軍といえばお馴染みシリアのクラク・デ・シュヴァリエや聖ヨハネ騎士団のル・マルガ城を始め、サラディン関連の城やキプロスの築城遺構、さらには十字軍遠征で必ず出て来るアッカ、アレッポ、アンティオキアなどの主要都市の防御施設などがいずれも詳細な縄張り図とともに解説されていて、とても充実している。

日本の城として取り上げられているのは高山城、大坂城、岡城、勝連城(グスク)がそれぞれ詳述され、その他松本城、姫路城、二条城などの写真が紹介されている。まあ10頁ほどなので、日本の城については日本人が読む限りでは簡単な説明に留まる。また、日本の城に関するいくつかの間違いについては監修者による訳注での訂正が入れられてある。

また、アメリカの植民地要塞については全く知らなかったので色々と興味深く読んだ。植民地要塞としては最古のフロリダ州にあるカスティーリョ・デ・サン・マルコスやフレンチ・インディアン戦争の要衝となったノヴァスコシア州のボーシェジュール要塞(のちカンバーランド要塞に改名)。マンハッタン島にあったアムステルダム要塞は当然ながら今や跡形もない。ほか、若きジョージ・ワシントンが民兵を率いて占領したデュケーヌ要塞などが紹介されている。

また、攻囲戦負けなしの名将であり星形のヴォーバン城塞築城術の考案者であったセバスティアン・ル・プレストル・ド・ヴォーバン” Sébastien Le Prestre de Vauban”と彼の攻囲戦術・築城技術については充実した解説となっている。1914年の日本軍による青島攻略は『ヴォーバンの攻囲法を正確に実行し成果を挙げている』(234頁)と評価されているのが興味深い。近世以降の火薬兵器の登場とその対応としての星形要塞の登場、そして戦術の変化などについて詳しい。

おそらく城の歴史について調べあるいは文章にまとめるときに非常に有用な参考文献となる一冊ではないかと思う。当サイトでも城に関する記事の多くで本書を参考文献とした。

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