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『中世ヨーロッパの城の生活 (講談社学術文庫) 』J・ギース/F・ギース 著

講談社学術文庫の中世ヨーロッパを扱ったシリーズとしてアメリカの歴史作家ジョセフ・ギースとフランシス・ギース夫妻の「中世ヨーロッパの城の生活」「中世ヨーロッパの都市の生活」「中世ヨーロッパの農村の生活」の三冊は最早定番となっているが、その最初の一冊である。2005年刊(原著は1977年)。

ノルマン・コンクエスト直後の1067年、ウェールズ地方に築かれたチェプストー城を中心に、十二世紀から十三世紀にかけての城を取り巻く様々な人々の生活の様子を、豊富な史料を取り上げつつ描いた本で、当時の人々の姿が浮き彫りになっていてとても面白い。

本書では「まえがき」でチェプストー城の特徴や歴史的展開が、「第一章 城、海を渡る」でノルマンディー公ギヨーム2世(のちのイングランド王ウィリアム1世)によるノルマン・コンクエストと、ノルマン人によるブリテン島各地へのモット・アンド・ベイリー式城塞の建造、そして石造城塞への発展の歴史が、「第二章 城のあるじ」でチェプストー城を築き、拡張した主な城主たちの紹介がなされている。

舞台となるチェプストー城の歴史や特徴については別途以下の記事で、本書も参考にしつつまとめてある。

チェプストー城” Chepstow Castle “~ウェールズにある英国最古の石造城址
チェプストー城” Chepstow Castle “は英国ウェールズ地方モンマスシャー” Monmouthshire ”にある中世城塞。1067年、イングランド王ウィリアム1世の重臣ウィリアム・フィッツオズバーンによって築かれ、ウェールズ侵...

また、本書で概観されるモット・アンド・ベイリー式城塞の発展については以下の記事でまとめた。

中世ヨーロッパの築城形式「モット・アンド・ベイリー式城塞」のまとめ
「モット・アンド・ベイリー式城塞(英語” Motte-and-bailey castle”,フランス語” Motte castrale”」は十世紀から十三世紀にかけて北フランスからブリテン島、さらにヨーロッパ各地に広まった築城形式。土・木製...

中世の城は城主/領主の下に実務を担うスチュワード”steward”あるいはセネシャル”sénéchal”――本書ではそれぞれ家令、家宰と訳されている――という役職が置かれ、かなり高度な管理体制が構築されていることが、本書で描かれている。

『城で働く人々のなかで最も重要な地位を占めたのは家令である。十二世紀には家令が一人で荘園経営も家事も監督するのが一般的だった。だが十三世紀に入ると一人が荘園を、もう一人が日常の家事をというように二人の家令が職務を分担するようになる。荘園管理を任された家令は騎士の身分の人が多く、裁判をつかさどったり、他の役職者や騎士たちからなる顧問団を率いたり、ときには領主の代理として宮廷に伺候したりして領主を補佐した。高給で雇われ、毛皮の縁取りをした立派な職服を与えられ、なかには持ち家に住む者もいた。』(126-127頁)

荘園担当にしろ家事担当にしろ、家令たちは会計担当者の補佐を受けて、収支や税金、生産物や財産目録など細かく帳簿を記録していて、現代とそこまで大きく変わらないことがわかる。

城の歴史や構造、戦争だけではない、城で暮らす人々の日々の暮らしを具体的に描写している点で本書は多くの類書と一線を画している。城の朝は早い。夜明けとともに召使たちは食事の準備を始め、護衛の兵たちは野営当番たちと交替し、領主夫妻の起床を待つ。起床後の領主たちの身だしなみから、日々の仕事内容、食事、娯楽などまで、詳細で、とても面白い。

『朝のミサが終わると朝食だが、これはパンをワインかエールで一緒に流し込む簡単なものだ。朝のうちは日常の決まりきった仕事をすることが多いが、滞在客がいれば楽しい催しも開かれる。城主は家令や代官や顧問たちと打ち合わせをこなし、奥方は客人をもてなしたり、刺繍や家事をしたりして過ごす。騎士や従者は剣や槍の稽古にはげみ、子どもたちは家庭教師のもとで勉強をする。教えたのは礼拝堂付きの司祭か、司祭の助手である。勉強が終わると遊ぶことが許された――女の子は人形遊び、男の子はこまやボール、馬蹄や弓矢を使って遊んだ』(146-147頁)

非常に生き生きとした描写で目に浮かぶようだ。英国の城での生活ということで人気の海外ドラマ「ダウントンアビー」を想像したくなるが、ドラマの舞台より六百年ほど前なので洗練度や、インテリアから文化・習慣までかなり違うだろう。この近代の城の人々のライフスタイルと中世の城の人々のライフスタイルの違いも、本書を読むことで感じることが出来る。

ギースの著作は、いずれも史料からの引用が多く、日本語でもなかなか目にすることが出来ない貴重な内容を多く含んでいてとてもありがたい。当時の人々の生の声が読めるという臨場感は、本書の魅力の一つだと思う。

本書で多く引用されているのは十三世紀ベネディクト会の修道士マシュー・パリス(” Matthew Paris”,1200年頃~1259年)である。当時の暮らしや宮廷の人々について非常に多くの記録を残し、中世英国史では彼の著した様々な文献は史料価値が高く非常に熱心に研究されているようだが、日本の一般的な歴史ファンにとってはほとんど馴染みがない。

本書で多く紹介されるヘンリ3世のエピソードはいずれも王の人柄が伺える面白いエピソード揃いだ。例えば、城のトイレ(ガードローブ)の位置は城でも工夫の凝らしどころだった。衛生面もそうだし、臭いの問題もある。その問題について、ある日、ヘンリ3世の勅命が下った。

『ロンドンでは・・・・・・余の専用室が不適切かつ不都合な位置にあり、ひどい悪臭がする。よって、余はここに命ずる。そちが余に負う信愛にかけて、新たに余の専用室を用意する任をおろそかにしてはならぬ。よりふさわしく、より適切な場所を選び、たとえ一〇〇ポンドの費用がかかろうとも、聖エドワードの聖遺物移転の祝日までに、すなわち余がその地へ赴く日までに、完成させよ。』(92頁)

軍事的な施設であった城が居住空間となっていく過程については、ジャン・メスキ 著(堀越 孝一 監修/遠藤 ゆかり 翻訳)『ヨーロッパ古城物語 (「知の再発見」双書)』(創元社,2007年) が詳しいのであわせて読むのをお勧めするが、城が城であるための、当時の人々の模索が端々から伺えるので、様々な発見と驚きと感心に満ちている。

目次
まえがき チェプストー城
第一章  城、海を渡る
第二章  城のあるじ
第三章  住まいとしての城
第四章  城の奥方
第五章  城の切り盛り
第六章  城の一日
第七章  狩猟
第八章  村人たち
第九章  騎士
第十章  戦時の城
第十一章 城の一年
第十二章 城の衰退

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