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『神聖ローマ帝国:ドイツ王が支配した帝国 (世界史の鏡 国家) 』池谷文夫 著

神聖ローマ帝国。962年、東フランク王オットーが皇帝に戴冠して以来、1806年に帝国諸侯が脱退するまで、現在のドイツやオーストリア(エスターライヒ)などを含む中東欧地域からイタリア半島にかけての広い一帯に844年の長きに渡って存在し続けた「何か」である。何だったのだろうか。

本書は、その長い歴史の中で幾度も姿を変えながら存在し続け「ドイツ国民の神聖ローマ帝国」などと一見矛盾するかに見える呼ばれ方をした「神聖ローマ帝国」について、わかりやすく整理した一冊である。

『中部ヨーロッパとイタリア地域にまたがる「帝国」において、かつてのローマ帝国と異なって、中央集権的な統治が困難だったのは、いかなる理由によるものなのか。そもそも「神聖ローマ帝国」と呼ばれる存在とは一体何だったのか、フランスやイギリスと比べて、ドイツでは中世を経過する中で中央権力が弱体化していったのはなぜか。中世後期以降の領邦国家体制と近代におけるドイツ統一問題とも密接に関わる神聖ローマ帝国(「中世ドイツ帝国」)の実体を探ってみよう。』(4~5頁)

本書の目次
はじめに 帝国都市フランクフルトと皇帝選挙
第一章  「神聖ローマ帝国」とは何か?
  1  「神聖ローマ帝国」を研究すること
  2  オットー朝のドイツ帝国の成立
  3  中世後期以降の「ドイツ」と「ドイツ国民の帝国」
第二章  皇帝と教皇の協調と対立の構図
  1  フランク・ドイツ帝権
  2  ザリアー朝の「キリスト教ローマ帝国」
  3  シュタウフェン朝の「神聖帝国」とイタリア
第三章  「ドイツ国民の神聖ローマ帝国」への道
  1  ローマでの皇帝戴冠と「イタリア政策」
  2  皇帝に昇任さるべき王( rex in imperatorem promovendus )の選挙
第四章  帝国内の「諸地域」と人々
  1  ドイツ帝国と周縁の諸地域
  2  ドイツとフランス 中世後期の地域と人々
第五章  近世・近代の「ドイツ帝国」
  1  中世末期/近世初期の「帝国」
  2  「ドイツはもはや国家ではない」 三十年戦争以後の「ドイツ帝国」
終わりに ヘーゲルとランケ――「神聖ローマ帝国」と「ローマ帝国」
     皇帝権とイタリア
     神聖ローマ帝国について
付論  旅する皇帝夫婦
    皇帝の「共同者」としての皇后
    アグネスとベアトリクス――王朝最盛期の皇后
    マルガレーテとバルバラ――「皇后」の位の最後の輝き

まず第一章の冒頭で簡単にQ&Aが設けられて「この帝国の正式な名称は何か?」「この帝国はいつからいつまで続いた?」「なぜドイツ王が支配しているのに「ローマ帝国」なのか?」「この帝国は無理な作り方をされていないか?」「この帝国で皇帝になるのはだれか?」「なぜローマで教皇が皇帝冠を授けるのか?」「ドイツ王以外に皇帝になった者はいるか?」など基本事項が解説されるので、スムーズに読み進めていくことが出来る。

本書によれば「ドイツ王国」の呼称の初出は920年頃で通常帝国そのものを指して用いられるようになるのは十一世紀のことであるという。『ドイツ・イタリアの支配者たるドイツ王がローマで教皇によるローマ帝国皇帝戴冠を行う慣行が確定』(23頁)することで『後世「神聖ローマ帝国」と呼ばれる帝国が成立』(23頁)する。「ドイツ王=皇帝」の「帝国」に新たに「ドイツ国民」という概念が登場するのが十五世紀で、『ドイツの諸ラント(領邦・領国)の領主(=君主)』(38頁)を指して使われた。本書はこのような「ドイツ国民の神聖ローマ帝国」の呼称の成立とその意味するところの変化を丁寧に追う点に特徴があり、概念から「神聖ローマ帝国」の実体を見出す過程がとても面白い。

また、オットー朝からシュタウフェン朝までの歴代皇帝による「イタリア政策」の意義について、皇帝権力の弱体化を招いたとして批判的に見られていた古い理解は近年では全く見直されているが、本書でもイタリア政策の重要性について否定的評価を退けつつ改めて整理されている。

『盛期皇帝権にとってローマは古代帝国の都に留まらず、新たな「神聖帝国」の都でもあった。それを具体化し帝都ローマ及びイタリアに拠点を移そうとする力と、フランク・ドイツ帝国の伝統を重視しつつ分国イタリアの理念的な都であるローマでの権力プレゼンスを維持しようとする力とが相拮抗している。苦労を伴う彼らの実際行動とその根底にある熱情は、ドイツ皇帝の「イタリア政策」が決して空虚なものでなかったことを物語る。』(71頁)

目次をみればわかるように、中世期が中心で、近世以降は第五章で一気にまとめられるので、ハプスブルク家による世襲王朝以降は本書で基本を押さえて、詳しくは別の本――例えば新書なら岩崎周一著『ハプスブルク帝国 (講談社現代新書)』がお勧め――を読むのが良いと思うが、第五章まで丁寧に描写される「中世ローマ帝国」の誕生から変容までの帰結として第五章があり重要な章でもあるので、むしろ要を得てまとめられており読み応えがある。皇帝たるドイツ王の帝国として始まり、『連邦制的な要素と君主制的な要素の混合』として解体した「神聖ローマ帝国」が、その終焉の中から『ドイツ全体を一国家とみるこの国民意識』(142頁)が生まれ、次の『近代ドイツ帝国』(142頁)を準備する流れが整理されている。

付論の皇后伝がとても面白くて、これだけで一冊書いて欲しいぐらいだ。取り上げられているのはハインリヒ3世妃アグネス、フリードリヒ1世妃ベアトリクス、ルートヴィヒ4世妃マルガレーテ、ジギスムント妃バルバラの四人だが、やはりバルバラ妃が魅力的過ぎて本当に好き・・・バルバラ妃については「聡明にして狡知」とか著者の筆も乗りに乗っている感がある。

本書は刀水書房の「世界史の鏡」シリーズの一冊として刊行されたものだが、同シリーズは2007年より、各専門の歴史研究者を著者とし「21世紀の世界史百科」を目指して1期51冊、2期50冊の計101冊が出版される予定という。しかし、2007年から2020年の13年間で12冊しか出ていないので、このペースでいくと完結するのが22世紀なのはほぼ間違いなさそう(笑)。いわば「歴史書出版界のサクラダファミリアあるいは横浜駅」といえる一大プロジェクトであり、死ぬまでにシリーズ完結を見ることは無さそうなので、今のうちにシリーズで気になる書籍があれば読んでおくのがお勧めですよ。いや、冗談ですが、どこかでどどっとまとめて出版されるのだろうか。本書も随分発売延期を繰り返していた・・・

シリーズ・世界史の鏡

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