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『図説ブルボン王朝(ふくろうの本)』長谷川輝夫 著

絢爛豪華なフランス・ブルボン王朝の歴史を近世フランス史研究の第一人者である著者によってコンパクトにまとめられた一冊。豊富な図版でお馴染みの河出書房新社「ふくろうの本」シリーズということもあって、眺めるだけでも楽しい。

ブルボン朝時代については、フランス史上の最盛期で日本でも人気が高いことで、それぞれの王や王妃・人物の伝記、フランス革命を筆頭にした様々な事件、ブルボン朝時代の文化・芸術・建築等類書は非常に多いが、一般向けの通史ということになると意外と少ない。軽い読み物を除くと、最近出た佐藤賢一氏の『ブルボン朝 フランス王朝史3 (講談社現代新書)』ぐらいで後は一気に世界歴史大系とかの専門書やフランス史の通史の書籍にジャンプアップする。

本書は百ページ余りの薄さだが、全体像の要点が的確にまとまっているのでブルボン朝の時代はどんなものだったか、有名なあの人やあの人はどんなことをしたのか、何が起こったのかを把握するのに有用だ。他のブルボン朝に関する様々な本を読むための基本的な情報を概ね過不足なく提供してくれるから、読んでおいて損はない。また類書と比べても格段に図版が多いので見るだけでも楽しい。特に「はじめてのブルボン朝」といったニーズにお勧めである。

各代の王について、特に戦争面の記述に重点が置かれているように見える。イメージとしては文化的君主のように思えるブルボン朝歴代の王だが、内戦を制してカトリックとプロテスタントの融和に努めながら暗殺されたアンリ4世は勿論、子のルイ13世についても「戦う国王」の章題通り力でもって父王死後の混乱を鎮めて絶対王政の基礎を築き、名宰相リシュリューに支えられて三十年戦争にも介入した。続くルイ14世についても「戦う大王」と呼んでフロンドの乱からスペイン継承戦争まで戦いの日々が続く。子沢山の艶福家だったルイ15世も実は積極的に対外戦争を繰り広げた王である。ルイ16世は対外戦争ではなく、国内の激しい戦乱「フランス革命」で武器をとらず政略で戦った王だった。なんとなくブルボン朝に抱く文化的イメージは随分改められるかもしれない。文化的なのは確かだが、それ以上に戦う君主たちであったことに改めて気付かされるようなまとめ方になっていると思う。

図版にも目を向けてみると実に楽しい。美麗な肖像画やミニアチュール、様々な建築物に工芸品、地図や系図など文章としては手堅いといっていい歴史記述をイメージする手助けになる。

何気に人物の肖像画につけられているコメントに注目すると著者が思った以上に辛辣で笑ってしまう。ルイ14世の王太子ルイの子ベリー公シャルル・ド・ブルボンについて『大食漢で肥満体、狩りに夢中で読み書き以上の教養はゼロという』(61頁)とか、ルイ15世幼少期に宰相となったブルボン公ルイ・アンリについて『大コンデの曾孫。ルイ15世の教育長官を務めたのち、宰相(1723~1726)。無能。』(66頁)といった具合にばっさりと切って捨てられていたりする。

こういう記述について、実際どうだったのだろうか?と深読みして調べてみると言うのも、概説書の楽しみ方だ。著者から『無能』と酷い言われようのブルボン公ことコンデ公ルイ4世・アンリ・ド・ブルボンだが、コンデ親王家はアンリ4世の父ヴァンドーム公アントワーヌの弟ルイ1世に始まる名門で軍事的才能に恵まれた大コンデことルイ2世が特に名高い。王家と対立することも多かった、いわば物申す大諸侯だが、確かに大コンデと比べると彼は小ぶりな人物である。「ローのシステム」(本書64頁に詳述されている)のバブル崩壊に際して上手く売り抜ける如才なさがあり、宰相としての功績は幼少のルイ15世とポーランド王女マリ・レクザンスカとの結婚を取りまとめたことだ。しかし、対ハプスブルク強硬派で、未だスペイン継承戦争の痛手が納まらぬ中で開戦も辞さぬ態度であったため、解任を余儀なくされた。これはやはり対ハプスブルク強硬派だった愛妾プリー侯夫人の尻に敷かれてのことだったという(柴田三千雄編『フランス史〈2〉16世紀-19世紀なかば (世界歴史大系)』山川出版社, 1996年、251頁、256頁、259頁参照)。

「無能」と切り捨てられている人物を深掘りすることで、もう少し歴史を生きた人間としての多様な顔に近づけそうな気がする。特にブルボン朝の人々については様々な媒体で語られ、描かれることが非常に多いし、その裏付けとなる史料の豊富さも他の時代と比べて格段に多くなる。どうしても語られる過程である種の単純化が起こる。歴史が語られる過程で何を切り捨てているのか、といったことに考えを至らせながら読んでいくと、もっと知りたいと言う意欲が沸いて面白いので、本書もそういう読み方をするとよいと思う。

そのマリ・レクザンスカとルイ15世の間に多数の子供が生まれたことは本書にも描かれているが、本書の82~83頁はそのマリ・レクザンスカについてページが割かれている。そこで多くの人はおや?と思うかもしれない。四人の娘の肖像画が掲載されているのだが、長女ルイーズ・エリザベートには『「四大元素」の1つ「地」のアレゴリー。』、次女アンヌ・アンリエットには『「火」のアレゴリー』、四女マリ・アデライードには『「大気」のアレゴリー』、五女ヴィクトワールには『「水」のアレゴリー』とコメントがつけられている。しかし、残念なことにその肖像画の作者名もそのコメントについての解説も無い。

ジャン=マルク・ナティエ作「ルイーズ・エリザベート王女の肖像画」

ジャン=マルク・ナティエ作「ルイーズ・エリザベート王女の肖像画(「地」のアレゴリー)」(サンパウロ美術館収蔵、パブリックドメイン画像)

ジャン=マルク・ナティエ作「ルイーズ・エリザベート王女の肖像画」(サンパウロ美術館収蔵、パブリックドメイン画像)

ジャン=マルク・ナティエ作「アンヌ・アンリエット王女の肖像画(「火」のアレゴリー)」(サンパウロ美術館収蔵、パブリックドメイン画像)

ジャン=マルク・ナティエ作「マリ・アデライード王女の肖像画」(サンパウロ美術館収蔵、パブリックドメイン画像)

ジャン=マルク・ナティエ作「マリ・アデライード王女の肖像画(「大気」のアレゴリー)」(サンパウロ美術館収蔵、パブリックドメイン画像)

ジャン=マルク・ナティエ作「ヴィクトワール王女の肖像画」(サンパウロ美術館収蔵、パブリックドメイン画像)

ジャン=マルク・ナティエ作「ヴィクトワール王女の肖像画(「水」のアレゴリー)」(サンパウロ美術館収蔵、パブリックドメイン画像)

この四枚は十八世紀フランスを代表する肖像画家ジャン=マルク・ナティエ(” Jean-Marc Nattier”,1685-1766)の連作で、1750年頃、ルイ15世がヴェルサイユ宮殿の南側に飾るためにナティエに依頼した肖像画だ。ナティエは四人の王女を「土(地)」「火」「風(大気)」「水」の四大元素に象徴させて描いた。本書82頁のマリ・レクザンスカの肖像画や72頁のルイ15世の愛妾シャトルー公爵夫人の肖像画も本書には言及がないが、実はナティエの作である。これらを見比べてみると作風が見えてくるのではないだろうか。

本書を起点にして興味を広げ、あるいは深掘りして行ってみるという楽しみ方は、本書のようなビジュアルが豊富でかつコンパクトな通史本の強みだと思う。

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