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『図説 ビザンツ帝国――刻印された千年の記憶』根津由喜夫 著

古代ローマ帝国の東西分裂後、1453年まで千年以上続き、独自の文化と繁栄を築いたビザンツ帝国の歴史を、主に歴史的建造物や絵画・芸術品とともに多数の写真・図版を盛り込んで描く一冊である。

本書の特徴について著者はプロローグでこう書いている。

『本書は「ビザンツ帝国」と銘打っているが厳密な意味では帝国の通史を論じるものではない。帝国の制度的な枠組みや発展の経過、関連する史実などを理解するには、他の文献を参照する必要があるだろう。むしろ本書の眼目は、帝国の歴史に所縁の深い場所を訪ねて、その地に残された記憶の痕跡をたどることにある。』(3頁)

このような趣旨で四世紀から十五世紀まで九つの章に分けて、ビザンツ帝国の主要都市・地域に所縁ある歴史的建造物や芸術作品と歴史的事件・人物について描いている。本書の目次は以下の通り。

第一章 「新しいローマ」の幕開け――コンスタンティノープル(四~六世紀)
第二章 束の間の曙光――ラヴェンナ(六世紀)
第三章 スラヴ人の跫音――テサロニキ(六~八世紀)
第四章 戦士が瞑想する夜――カッパドキアからアトス山へ(八~一〇世紀)
第五章 天上の都の来臨――コンスタンティノープル(一〇~一二世紀)
第六章 流浪の果ての安息の地――バチコヴォとフェライ(一一~一二世紀)
第七章 海上の楽土か牢獄か――キプロス(一一~一二世紀)
第八章 黄金の夕映え――コンスタンティノープル(一三~一四世紀)
第九章 辺地を照らす光――トレビゾンド(一四~一五世紀)

コンスタンティノープルは首都なだけに時代を変えて三度に渡って取り上げられるが、第一章ではテオドシウスの城壁、古代の競馬場であるヒッポドローム、皇帝たちの記念柱、ウァレンヌ水道橋、エジプトから運ばれた古代エジプトのファラオのオベリスクなどが紹介されている。次の第五章では聖ソフィア聖堂を中心にビザンツ芸術の精華である様々なモザイク作品の紹介に移り、マケドニア朝時代からコムネノス朝時代にかけての隆盛が概観される。第八章では第四次十字軍の占領に始まるラテン帝国の支配からニカイア帝国による帝都奪還後のパライロゴス(パレオロゴス)朝ルネサンスと呼ばれる文化的繁栄を、特にコーラ修道院の様々なモザイク作品を中心に描き出す。

コンスタンティノープルを描く三つの章だけでなく他の章でも印象的な作品やエピソードは多い。総督領が置かれたラヴェンナの聖ウィターレ聖堂の「皇帝ユスティニアヌスのモザイク」に描かれた大司教マクシミアヌスや帝国歴代屈指の女傑である皇后テオドラなどは勿論取り上げられているが、「皇后テオドラの功罪」もまた論じられている。

あるいは「サラセン人の蒼ざめた死」と恐れられた稀代の名将ニケフォロス2世の活躍をカッパドキアのチャヴシン村にある教会壁画やトカル・キリセ聖堂の聖堂建築などとともに追い、兄帝ヨハネス2世との対立から数奇な運命をたどるイサキオス・コムネノスの流転の日々を彼が最晩年に建てたコスモソーテイラ聖堂内のさまざまなフレスコ壁画とともに描かれる。

スラヴ人やイスラーム勢力、モンゴル帝国など様々な外敵に晒されたビザンツ帝国の戦いと衰亡の帰結として、コンスタンティノープルの陥落で終わらずトレビゾンド帝国へと至るのが実によい。トレビゾンド帝国のエピローグ感は異常。セルバンテスの名作「ドン・キホーテ」で主人公ドン・キホーテが玉座に昇ることを夢見た国がトレビゾンド帝国をモデルにした「トラビソンダ帝国」であることが紹介されているが、「ドン・キホーテ」もまたすでに騎士亡き時代に咲いたあだ花、かつての「騎士の時代」のエピローグとなる物語だった。

史跡を巡る構成のゆえであろうか、ビザンツ帝国というかつての帝国を偲ぶ、ある種のノスタルジー、あるいは失われた栄光への追憶という印象が強く、美しくも儚い読後感を覚える一冊となっている。

ただ、この読後感は本書だけの特徴というわけではなく、ビザンツ帝国をテーマとした書籍全般に通じる感情のように思える。「ビザンツ帝国」という歴史的事象が強く持っているノスタルジックな眩しさが、今も多くの人を惹き付けてやまない魅力であり、その眩しさの中、よく目を凝らして丁寧に歴史に向かい合う愉しさをあらためて感じさせられる一冊だ。

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