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中世初期の「聖杯」の破片がハドリアヌスの長城近郊ヴィンドランダ遺跡で発見

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イングランド北部ノーサンバーランド地方「ハドリアヌスの長城」近郊にあるローマ時代にローマ軍駐屯地として使われていたヴィンドランダ遺跡の崩壊した教会建物の中から、キリスト教の儀礼でつかわれる聖杯(Chalice)の破片が出土した。五世紀から六世紀頃にかけてのものとみられる。

「ヴィンドランダ遺跡の聖杯の破片」

「ヴィンドランダ遺跡の聖杯の破片」
© Vindolanda Charitable Trust

発見された聖杯は鉛製で十四点の破片に分かれ、表面には当時のキリスト教的な様々な図像がエッチングされている。肉眼で確認することは困難だが専門家による調査で、船、十字架、カイ・ロー(”Chi Rho”,ギリシア語でキリストを意味する” ΧΡΙΣΤΟΣ”の頭文字XPを組み合わせたキリスト教のシンボル)、魚、クジラ、幸せそうな司教、天使、信徒たちの図像とラテン語、ギリシア語、オガム文字(”Ogam Script”原アイルランド語を記した文字、四世紀末~七世紀にかけて文献に登場する)が描かれていることがわかった。

ポスト・ローマ時代の専門家で出土品の研究の指揮をとるダラム大学のデヴィッド・ペッツ博士は「これはイギリスの歴史の中で、あまり理解されていなかった時代からの本当にエキサイティングな発見です。初期のキリスト教会との関係は非常に重要であり、この珍しい容器はイギリスの研究史上でもユニークなものです。この発見についての更なる研究は、中世初期のキリスト教の発展について多くのことを教えてくれることは明らかです」と語っている。

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聖杯(”Chalice”,チャリス)

「アーダーの聖杯」

「アーダーの聖杯」
Kglavin [CC BY-SA 3.0 (wikimedia commonsより)]

聖杯(”Chalice”,チャリス)はカトリック教会のミサで行われる聖餐の儀式で使われる道具の一つで、聖体拝領に際しワインが注がれる。聖書の最後の晩餐のエピソードに由来し、キリスト教草創期から使われていたことが記録に残る。貴金属、卑金属、象牙、木製など素材は様々だが、現存するのは九世紀以降のものがほとんどでそれ以前の聖杯は希少である。中世前期の完全な形状の遺物としては780年頃の「タッシーロの聖杯」(オーストリア)や八~九世紀頃の「デリーナフランの聖杯」「アーダーの聖杯」(ともにアイルランド)などが有名。

ヴィンドランダ(Vindolanda)遺跡

「ヴィンドランダ遺跡」

「ヴィンドランダ遺跡」
© Mike Bishop / CC BY-SA (wikimedia commonsより)

ヴィンドランダ遺跡はスコットランドとイングランドとの境界付近に位置し、紀元1世紀末から2世紀前半にかけて築かれたローマ帝国ブリタニア属州の北の境界線を守っていたローマ軍部隊の駐屯地の遺構である。これまでも多くの発見があった遺跡で、特にハドリアヌスの長城が築かれたのと同時期にあたる一世紀から二世紀頃の兵士たちの生活が記録された木簡「ヴィンドランダの木簡” Vindolanda tablets”」が良く知られている。現在は「ヴィンドランダ慈善トラスト”Vindolanda Charitable Trust”」の管理下におかれ、今回のニュースも同団体から発表された。

ヴィンドランダでの発掘の責任者であるアンドリュー-バーリー氏は『この発見はヴィンドランダの遺跡とそのコミュニティがローマの崩壊後も生き残っていたこと、そしてキリスト教の形で精神的に後継者と結びついていたことを理解するのに役立ちます』と発見の意義を述べている。また、今回の発掘品は2020年8月31日からヴィンドランダ博物館で展示されている。

ニュースソース

・”Unique Christian Artefact Uncovered at Vindolanda “(Vindolanda Charitable Trust)
・”Hadrian’s Wall dig reveals oldest Christian graffiti on chalice“(The Guardian)
・”Early Medieval Christian artefact uncovered at Hadrian’s Wall“(Medievalists.net)

参考文献・リンク

・木村正俊/松村賢一 編『ケルト文化事典』(東京堂出版、2017年)
・島田誠「ヴィンドランダ木簡とローマ女性の書簡」(『地中海学会月報 255』、2002年)
・”Chalice“(CATHOLIC ENCYCLOPEDIA)

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