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『地獄の釜の蓋を開けろ~マビノギオン偽典~ 』(鬼頭えん 作)3巻(完結)感想

1193年のイングランドを舞台に死者を蘇らせる伝説の「再生の大釜」を巡る人間模様を描いた歴史ダークファンタジー作品の最終巻となる第三巻の感想です。

2巻までの感想は「『地獄の釜の蓋を開けろ~マビノギオン偽典~』(鬼頭えん 作)1~2巻感想」でまとめていますが、あらためて簡単に2巻までのあらすじを紹介すると、主人公グウィンはイングランドの架空の村アーチャーフィールドで墓堀人として生計を立てる「異教徒」の少年。獅子心王リチャード1世の戴冠式で起きたユダヤ人迫害事件の生き残りで、村のおきてに反して処刑された娼婦イーニッドを埋葬したことで、村のごろつきドブソン一味の怒りを買ってしまう。友人の修道士ユージーンに助けられるものの、ドブソン一味に襲撃され絶体絶命のピンチに陥ったそのとき、地中から姿を現したのが、「再生の大釜」を称する少女アイラ。アイラの力によってイーニッドが復活し聖女ともてはやされることになるが、修道院の修道士ウィリアムは「再生の大釜」の力について何か知っているようで、強い警戒心をもって臨んでいる。そんな登場人物たちの思惑が交錯して――という展開です。

『地獄の釜の蓋を開けろ』主要登場人物

『地獄の釜の蓋を開けろ』主要登場人物
©鬼頭えん/KADOKAWA
コミックニュータイプ連載ページより

地獄の釜の蓋を開けろ ~マビノギオン偽典~ - Webで漫画が無料で読める!コミックNewtype
「地獄の釜の蓋を開けろ ~マビノギオン偽典~」はコミックNewtypeで連載中です(無料)。――“釜”を名乗る少女を巡るダークファンタジーが開幕!

3巻では復活したことで村人たちから偏見や好奇の目を向けられ、危害を加えられそうになるイーニッドを救うため、グウィンが密かにアイラ=再生の大釜の力を使ってイーニッドを「聖女」に仕立て上げようとしたことを契機にして、アイラの不完全さが浮き彫りになり、この再生の大釜を巡って一気にクライマックスへと突き進んでいくことになります。

欲望と利害がぶつかりあう様は「全員悪人」というよりは、登場人物が皆弱さを抱えた人間であることによる葛藤と衝突と言う方がより適切なのでしょう。「ダークファンタジー」との惹句の通り、中世のブリテン島の村社会を舞台に異教的な魔法と人間の欲望が交錯していく様子はとても面白いです。大釜の中で「アイラ」と対面するシーンは思わずヒエッってなりましたが、このような人間の弱さと強さが浮き彫りになるホラーな人間ドラマ、大好物です。

グウィンくんはよかれと思ったからと言って勝手に進めずちゃんと説明しよう。イーニッドが怒るの当然だぞ、とか、ドブソンおじさん小汚い小悪党枠かと思ったらめっちゃ美味しいポジションになっている、とか色々人間模様面白いですが、やはりサリィ・・・救われないなぁ。個人的にはエルディエル姉様がクールに見えて可愛いところ満載で良かったです。その後幸せになっていて欲しいですね。そしてイケオジなユージーン領主様、時期的にバロン戦争生き残ったんですね・・・強い。

「再生の大釜」のモティーフとなっているのは、ウェールズ伝承集マビノギオンに収録されているマビノギ四枝の一つ「スィール(スリール)の娘ブランウェン」に登場するブリテンとアイルランドの戦いの中で使われた大釜で、火にかけられた大釜に死体を投げ入れると次々と死者が蘇ったが、彼らは口をきくことが出来ませんでした。戦いで築かれた死者の山の中に、生者が一人いて、彼が大釜の中で手足を伸ばしたことで大釜は破壊されたと言われます。この物語の成立は丁度本作の舞台と同じ十二世紀頃と考えられていて(森野414-418頁)、十四世紀の写本(「フラゼルフの白本」「ヘルゲストの赤本」)に残っているテキストが最古のものです。

ウィリアム副修道院長はまだウィリアムでなかったとき、おそらくこの伝説の戦いに参加したのでしょう。ウィリアムについては回想のグウィンの父との会話と、修道院内やグウィンへの対応と、城の中での行動、そして明かされる秘密、それぞれの繋がりが、読んでいて上手く咀嚼できていないところがあるので、もう少し過去について、特に最初に大釜が割られたときのエピソードとかは知りたかったなぁとは思います。

また、2巻までの感想記事「『地獄の釜の蓋を開けろ~マビノギオン偽典~』(鬼頭えん 作)1~2巻感想」で、リチャード獅子心王治世下で1189年に起きたユダヤ人迫害事件について紹介しましたが、この一連のユダヤ人迫害事件の中で1190年にイングランド北部の都市ヨークのヨーク城で起きたユダヤ人虐殺事件は最大の犠牲者を出しました。1190年3月16日、市内での火災を契機に暴徒たちがヨーク城のクリフォード塔に避難したユダヤ人を襲撃、約150名が犠牲となりました。その多くは逃げられないと悟った父親が妻や子を殺害したものだったと言われています(参照”The Massacre of the Jews at Clifford’s Tower | English Heritage“)。

本作でも登場する、かつてユダヤ人虐殺が行われたとされる城(アーチャーフィールド城)はこのあたりの歴史的事件をモデルにしているのではないかと思います。そういえば、ドブソンがスコットランド人と騒ぎを起こした(1巻)など、比較的スコットランドとの交流がありそうな場所であることが示唆されていますが、もしかするとスコットランド国境のノーサンブリアまではいかずとも、ヨーク市などと同様、イングランド北部あたりにあるのかもしれません。本作がモティーフとしているマビノギオンはブリテン島西部ウェールズ地方の伝承ですが、実はウェールズ伝承はイングランド北部とのかかわりが非常に深いことでも知られているので、案外しっくりくるところです。

個人的には、三巻で終わってしまうのは惜しい、もう少し読んでいたかった作品ですが、中世ブリテン島の雰囲気を非常によく感じることが出来る良作で、とても面白かったと思います。あわせてマビノギオンも読むと面白いですよ。


[まとめ買い] 地獄の釜の蓋を開けろ~マビノギオン偽典~

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参考文献

・中野節子 訳『マビノギオン―中世ウェールズ幻想物語集』(JULA出版局 2000年)
・森野聡子 訳『ウェールズ語原典訳マビノギオン』(原書房、2019年)

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