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『ダンピアのおいしい冒険 1巻』(トマトスープ 作)感想

『ダンピアのおいしい冒険』は十七世紀後半から十八世紀初頭にかけて活躍した海賊(私掠船船員)・博物学者・冒険家のウィリアム・ダンピア(1651~1715)を主人公にした海洋冒険漫画です。

ダンピアのおいしい冒険 CHAP.1 | Matogrosso
17世紀イギリス政府はスペインとの対抗上、民間船に海賊行為を許可。 その乗組員ダンピアは博識かつ好奇心旺盛!航海で出会う未知の文化、 未知の動植物、そして未知の食を好んだという。この人物は実在した…

ウィリアム・ダンピアは若いころから船員としての経験を積み、1679年、ジャマイカ植民地へ渡って私掠船の船員となり、1715年に亡くなるまで生涯三度の世界周航を達成した人物です。1697年に、1679年から91年まで12年の航海記録「最新世界周航記」を出版してベストセラーになり、同書で描かれた各地の動植物や現地民の風俗と様々な発見は後世の博物学・自然科学の発展に少なからぬ影響を与えました。

ダンピアの著書「最新世界周航記」は岩波文庫から上下巻で日本語訳が出版されていて、生の体験が鮮やかに描かれているので一緒に読むとより楽しめると思います。同書の翻訳を行った平野敬一氏はダンピアの姿勢について『右するか左するかという岐路に立った時、ダンピアの選択の基準は利益とか善悪とかではなく、どちらが知識の獲得により役立つかということだった』(平野410頁)と述べ、ダンピア自身も別の文書で『「有益な知識を増進させたいという衷心の熱意」が自分にあるとはっきり言明している』(平野410頁)とのエピソードが紹介されています。

本作で描かれるウィリアム・ダンピアも歴史上のダンピアと同様に非常に知的好奇心にあふれた人物として描かれ、彼の好奇心に基づく行動が物語をどんどん動かしていきます。この好奇心に基づく行動の結果展開する様々な興味深い出来事が本作の魅力です。サメを釣り上げて調理しようとするときの「知るってことは生きる力だから」というセリフや、高学歴の航海士カウリーとの会話で過去貧しくて大学に行けず若いころから海に出たことを幸運だったというシーンなどは、ダンピアの行動原理を体現する魅力的な描写になっていると思います。

『ダンピアのおいしい冒険1巻』より

『ダンピアのおいしい冒険1巻』より
© トマトスープ/イーストプレス

『ダンピアのおいしい冒険1巻』より

『ダンピアのおいしい冒険1巻』より
© トマトスープ/イーストプレス

 

サメの話を含め第一巻に登場する様々なエピソードはダンピアの『最新世界周航記』第三章~第四章にある実際のお話が元になっているので、読み比べてみるとより理解が深まりさらに楽しめるでしょう。

本作の背景として重要なキーワードが「私掠」です。海賊と私掠はどう違うのでしょうか。薩摩真介著『<海賊>の大英帝国 掠奪と交易の四百年史』によれば「私掠行為」とは『海軍など公的機関に属さない私人の船が、戦時に公的権力の認可を得て、敵国(ときには中立国)の船舶に対して行う掠奪』(薩摩16頁)、つまり政府の許可で敵対勢力に属する船舶を襲撃・掠奪することを許された船が私掠船ということになります。十六世紀後半、対スペイン戦争時のイングランドで始められ、以後大西洋からカリブ海にかけて私掠許可を得た船が多く登場します。

もう少し踏み込んで本作の時代である1680年代のカリブ海の情勢について概観すると、十七世紀カリブ海で「バッカニア」と呼ばれる私掠許可を得た者達がイングランドとスペインの戦争を背景に活動していましたが、1660年代、イングランドは王政復古でステュアート朝が成立するとスペインと和平を結び、イングランドはカリブ海から海軍を退きます。困ったのはイングランドのジャマイカ植民地で、和平状態にあるとはいえスペイン領に囲まれた状況では不安でやはり軍事力が欲しい。そこで独自に私掠許可を出して民間の私掠船に頼りますが、その後イングランド政府が私掠行為の規制を強化し、1670年代末までにジャマイカ植民地も対スペイン強硬策を改めて和平方針に転じたため、1680年代になると、本作でもダンピアたちは太平洋へ進出していますが、カリブ海のバッカニア=私掠船は多くがカリブ海を後にして活動場所を新大陸の太平洋側に移すようになります。

また、ジャマイカ植民地が私掠許可を乱発したことで、管理が不徹底で私掠許可の有効期限が切れたり偽造だったりといい加減な状態であった例も少なくありませんでした。本作でもこの私掠許可状の真偽問題がストーリーに関わっていますが、その背景が以上のような対スペイン関係の融和と孤立したジャマイカ植民地問題、およびバッカニア達のカリブ海からの駆逐という点にありました。このあたりの背景については前掲の薩摩真介著『<海賊>の大英帝国 掠奪と交易の四百年史』第二章に詳しいです。

『<海賊>の大英帝国 掠奪と交易の四百年史』薩摩真介 著
英国史上有名な「海賊」というと誰が思い浮かぶだろうか?アルマダの海戦を戦ったジョン・ホーキンズやフランシス・ドレイク、財宝伝説で知られるキャプテン・キッドことウィリアム・キッド、大海賊バーソロミュー・ロバーツや黒髭エドワード・ティーチ、女海...

これまで海賊(私掠)を扱った作品は冒険活劇的なアクション中心のものが多かったと思いますが、本作はむしろ発見と探求という知的好奇心をそそるテーマになっていて、従来の海賊イメージを覆すとても興味深い作品になっていると思います。

サメやイグアナの味はどうなのか、パナマのダリエン地峡のジャングルをどうやって抜けるのか、現地民の生活や文化はどうだったのか、当時のガラパゴス島の様子は?など、当時の船乗りが実際に体験したエピソードを漫画で楽しく知ることが出来る作品です。

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