スポンサーリンク

アーサー王の8人の子供――ウェールズ伝承からモードレッド、メローラ姫まで

アーサー王の子供というとカムランの戦いでアーサー王と戦ったモードレッド卿が良く知られているが、彼だけでなくアーサー王伝説の広がりとともに様々な作品で子供とされる人物が登場している。この記事ではその中から有名な八人の子供たちをまとめた。

スポンサーリンク

アニル/アムル――戦士アルトリウスの子

アーサー(アルトリウス/アルトゥールス)の名が初めて登場する九世紀頃の文献「ブリトン人の歴史(ラテン語” Historia Brittonum “)」に、現在のウェールズ地方との境界に近いイングランド・ヘレフォードシャー西部にあたるエルギング地方で、アーサーの子アニルまたはアムルが父によって殺され、その場所に埋葬されたという記録がある。

「もう一つの驚異がエルギングという地方にある。そこには泉の傍に『アニルの眼』(Llygad Anir)という墓がある。そして、その墓(石棺)に埋葬された男の名はアニル(又はアムル(Amr))である。彼は戦士アルトゥールスの息子であって、彼は息子をそこで殺して埋めた。人々はその墓を測量するためにやってくる。それは時には六フィート、時には九フィート、また時には十二フィート、また時には十五フィートの長さになる。その墓は測量するたびに、二度と同じ測量値であることがない。わたし自身もそれを試したことがある。」(注1)

またウェールズの伝承集「マビノギオン」収録のアーサー王伝承の一つ「エルビンの息子ゲライントの物語(英語” Geraint son of Erbin”/ウェールズ語” Geraint uab Erbin”)」(十三世紀頃成立)にアーサー王の寝室を警護する四人の小姓の一人としてアーサーの息子アマル(Amhar)という同一人物と思われる名前が登場する。

グウィドレ――クロスオーバーする伝説

グウィドレ(ウェールズ語”Gwydre”)は「マビノギオン」に収録されているアーサー王伝承としては最古の一つ「キルッフ(キルフーフ)とオルウェン(Culhwch ac Olwen)」(1100年頃成立)に登場する。ただし、猪の王トゥルッフ・トゥルウィス討伐戦でトゥルッフ・トゥルウィスに殺害される戦士の一人としてその名前が挙がるに留まっており、詳細は不明である。

森野(注2)によれば、グウィドレは同作でアーサー配下の有力な一族として登場するカウ一族に関係があるという。カウは現在のイングランド北部からスコットランドにかけて存在したストラスクライド王国の王カウヌスのことで、九世紀頃からブリテン島各地でカウ伝説が見られ、後にアーサー王伝説と結びつけられた。十一世紀の伝承では戦士ヒアイルという人物がカウの娘グウェナブウィの息子グウィドレを殺害したことで、ヒアイルとアーサー王の戦いが起きたという。カウの一族がアーサーの息子とされるようになったのか、アーサーの息子がカウ一族とされるようになったのかはわからないが、森野は「グウィドレは、猪狩の場面でアーサーの息子の名となっていることから、元はアーサーの息子をヒアイルが殺害したという挿話に基づくのかもしれない」(注3)としている。

スラッハイ――武勇に秀でた謎の戦士

スラッハイ(ウェールズ語”Llacheu”)はウェールズの伝承でわずかに登場するだけでアーサーの息子ということと、武勇に優れた人物であったこと以外詳細不明の人物である。

「キルッフ(キルフーフ)とオルウェン」などでもお馴染みのアルスル(アーサー)の城の門番「剛腕のグレウルウィド」とアーサーとの対話形式で構成される「何者が門番か(ウェールズ語” Pa gur yv y porthaur?”)」(十一世紀頃)でカイ(ケイ卿)と並ぶ人物として登場、「グウィズナイ・ガランヒールとグウィン・アプ・ニーズの対話(ウェールズ語” Ymddiddan Gwyddno Garanhir a Gwyn ap Nudd”)」では以下のように歌われている。

「われはいたスラッハイが殺されし場に、アーサーの息子にして技芸に秀でし者、大烏の羽が血にまみれていた」(注4)

また、「マビノギオン」に収録されている「ロナブイ(フロナブウィ)の夢(ウェールズ語” Breuddwyd Rhonabwy” / 英語” The Dream of Rhonabwy”)」(十四世紀後半頃成立)に、ベイドン山の戦いの際にアーサー王が呼び集めた家臣の一人としてアーサーの息子スラッハイの名がある。

ロオ――愛された正嫡の死(注5)

ロオ(Lohot , Loholt)は中世フランスのアーサー王物語群に多く登場するアーサー王の子である。クレティアン・ド・トロワ作「エレックとエニード(フランス語” Érec et Énide “)」(1170年)で「武力に優れた封臣、アーサーの息子、ロオル」と紹介されているのが最初で、同作では詳しいプロフィールはわからない。

彼の活躍が描かれる代表的な作品はパーシヴァルを主人公した十三世紀前半のアーサー王物語「ペルレスヴォーまたは聖杯の至高の書(フランス語” Perlesvaus ou le Haut Livre du Graal “)」(1230~35年頃成立、以下ペルレスヴォー)である。「ペルレスヴォー」でロオはアーサー王と王妃グニエーヴル(グィネヴィア)との間の子とされており、様々な作品で登場する多くのアーサー王の子供たちはみな母親が明らかで無いか王妃以外の人物のため、判明する限りでは正嫡として設定されている男子は彼だけとみられる。

「ペルレスヴォー」でロオは宮廷を出て行方がわからなくなり、父アーサー王が心配してランスロ(ランスロット卿)とゴーヴァン(ガウェイン卿)に消息を訪ねている。実は宮廷を出て腕試しの旅に出ていたロオはログレス王国を荒らしまわって恐れられていた残虐な巨人ログリンを倒す活躍を見せていた。巨人ログリンを倒した後その巨体の上で寝ていたロオを襲い殺したのがアーサー王の家令クウ(ケイ卿)である。手柄を横取りしたクウは殺したロオの遺体を石棺にいれ、巨人の首を持ち帰って巨人殺しと讃えられた。しかし、ある乙女がロオの遺体の首を箱に入れて持ち去り、その後乙女はアーサー王の下を訪れてロオの死を明かしてクウの罪を糾弾、クウはブルターニュへ逃走した。

息子の死を悼むあまり母グニエーヴルは病死する。一方、「火を吐くドラゴンの騎士」なる者が巨人ログリンの復讐を唱えて円卓の騎士たちへの攻撃を開始して激しい戦いとなり、クウが逃れたブルターニュの王ブリヤンがランスロとアーサーの間を裂く奸計を弄し、やがてアーサー王の王国は崩壊への道を辿る、というようにロオの死は物語を大きく動かす要因となるよう描かれている。アヴァロンへ運ばれたロオの首はアーサー王が入る予定の棺に入れられ王妃グニエーヴルの棺と並んで安置された。

一方、「流布本サイクル(Cycle de la Vulgate)」(あるいは「ランスロ=聖杯サイクル(Lancelot-Graal)」)の一つ「散文ランスロ(Lancelot)」(ランスロ本伝とも、1215~25年頃成立)ではロオはグニエーヴルの子ではなく、アーサー王がセヴァン伯の娘リジアノール(Lyzianor)という女性との間にもうけた庶子として登場する。

小アーサー――アーサー王の隠し子(注6)

小アーサー(Arthur le Petit)は「後期流布本サイクル(Post-Vulgate Cycle)」(1230~40年頃成立)に登場するアーサー王の庶子。ある日、アーサー王は森に狩りに出て道に迷ったときに出会った乙女を力づくで犯した。乙女の父サナスは憤慨したが、娘がアーサー王の子を妊娠していることが判明するとアーサー王に報告し名前について訊ねると、アーサー王は女の子の場合はグィネヴィア、男の子の場合は小アーサーと名付けようという。こうして生まれた小アーサーは自分の父がアーサー王であるとは知らずに育てられ、やがて円卓の騎士の一人となる。

小アーサーをみたアーサー王は自分の子ではないかと疑い、アヴァロンの女王モルガン・ル・フェに使者を送って訊ね、確かに王の庶子であるという回答を得る。アーサー王は小アーサーを呼び出して自分が父親であることを明かすが、この事実は秘密にするように言い引き換えに騎士に叙すると提案した。

ソールズベリーの戦いでアーサー王が戦死したあと、生き残った小アーサーに王国の後継者としての期待が集まったが、ある日ランスロット派の騎士ブリオベリス(Blioberis)と出会い、小アーサーはブリオベリスにランスロット派のせいで王国が危機に陥ったのだと厳しく非難して両者一騎打ちとなり激しい死闘の末に小アーサーは絶命した。後継者を失った王国へマルク王が侵攻を開始し、アーサー王の王国は完全に崩壊した。

ボァー卿――円卓の騎士となった庶子

ボァー(Borre)はサー・トマス・マロリー「アーサー王の死(Le Morte d’Arthur)」(1485年出版)に登場するアーサー王の庶子。「ペルレスヴォー」や「散文ランスロ」に登場したロオの名前をボァーに変更したキャラクターで、「散文ランスロ」の設定を受け継ぎ、グニエーヴル(グィネヴィア)王妃との子ではなく庶子であった。

「名をサナムという伯爵の娘で、リオノルスという名のたいへん美しい乙女がやってきた。他の諸侯が大きな戦いのあとでしたように、臣下の忠誠を誓いにやって来たのだった。アーサー王はこの乙女に激しく恋をして、乙女もまたそうだったので、王は乙女と同衾して子をもうけた。その子の名はボァーといって後に立派な円卓の騎士となった。」(注7)

以後出番はなく、終盤の19巻11章で多くの円卓の騎士たちの中にボァー・ル・クール・アルディ卿の名で名前が挙がるに留まっている。

モードレッド――創られた反逆の子(注8)

モードレッド(Mordred、フランス語読みでモルドレッド)はアーサー王の庶子で、カムランの戦いでアーサー王に致命傷を負わせてアーサー王の王国を崩壊させたエピソードからアーサー王物語の中でも格別有名な人物だが、元はアーサー王の甥として語られており、子供とされるようになったのは中世後半のことになる。

「カンブリア年代記」(十世紀)にメドラウドの名で「カムランの戦い。そこにてアーサーとメドラウド倒れる」(注9)とあるのがモードレッドの初出で、アーサー王とメドラウドがカムランに参加して戦死したという記録に限られ、敵同士だったとはされていない。他のウェールズの記録でもカムランの戦いはアーサーの妻グウェンホウィヴァル(グィネヴィア)ら女性達を巡る何らかの要因であることが示唆されている。モードレッドの反逆でカムランの戦いが起きたとする例の初出はジェフリー・オブ・モンマス著「ブリタニア列王史(Historia regum Britanniae)」(1136年頃成立)で、同作以後アーサー王物語群でモードレッドが反逆者とされるようになる。

モードレッドはオークニー王ロットとアーサーの妹アンナの間の子でガウェイン、アグラヴェイン、ガヘリス、ガレスらの弟として描かれ、後にアンナに変わってアーサーの異父姉モルゴースが母となる。小路(注10)によればアーサーとモルゴースとの近親相姦によって生まれた子という設定の初出は「メルラン(Merlin)」(1200~12年頃成立)で、流布本サイクルの一つ「続メルラン(Suite du Roman de Merlin)」(1230~40年頃成立)に受け継がれるが、他の作品群では引き続き甥の設定がほとんどであった。しかし、十五世紀後半、サー・トマス・マロリーは「アーサー王の死」(1485年出版)を執筆するにあたって「続メルラン」の内容をほぼなぞったことによって、モードレッドは近親相姦によって生まれた呪われた庶子という設定が広く受け入れられることになった。なおモルゴースとアヴァロンの女王モルガン・ル・フェを同一人物とみるようになるのは非常に新しく、近代以降のことである。

トマス・マロリー「アーサー王の死」において、アーサー王はロット王の妃モルゴースに一目ぼれして異父姉と知らずに関係を結んでモードレッドを産ませ、マーリンは不義の子が王国を滅ぼすと予言、王国を滅ぼすのは5月1日に生まれた赤子であるとマーリンが忠告したため、アーサー王は王国内の該当する子供を集めて全て死刑にするよう命じるが、難を逃れたモードレッドは14歳まで成長する。その後、モードレッドは円卓の騎士となって頭角を現し、アグラヴェインとともにランスロットと王妃グィネヴィアの密通を暴き、ランスロットを殺そうとするも返り討ちにあい、アーサー王に事の次第を報告、アーサー王はグィネヴィア妃を処刑場に連れていき裁きを受けさせるよう命じるが、ランスロットが登場して王妃を奪還したため、アーサー王はランスロット追討を命じ、その後、アーサー王、ランスロット、ガウェイン三勢力の戦乱の中でモードレッドは王の不在を突いてイングランド王への即位を宣言、カムランの戦いでアーサー王と相打ち果てた。

メローラ――恋する姫騎士の大冒険

メローラ(Melóra , Mhelóra)姫は十七世紀後半、アイルランドで書かれた近世アーサー王物語作品の一つ「メローラとオルランドの冒険(アイルランド語” Eachtra Mhelóra agus Orlando” / 英語”The adventure of Melóra and Orlando”)」(1679年)の主人公。

アーサー王の娘メローラはテッサリアの王子オルランドと恋に落ちるが、メローラ姫に恋する円卓の騎士マドールは嫉妬して魔術師マーリンを説得、魔術でオルランド王子を幽閉した。王子を助けるべくメローラ姫は男装して騎士となり、オルランド王子を解放することができる三つのアイテム「ロンギヌスの槍」「ナルシンガ王女の赤石(carbuncle)」「トウィスの豚の油」を集める冒険の旅に出る。バビロン王からロンギヌスの槍を与えられ、アフリカ王を倒し、その後も数々の苦難の果てにこれらを集めたメローラ姫は無事オルランド王子を解放、結ばれた二人はギリシアで幸せな結婚生活を送った(注11)。

アーサー王物語とシャルルマーニュ物語など様々な作品が下敷きとなっている冒険物で、十七世紀後半という時代背景もあるのか、運命に翻弄されて悲劇的な最期を遂げていった中世のアーサー王の子供たちとは違い、自らの力で道を切り開き明るいハッピーエンドを掴み取る魅力的な少女であるようだ。

参考文献

・木村正俊/松村賢一 編『ケルト文化事典』(東京堂出版、2017年)
・瀬谷幸男 訳『伝ネンニウス著 ブリトン人の歴史ー中世ラテン年代記』(論創社、2019年)
・中野節子 訳『マビノギオン―中世ウェールズ幻想物語集』(JULA出版局 2000年)
・新倉俊一/神沢栄三/天沢退二郎 訳『フランス中世文学集2愛と剣と』(白水社、1991年)
・森野聡子 訳『ウェールズ語原典訳マビノギオン』(原書房、2019年)
・ジェフリー・オブ・モンマス 著(瀬谷幸男 訳)『ブリタニア列王史―アーサー王ロマンス原拠の書』(南雲堂フェニックス、2007年)
・トマス・マロリー 著(井村君江 訳)『アーサー王物語 1』(筑摩書房、2004年)
・トマス・マロリー 著(井村君江 訳)『アーサー王物語 2』(筑摩書房、2004年)
・トマス・マロリー 著(井村君江 訳)『アーサー王物語 3』(筑摩書房、2004年)
・トマス・マロリー 著(井村君江 訳)『アーサー王物語 4』(筑摩書房、2004年)
・トマス・マロリー 著(井村君江 訳)『アーサー王物語 5』(筑摩書房、2004年)
・フィリップ・ヴァルテール著(渡邉浩司/渡邉裕美子 翻訳)『アーサー王神話大事典』(原書房、2018年)
・植田裕志論文「ロオの死–『ベルレスヴォー』における編み合わせの手法について」(名古屋大学文学部研究論集 (文学55), 69-95, 2009)
・植田裕志論文「物語をどのように終わらせるのか : 『ペルレスヴォー』の場合」(名古屋大学文学部研究論集 (文学62), 157-190, 2016)
・小路邦子論文「スコットランド抵抗の象徴 モードレッド」(中央大学人文科学研究所 編『アーサー王物語研究 源流から現代まで (中央大学人文科学研究所研究叢書62)』中央大学出版部、2016年、109-143頁)
・Ad Putter , Arthur’s Children in Le Petit Bruit and the Post-Vulgate Cycle (University of Bristol, 2012)
・Emily Rebekah Huber,Mordred(Camelot Project,University of Rochester)
・Emily Rebekah Huber,Morgause(Camelot Project,University of Rochester)
King Arthur’s family – Wikipedia(13 January 2021, at 19:46)
Mordred – Wikipedia(27 December 2020, at 13:46 (UTC))
Melora(Nightbringer)

脚注

1) 瀬谷幸男 訳『伝ネンニウス著 ブリトン人の歴史ー中世ラテン年代記』論創社、2019年、69頁

2)森野聡子 訳『ウェールズ語原典訳マビノギオン』原書房、2019年、398-400頁より

3) 森野聡子399頁

4) 森野聡子lvii.40

5)この項は主に植田裕志「ロオの死–『ベルレスヴォー』における編み合わせの手法について」(名古屋大学文学部研究論集 (文学55), 69-95, 2009)同「物語をどのように終わらせるのか : 『ペルレスヴォー』の場合」(名古屋大学文学部研究論集 (文学62), 157-190, 2016)の二論文を参照してまとめ。

6) この項はAd Putter , Arthur’s Children in Le Petit Bruit and the Post-Vulgate Cycle (University of Bristol, 2012),pp.35-36を参照してまとめ

7) 1巻17章/トマス・マロリー 著(井村君江 訳)『アーサー王物語 1』筑摩書房、2004年、68-69頁

8) この項のモードレッド像の変遷については小路邦子「スコットランド抵抗の象徴 モードレッド」(中央大学人文科学研究所 編『アーサー王物語研究 源流から現代まで (中央大学人文科学研究所研究叢書62)』中央大学出版部、2016年、109-143頁)を参照してまとめ。他、トマス・マロリー(井村君江 訳)、 Emily Rebekah Huber,Mordred(Camelot Project,University of Rochester)、Mordred – Wikipedia(27 December 2020, at 13:46 (UTC))なども参照。

9) 小路邦子111頁

10) 小路邦子126頁

11)あらすじはMelora(Nightbringer)とHelen Fulton , A Companion to Arthurian Literature(John Wiley & Sons, 2012),p.125を主に参照。

タイトルとURLをコピーしました