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「パヴィランドの赤い貴婦人(The Red Lady of Paviland)」

「パヴィランドの赤い貴婦人(The Red Lady of Paviland)」は英国ウェールズ地方南部ガワー半島のパヴィランド洞窟で発見された3万3000年前の男性の骨。骨を覆っていた赤土(注1)によって赤く染まっており、発見当時は女性とみられていたことからこの名前が付けられた。

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ウィリアム・バックランドの発見

1823年2月15日、オックスフォード大学地質学講義室でパヴィランドの赤い貴婦人等について講義をするウィリアム・バックランド(ナサニール・ウィトック画、メトロポリタン美術館収蔵、パブリックドメイン画像)

1823年2月15日、オックスフォード大学地質学講義室でパヴィランドの赤い貴婦人等について講義をするウィリアム・バックランド(ナサニール・ウィトック画、メトロポリタン美術館収蔵、パブリックドメイン画像)


「パヴィランドの赤い貴婦人(The Red Lady of Paviland)」は1823年1月、オックスフォード大学地質学教授ウィリアム・バックランド(William Buckland,1784-1856)によって発見された。現地で「山羊の穴(Goat’s Hole)」と呼ばれるこの洞窟からは「ウマ、ウシ、シカ、サイ、さらに、象牙や骨で作られた装飾品をともなう人骨の一部が発見」(注2)され、人骨と象牙製の杖とリング、貝殻などの装飾品は埋葬地の赤土の地層により赤く染まっていた。

ウィリアム・バックランドは最初期に発見された恐竜メガロサウルスの化石の発見・命名者としても知られる考古学・古生物学草創期をリードした代表的な研究者だが、地球が絶滅と創造を繰り返したとする「激変説」を支持しており(注3)、人類の歴史が聖書にあるノアの洪水より遡ることは無いと考えていた。このため、バックランドは自身がパヴィランドで発見した人骨について、ノアの洪水以後古代ローマ時代のもので、装飾品から女性であると判断し、当時の娼婦か魔女のものではないかとした。彼の説によってこの人骨は「パヴィランドの赤い貴婦人(The Red Lady of Paviland)」と呼ばれるようになった。

初期の現生人類の痕跡

「パヴィランドの赤い貴婦人(The Red Lady of Paviland)」

「パヴィランドの赤い貴婦人(The Red Lady of Paviland)」
© Ethan Doyle White at English Wikipedia, CC BY-SA 3.0 , via Wikimedia Commons


1912年、パヴィランドで二度目の発掘調査が行われ、他のヨーロッパでの出土品と比較してパヴィランドの遺跡が旧石器時代のものであると考えられるようになった。放射性炭素年代測定法の実用化など調査・分析手法の大幅な進歩を経て、1960年代から繰り返し科学的な調査が行われ、この骨は女性ではなく20代前半の男性の骨であることが明らかとなった。また、埋葬された年代も1万8000年前、2万6000年前、2万9000年前と徐々に時期が遡り、現在は3万3000年前のものであるとみられている(注4)。これはブリテン島で最も古い現生人類の骨と考えられている(注5)。

骨のたんぱく質分析の結果、約20%の魚介類の反応が検出されたのを始めとして、魚肉とあわせて馬やトナカイの肉、根菜、ベリー、ドングリなどをバランスよく食べていたことが判明しており(注6)、当時の食生活を窺い知ることが出来る。病気の痕跡などは見当たらないことから、おそらく彼は何らかの事故で若くして亡くなったとみられている。また、一緒に埋葬されていた装飾品などから初期の人類の葬送儀礼の存在も示唆しており、3万3000年前から2万2000年前にかけてヨーロッパで栄えたグラヴェット文化の特徴を有している。

現在オックスフォード大学自然史博物館(Oxford University Museum of Natural History)に保管されている「パヴィランドの赤い貴婦人」をウェールズへ返還を求める運動(注7)もあるが実現に至っていない。パヴィランド洞窟から近いウェールズの主要都市スウォンジーにあるスウォンジー博物館には「パヴィランドの赤い貴婦人」のレプリカと、その後の発掘調査で発見されたブレスレットや燧石(フリント)などが展示されている。

参考文献

・吉川惣司/矢島道子 著『メアリー・アニングの冒険 恐竜学をひらいた女化石屋 (朝日選書)』(朝日新聞出版、2003年)
・デイヴィッド・ライク 著(日向やよい 訳)『交雑する人類―古代DNAが解き明かす新サピエンス史』(NHK出版、2018年)
・櫛谷夏帆「太古を見せる――ウィリアム・バックランドと視覚資料」(生物学史研究94巻, 2016年,33-36頁)
・Michael P. Richards and Erik Trinkaus “Out of Africa: modern human origins special feature: isotopic evidence for the diets of European Neanderthals and early modern humans“. Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 Sep 22; 106(38): 16034–16039.
・R.M.Jacobi and T.F.G.Higham “The ‘Red Lady’ ages gracefully: New Ultrafiltration AMS determinations from Paviland“. Journal of Human Evolution Volume 55, Issue 5, November 2008, Pages 898-907
・”The ‘Red Lady’ of Paviland“(Oxford University Museum of Natural History)
・”Fossil Teeth Put Humans in Europe Earlier Than Thought“. The New York Times. 2 November 2011.
・“The Red Lady of Paviland”(Bradshaw Foundation)
・“Paviland Cave on Gower – home of the Red Lady Of Paviland”(Gower Holidays TM – accommodation in The Gower Peninsula, Mumbles and Swansea, South Wales, UK)
・”Red Lady of Paviland – Wikipedia“(15 January 2021, at 19:10 (UTC))
・”Prehistoric Wales – Wikipedia“(31 December 2020, at 16:46 (UTC))

脚注

1) Red ochre(レッド・オーカー):ブリテン島で広く見られる赤鉄鉱(ヘマタイト)に由来する赤土のこと

2) 櫛谷33頁

3) 吉川107-108頁

4) “The ‘Red Lady’ of Paviland“(Oxford University Museum of Natural History) / Michael P. Richards and Erik Trinkaus “Out of Africa: modern human origins special feature: isotopic evidence for the diets of European Neanderthals and early modern humans“. Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 Sep 22; 106(38): 16034–16039.

5) より古い痕跡として挙げられることがあるイングランド・デヴォン州ケンツ洞窟(Kents Cavern)で1927年に発見されたヒトの上顎骨は2011年の調査で4万4000~4万1000年前の可能性が示唆されているが、年代測定手法の適正さについて議論があるため、この記事では除外して「パヴィランドの赤い貴婦人」を最古の例とした。(Higham, Tom, et al. “The Earliest Evidence for Anatomically Modern Humans In Northwestern Europe.” Nature 479.7374 (2011): 521-524. / Kents Cavern 4 (KC4) Maxilla – Wikipedia

6)“The Red Lady of Paviland”(Bradshaw Foundation) / “Paviland Cave on Gower – home of the Red Lady Of Paviland”(Gower Holidays TM – accommodation in The Gower Peninsula, Mumbles and Swansea, South Wales, UK)

7) “Red Lady of Paviland bones ‘should come home’ to Wales”(BBC News. 25 November 2013.)

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