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ペントレ・イヴァン(Pentre Ifan)――ウェールズ先史時代の巨石建造物

「ペントレ・イヴァン(Pentre Ifan)」は英国ウェールズ地方ペンブルックシャー州にある紀元前3500年頃の支石墓(ドルメン)遺跡である。ペントレ・イヴァンはウェールズ語で「イヴァン(ジョン)の村」を意味(注1)し、近郊にある同名の村から名前が取られている。ウェールズ政府歴史遺産管理組織Cadw(カドゥ)の管理下にある。

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ドルメン(Dolmen)

ペントレ・イヴァン

ペントレ・イヴァン(LinguisticDemographer at English Wikipedia, Public domain, via Wikimedia Commons)


新石器時代の紀元前4000年代頃から紀元前3000年代にかけて、ヨーロッパ各地でストーンヘンジやカルナック列石などに代表される巨石建造物が造られて巨石文化が隆盛を迎えた。ドルメン(Dolmen)とは水平に横たえられて天井の役割を果たす平らな冠石を二つ以上の垂直に立てられた立石が支える構造の石造建造物である(注2)。石室部分に人骨が埋められていることが多いため墓地として使われていたとみられ、西ヨーロッパ、ブリテン諸島、地中海沿岸を始め中央アジア、東アジアまで世界各地に広く分布している。

ペントレ・イヴァン概観

ペントレ・イヴァン

ペントレ・イヴァン(LinguisticDemographer at en.wikipedia, Public domain, via Wikimedia Commons)


ペントレ・イヴァンは紀元前3500年頃のドルメンで、七つの石から出来ており、長さ5メートル、幅2.4メートル、厚さ0.9メートルの冠石を高さ2.5メートルの立石三本が支える構造となっている。一般的なドルメンと同様、共同墓地だったと考えられており、もともとは長さ30メートルに及ぶ細長い塚であり、現存する遺構はその一部だったと推測されている(注3)。

Cadwによる復元予想動画

Rising from ruins: Pentre Ifan – Ailgodi adfeilion: Pentre Ifan

しかし、1936-37年と1958-59年に発掘調査が行われているが、これまで見つかったのはフリントの破片や土器の一部などだけで人骨は発見されていない。このため、墓地ではなくモニュメントであったとする説もある。

ヴィッキ・カミングスとコリン・リチャーズ(Vicki Cummings and Colin Richards,2014)によれば(注4)、欧州各地のドルメンの発掘調査の結果から「ドルメンの第一期の段階では、埋葬のための部屋は作られていなかった」(注5)可能性があり遺跡が後に墓所として利用されるようになったとして、ドルメンは当初、平らに整形された巨大な冠石を細い支石で支えて空中に浮かんでいるように見せる展示の意図があったという説があり、この代表的なドルメンとして「ペントレ・イヴァン」が挙げられている。ただし、「ペントレ・イヴァン」も含めドルメンの遺跡が全般的に十分な発掘調査が行われていない点で仮説に留まっていて、カミングスとリチャーズは、今後「建設プロセスに焦点」を当てて発掘調査を進める重要性を指摘している(注6)。

Cadwのサイトでヴァーチャルツアーが可能となっている。
Cadw’s Open Doors Online: Neolithic Tombs | Cadw

PENTRE IFAN - CADW
Virtual Tour

プレセリ丘陵

ペントレ・イヴァンが建つペンブルックシャー北東部の山岳地帯は「プレセリ丘陵(Preseli Hills)」と呼ばれ新石器時代の集落の跡やドルメン、メンヒル(立石)、ヒルフォート(丘砦)、クロムレック(環状列石)、石室などが点在し、ブリテン島有数の先史時代の遺跡集中地帯となっている。

また、イングランド南部ウィルトシャーにある新石器時代の環状列石「ストーンヘンジ」に使われている石材「ブルーストーン」の産地がプレセリ丘陵北部クライグ・フロス・ア・ヴェリン(Craig Rhos-y-felin)の採石場であったことが明らかになっている(注7)。

参考文献

・原聖著『興亡の世界史 ケルトの水脈(講談社学術文庫)』(講談社,2016年)
・吉賀憲夫編著『ウェールズを知るための60章 (エリア・スタディーズ 175)』(明石書店,2019年)
・ジャン‐ピエール・モエン 著(蔵持不三也 監修/後藤淳一,南條郁子 訳)『巨石文化の謎 (「知の再発見」双書)』(創元社,2000年)
・ジューリオ・マリ 著(上田晴彦 訳)『古代文明に刻まれた宇宙――天文考古学への招待』(青土社,2017年)
・Vicki Cummings et Colin Richards, « The essence of the dolmen: the Architecture of megalithic construction », Préhistoires Méditerranéennes [En ligne], Colloque | 2014, mis en ligne le 25 novembre 2014.
Pentre Ifan Burial Chamber(Cadw)
・” Pentre Ifan Chambered Tomb, Near Nevern”(Coflein)
・” ここまでわかったストーンヘンジ、その謎と壮大な規模”(ナショナルジオグラフィック日本版サイト,2020年11月22記事)
Dolmen – Wikipedia(2 March 2021, at 09:05 (UTC))
Pentre Ifan – Wikipedia(23 January 2021, at 06:26 (UTC))
Preseli Hills – Wikipedia(21 February 2021, at 09:47 (UTC))

脚注

1) pentreは ウェールズ語“pentref”に由来しpenは頭(head)、trefは町(town)の意味。

2) ドルメン(Dolmen)はウェールズ語で石のテーブルを意味する(原聖75頁参照)。/ドルメンの説明はジャン‐ピエール・モエン 著(蔵持不三也 監修/後藤淳一,南條郁子 訳)『巨石文化の謎 (「知の再発見」双書)』(創元社,2000年,178頁)、ジューリオ・マリ 著(上田晴彦 訳)『古代文明に刻まれた宇宙――天文考古学への招待』(青土社,2017年,175頁)およびDolmen – Wikipedia(2 March 2021, at 09:05 (UTC))参照。

3) 太田直也「第9章 先史時代のウェールズ――様々な古代の遺跡と遺物」(吉賀憲夫編著『ウェールズを知るための60章 (エリア・スタディーズ 175)』明石書店,2019年,54-55頁)および” Pentre Ifan Chambered Tomb, Near Nevern”(Coflein)、Pentre Ifan – Wikipedia(23 January 2021, at 06:26 (UTC))参照

4) Vicki Cummings et Colin Richards, « The essence of the dolmen: the Architecture of megalithic construction », Préhistoires Méditerranéennes [En ligne], Colloque | 2014, mis en ligne le 25 novembre 2014.

5) ” Thus, it is possible to suggest that dolmens did not, in their primary phase, create chambers for burial as such.” (Vicki Cummings and Colin Richards,2014)

6) ” The key to exploring this issue will be a focus on construction processes instead of use.” (Vicki Cummings and Colin Richards,2014)

7)” ここまでわかったストーンヘンジ、その謎と壮大な規模”(ナショナルジオグラフィック日本版サイト,2020年11月22記事)参照。同記事ではCraig Rhos-y-felinのカナ表記はクライグ・ロース・イ・フェリンとされているが、ここではウェールズ語の発音に準じてクライグ・フロス・ア・ヴェリンとした。ウェールズ語の発音ではrh-はフ+ラ行、母音yはアまたはアー、fはヴァ行となる。日本カムリ学会/日本ウェールズ学会が公開している「カムリの地名カタカナ表記リスト」から同じ綴りの表記をそれぞれ確認して参考にした。なお、Rh-についてはフ+ラ行がウェールズ語の発音に近いが便宜上ラ行でカナ表記されることも多い。

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