フランス

スポンサーリンク
フランス史

オルレアン包囲戦~勃発の背景からジャンヌ・ダルクの登場、終結まで

前史 フランス王シャルル6世が発狂して統治能力を失って以降、対立していたブルゴーニュ派とアルマニャック派はイングランド王ヘンリ5世に同盟を求め、両者の対立を好機としたヘンリ5世は1415年フランスに侵攻、アジャンクールの戦いでフランス軍を...
歴史ニュース

フランス南西部カオール市で七世紀メロヴィング朝時代の石棺と女性の遺骨が発見

フランス南西部、オクシタニー地域圏ロット県カオール市で、7世紀、メロヴィング朝フランク王国時代の高齢の女性の人骨が入った石棺が発見された。 石棺は2019年7月22日、カオール市のロット県議会の敷地で建設工事中に発見されたもの...
フランス史

百年戦争「アルマニャック派」とは何か、成立から消滅まで

アルマニャック派(” Armagnacs”)は1410年、台頭するブルゴーニュ公ジャンへの対抗としてオルレアン公シャルル、アルマニャック伯ベルナール7世、ベリー公ジャンら有力諸侯が結成した反ブルゴーニュ派同盟。イングランド軍の侵攻後は、王太...
スポンサーリンク
フランス史

百年戦争「トロワ条約(1420年5月21日)」の内容と問題点、影響について

前史 フランス王シャルル6世が狂気に陥り統治能力を喪失した後に主導権を握ったブルゴーニュ公ジャン無怖公と反ブルゴーニュ派諸侯からなるアルマニャック派との内乱に乗じてフランスに侵攻したイングランド王ヘンリ5世は1415年10月25日、ア...
歴史ニュース

「ワーテルローの戦い」時の野戦病院跡で切断された人骨やマスケット銃・砲弾が発見

ナポレオン率いるフランス軍と英・プロイセン・オランダ等連合軍とが戦ったワーテルローの戦いで使われたモン・サン・ジャン(Mont St Jean)の連合軍野戦病院跡の発掘調査で、治療のため切断された足の人骨や使用されたマスケット銃、砲...
ヨーロッパ史(書籍)

『ブルボン朝 フランス王朝史3 (講談社現代新書) 』佐藤賢一 著

『カペー朝』(2009年)『ヴァロワ朝』(2014年)に続く佐藤賢一氏のフランス王列伝「フランス王朝史シリーズ」完結編。 日本語で読める海外の王・君主たちの列伝は、軽いまとめ程度の書籍であれば少なくないが、ある程度史料...
歴史ニュース

フランス王ルイ9世の死因はサラダを食べなかったから?調査結果が発表

1270年、十字軍遠征の途上チュニスで客死したフランス王ルイ9世(聖王)の遺骨を調べていた法医学者チームが、王は壊血病あるいは、壊血病で衰弱した状態で別の病気に罹り合併症で亡くなったと発表した。Daily Mail Online、The L...
フランス史

ジャンヌ・ダルク活動・関連事項全年表

1412~1428年   年代 事項 1412年1月6日 ジャンヌ・ダルク誕生 1415年10月25日 アジャンクールの戦い(フランス軍壊滅) 1419年9月10日 ブルゴーニュ公ジ...
フランス史

「ジャンヌ・ダルクの旗」のデザインや逸話、役割のまとめ

ジャンヌ・ダルクのイメージとして欠かせないのが常に掲げていた軍旗ではないだろうか。彼女は処刑裁判の供述でも『剣よりも旗の方が四〇倍も好きだった』(注1)と語っており、非常に気に入っていたものだ。 ジャンヌ・ダルクの旗の製作と特徴 シノン...
フランス史

「ジャンヌ・ダルクの指輪」真贋論争

2016年2月、ジャンヌ・ダルクのものとされる十五世紀の指輪がオークションに出品され、フランス西部バンデ県の歴史テーマパーク「ピュイ・デュ・フー」が37万6833ユーロ(約4700万円)で落札、翌月より同テーマパークで公開されたというニュー...
フランス史

クリュニー修道院の改革運動(十~十一世紀)まとめ

「クリュニー修道院運動」は十~十一世紀にかけてのヨーロッパでおきた、フランス・ブルゴーニュ地方のクリュニー修道院を中心とした世俗・司教権力からの自由と修道士たちの倫理的刷新を目的とした改革運動で、この結果、世俗権力から独立した教皇直...
ブリテン諸島史

マスター・ジェイムズ~中世ヨーロッパ屈指の築城の名手

「築城の名手」で思い浮かぶ人物というと誰だろう?藤堂高虎?加藤清正?それとも黒田官兵衛や太田道灌?日本の城だとそうだろうが、中世ヨーロッパにも築城の名手がいた。セント・ジョージのマスター・ジェイムズ(” Master James of Sa...
フランス史

ジャンヌ・ダルクの生年月日が1412年1月6日になるまでの経緯

ジャンヌ・ダルクの生年月日は1412年1月6日であるとされるが、史料による直接的な記述に基づくものではない。 1412年生まれなのか? 生年についてはジャンヌ・ダルクの処刑裁判での証言に基づいている。 フランス・ノルマンデ...
ヨーロッパ史

中世ヨーロッパの異教伝承「マゴニアの空飛ぶ船と嵐を起こす者」

「マゴニアの空飛ぶ船と嵐を起こす者vs守護者」 中世ヨーロッパの庶民の間で信じられていた異教的な言い伝えに「嵐を起こす者」がある。 九世紀前半、フランス東南部リヨンの大司教アゴバルドゥス(769年生、在任816~840年)(...
歴史サブカルチャー

早過ぎた打ち切りが惜しまれる『デゾルドル』(岡児志太郎 作)感想

『デゾルドル』は2017年5月から2018年6月まで「講談社モーニングtwo」で連載されていた百年戦争後期のフランスを舞台にジャンヌ・ダルクと傭兵の少女ルーヴを主人公とした歴史漫画です。2018年2月に発売された単行本第一巻の売上が思わしく...
フランス史

ノルマンディー公国の歴史(911~1204年)

ノルマンディー公国の成立 ノルマン人の北フランス襲来は840年頃から始まり、北海にそそぐ主要河川の河口から内陸へと侵攻、856年から、パリ、シャルトル、エヴルーその他有力諸都市が次々と襲撃・...
ヨーロッパ史

古代ヨーロッパの鉄器時代とケルト人(大陸ケルト)の盛衰

青銅器時代から鉄器時代へ ヨーロッパにおける青銅器時代のはじまりは、地中海地域で前3000年頃、アルプス以北ではまず前3000年から前2000年にかけて銅器時代があり、前2300年から前1800年頃にかけての時期に青銅器時代に移行した。ま...
ヨーロッパ史

ケルト人の人頭崇拝

首狩りの習俗および首級に霊性が宿るとする信仰は、近代以前の日本がそうであったように、世界各地で見られる。古代ヨーロッパのケルト人の間でも敵の首を切り落とし、それを祀る人頭崇拝の慣習が見られた。 前一世紀ギリシアの歴史家ディオド...
古代オリエント史

セミラミス伝説の誕生と変容の歴史~メソポタミアから中世ヨーロッパへ

セミラミス(” Semiramis ”)は伝説上のアッシリアの女王。ヘロドトスが「歴史」でバビロンの堤防を築いた女王としてその名を挙げて以降、古代ギリシアで様々な著者によってエピソードが創作され、伝説上の人物となった。 アッシ...
フランス史

フランスの王・王妃、皇帝・帝妃の一覧

カロリング家に代わりユーグ・カペーが即位して以降ナポレオン3世までのフランスの王、皇帝とその妃の一覧。順次個別記事を作成していく予定。 日本での分類はカペー朝、ヴァロワ朝(さらに細分化してヴァロワ=オルレアン、ヴァロワ=アングレームな...
ブリテン諸島史

イングランド王ヘンリ2世と武威の王権『アンジュー帝国』

誕生から即位まで 1066年、ノルマンディー公ギヨーム2世がブリテン島へ侵攻しイングランド王ウィリアム1世として即位したことで、イギリス海峡をまたぐノルマンディー公領とイングランド王領からなる海峡国家アングロ=ノルマン王国が誕生した。三代...
フランス史

中世のブルボン家~ブルボン公国の興亡とヴァンドーム家の台頭

ブルボン公家の誕生 ブルボン公家は、1272年、フランス王ルイ9世の六男クレルモン伯ロベールと中央フランスにあるブルボネ地方を領するブルボン伯家の女継承者ブルボン女伯ベアトリスが結婚、その子ルイ1世がブルボン公に陞爵したことに...
フランス史

百年戦争の猛将、傭兵ラ・イルことエティエンヌ・ド・ヴィニョルの生涯

ラ・イル(「憤怒」の意 ” La Hire” 日本語訳ではラ・イールと伸ばして表記される場合もある。)の異名で知られるエティエンヌ・ド・ヴィニョル( ” Étienne de Vignolles” 1390年頃生~1443年1月11日没)は...
フランス史

偽ジャンヌ・ダルク事件~中世フランス「自称乙女」騒動の顛末

ジャンヌ・ダルクの死後、ジャンヌ・ラ・ピュセルを自称する女性が次々と登場してフランスを騒がせた。その数多の偽ジャンヌの中で1436年から1440年まで足掛け四年に渡って人々を騙し続けたジャンヌ・デザルモワーズ(“Jeanne des Arm...
フランス史

ブーサック元帥ジャン・ド・ブロス~ジャンヌ・ダルクと常に共にあった老将

ブーサック元帥(”Maréchal de Boussac ”)ジャン・ド・ブロス(" Jean de Brosse ”)は、フランス王シャルル7世の親衛隊長でフランス元帥。史料上はサント・セヴェールの領主という表記でも登場する(注1)。オル...
フランス史

フランス王フィリップ1世(在位1060-1108)~政戦両略の負け上手

フィリップ1世はカペー朝第四代のフランス王(在位1060年8月4日~1108年7月20日) 1052年5月23日、カペー朝第三代フランス王アンリ1世と王妃アンヌ・ド・キエフの長男として生まれ、1059年5月29日、アンリ1世の共同王と...
フランス史

フランス王アンリ1世(在位1031-1060)~弱小王権は生き残れるか

アンリ1世(Henri Ier)はカペー朝第三代のフランス王(在位1031年7月20日~1060年8月4日) 誕生から即位まで 1008年5月4日、カペー朝第二代フランス王ロベール2世敬虔王と王妃コンスタンス・ダルルの次男として生ま...
フランス史

ジャンヌ・ダルク書簡まとめ~書状でみるジャンヌ・ダルク

ジャンヌ・ダルクの書簡は直筆署名付きの三通の書簡と口述した手紙の原本六通、その他写本で文面のみ残っているものが多数ある。十九世紀に歴史学者ジュール・キシュラ(1814~82)によってジャンヌ・ダルクの裁判記録、年代記、書簡、会計簿等史料がま...
ヨーロッパ史

中世ヨーロッパの「神の平和」運動の展開と影響

「神の平和(ラテン語: Pax Dei, 英語:Peace and Truce of God, フランス語:Trêve de Dieu )」運動は10世紀~11世紀にかけてフランスで起きた宗教運動。カール大帝(シャルルマーニュ)死後、後継者...
フランス史

カペー朝第二代フランス王ロベール2世(敬虔王、在位996-1031)

ロベール2世(敬虔王、仏 Robert II le Pieux )はカペー朝第二代のフランス王(在位996-1031)。父はカペー朝初代フランス王ユーグ・カペー、母はアキテーヌ公ギヨーム3世の娘アデライード・ダキテーヌ。972年オルレアンで...
ブリテン諸島史

ノルマン朝(アングロ=ノルマン王国、1066~1154)の歴史まとめ

ノルマン朝は、1066年、フランス北東部ノルマンディ地方の領主ノルマンディー公ギヨーム2世がエドワード証聖王死後のイングランド王位を巡ってブリテン島に侵攻、ヘースティングズの戦いでハロルド2世を破りイングランド王ウィリアム1世として即位した...
ブリテン諸島史

スティーヴン王~内乱を招いたノルマン朝最後のイングランド王

スティーヴン王はノルマン朝イングランド(アングロ=ノルマン王国)四代目のイングランド王、ノルマンディー公。ヘンリ1世の死後、後継者と目されていたヘンリ1世娘マティルダを退けてイングランド王位に就くが、内乱を招きイングランドを混乱させた。彼の...
ブリテン諸島史

征服王の後継者ウィリアム2世ルーファス(赤顔王)

ウィリアム2世はノルマン朝イングランド(アングロ=ノルマン王国)2代目のイングランド王。ウィリアム1世の第2王子。兄にノルマンディー公ロベール、弟にヘンリ1世がいる。ウィリアム1世の跡をついでイングランド征服を推し進めた。教皇との聖職叙任権...
フランス史

ベリー公ジャン1世の生涯と「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」

ベリー公ジャン1世(1340生~1416没)はフランス王ジャン2世(在位1350~1364)の第三王子。百年戦争期フランスの政治家・軍人。兄にフランス王シャルル5世(1338生~1380没、在位1364~1380)、アンジュー公ルイ1世(1...
ヨーロッパ史(書籍)

「中世ヨーロッパの騎士 (講談社学術文庫)」フランシス・ギース著

ヨーロッパ中世史でお馴染み『大聖堂・製鉄・水車―中世ヨーロッパのテクノロジー』『中世ヨーロッパの城の生活 (講談社学術文庫)』などの著作で知られる中世史家・著作家ジョセフ・ギース&フランシス・ギース夫妻の奥様の方、フランシス・ギースによる騎...
ヨーロッパ史(書籍)

『王たちの最期の日々 (上・下)』パトリス・ゲニフェイ編

カール大帝(シャルルマーニュ)からナポレオン3世まで、歴代フランス君主の臨終に焦点を当てた本である。とりあげられるのは以下の十九人の王・皇帝だ。 カール大帝(シャルルマーニュ) / ユーグ・カペー / フィリップ2世 / ルイ9世 /...
フランス史

「アジャンクールの戦い(1415年10月25日)」イングランド軍、三倍のフランス軍に圧勝

アジャンクールの戦い(フランス語: Bataille d'Azincourt、英語: Battle of Agincourt、またはアザンクールの戦い、英語読みでアジンコートの戦いともいう)は1415年10月25日、百年戦争中の主要な戦いの...
フランス史

「プラグリーの乱」とフランス王常備軍「勅令隊」の創設

プラグリーの乱は1440年、フランスでおきた大規模な諸侯反乱である。フランス王シャルル7世が前年1439年に発したオルレアン勅令に反対し、ブルボン公シャルル1世・アランソン公ジャン2世・元侍従長ジョルジュ・ド・ラ・トレムイユら有力諸侯が王太...
ブリテン諸島史

征服王ウィリアム1世と「ノルマン人の征服(ノルマン・コンクエスト)」

ウィリアム1世(生没年1028-1087年9月9日、ノルマンディー公在位1035-87、イングランド王在位1066-87)はノルマン朝初代のイングランド王。1035年、北フランスの有力諸侯ノルマンディー公を継承、1066年「ヘースティングズ...
ヨーロッパ史(書籍)

『ジャンヌ・ダルク―歴史を生き続ける「聖女」 (岩波新書)』高山 一彦著

日本のジャンヌ・ダルク研究を切り開き牽引し続けた高山一彦(1924-2016)氏によるジャンヌ・ダルクの概説書であり、ジャンヌ・ダルクに関する日本語文献の中でも必ず読んでおきたい重要な本のひとつである。 新書でありながら網羅されている...
ブリテン諸島史

「バイユーのタペストリー」とは何か

「バイユーのタペストリー」とは 「バイユーのタペストリー(英語 “Bayeux Tapestry”,仏語 “Tapisserie de Bayeux” 」は1066年10月14日、ノルマンディー公 ギヨーム2世(のちのイングランド王ウィリ...
ヨーロッパ史(書籍)

「ヴァロワ朝 フランス王朝史2 (講談社現代新書)」佐藤賢一著

「カペー朝―フランス王朝史1 (講談社現代新書)」に続く作家佐藤賢一氏によるなかなか続編ブルボン朝が出ないフランス王朝史シリーズ第二弾。最近書店で佐藤氏の新刊「テンプル騎士団 (集英社新書)」見かけて笑った。カペー朝→ヴァロワ朝ときてまたカ...
フランス史

アランソン公ジャン2世~ジャンヌ・ダルクに心酔した戦友の滅び

アランソン公ジャン2世(1409-1476)はシャルル7世時代のフランスの貴族で軍人である。ジャンヌ・ダルクと最も親しい人物の一人として知られる。愛称美男公。父はアランソン公ジャン1世、母はブルターニュ公ジャン4世の娘マリー・ド・ブルターニ...
フランス史

デュノワ伯ジャン~ジャンヌ・ダルクの戦友から百年戦争の名将へ

デュノワ伯ジャンあるいはオルレアン私生児ジャン(ジャン・ル・バタール・ドルレアン)は百年戦争後期のフランス王シャルル7世の股肱の臣であり、ジャンヌ・ダルクが活躍したオルレアンの戦いでのオルレアン防衛の総司令官として知られ、後にノルマンディ地...
ヨーロッパ史(書籍)

「百年戦争―中世末期の英仏関係 (刀水歴史全書)」城戸 毅 著

百年戦争を理解する上で最も重要な一冊である。百年戦争の終結までに中世の主役だったフランス諸侯の領邦国家はことごとく姿を消し、騎士階級に代わって職業軍人・傭兵が戦争の中心へと躍り出て、イングランドとフランスという二大王権は百年戦争とその後の変...
フランス史

シノン城~ヘンリ2世からジャンヌ・ダルクまで愛された王城

シノン城( Château de Chinon )はロワール川とその支流ヴィエンヌ川との合流地点を臨む高台に建つ古城である。ロワール川を東に上るとオルレアンや首都パリを擁するイル・ド・フランス地方へ、ヴィエンヌ川を南下するとポワトゥー地方や...
フランス史

アンジュー伯家の帝国建設(929年-1154年)

アンジュー伯家はフランスの諸侯である。十世紀から十二世紀にかけて台頭し、1154年、ノルマン朝にかわってイングランド王位を含めたブリテン島南部からノルマンディ、メーヌ、アンジュー、ポワトゥー、アキテーヌ、ブルターニュなどフランスの過半を支配...
フランス史

ジャンヌ・ダルクの肖像画・絵画まとめ

1429年、オルレアン解放直後のパリ高等法院書記による素描 オルレアンが解放されて二日後の1429年5月10日、イングランド統治下のパリ高等法院書記クレマン・ド・フォーカンベルグは、ジャンヌ・ダルクの噂を耳にして、毎日の訴訟事件や...
フランス史

ジャンヌ・ダルク直属部隊の仲間たち18人まとめ

シノン城行の仲間 粘り強い交渉の結果、ヴォークルール城主ロベール・ド・ボードリクールからシャルル7世の待つシノン城へと向かうことが許されたジャンヌ・ダルクには六人の護衛がつけられた。準騎士ジャン・ド・ヌイヨンボン(ジャン・ド・メッス)とそ...
ヨーロッパ史(書籍)

「ジャンヌ・ダルク」レジーヌ・ペルヌー、マリ=ヴェロニック・クラン著

著者レジーヌ・ペルヌー(1909~1998)はオルレアン市立「ジャンヌ・ダルク研究所」を設立しジャンヌ・ダルクに関する多数の著作がある現代ジャンヌ・ダルク研究をリードした第一人者である。共著者マリ=ヴェロニック・クランもオルレアン市立ジャン...
スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました