バドン山(モンス・バドニクス)の戦い
世界史コラム
アーサー王の8人の子供――ウェールズ伝承からモードレッド、メローラ姫まで
アーサー王の子供というとカムランの戦いでアーサー王と戦ったモードレッド卿が良く知られているが、彼だけでなくアーサー王伝説の広がりとともに様々な作品で子供とされる人物が登場している。この記事ではその中から有名な八人の子供たちをまとめた。 アニ...
何故、アーサー王のイメージカラーは青色なのか?
古くからアーサー王は青い色の衣服を身に着けて描かれることが多かった。最近でも、人気のFateシリーズでアーサー王をモチーフにしたキャラクターであるセイバーことアルトリア・ペンドラゴンが青色を基調とした衣装で描かれているため、多くの人に青色の...
リチャード獅子心王の剣の名前は「エクスカリバー」だったのか?
獅子心王ことイングランド王リチャード1世(在位1189~1199)が自身の剣に伝説のアーサー王の愛剣と同じエクスカリバー(Excalibur)と名付けていたという説が広く知られている。本当だろうか?結論から言うとリチャードが持っていた剣はエ...
史料から見るジャンヌ・ダルク火刑時の「焼けなかった心臓」の逸話
ジャンヌ・ダルクの心臓が火刑後も焼けずに残ったというエピソードがまことしやかに語られ、聖女ジャンヌの奇跡として取り上げられることも多いようだ。 ジャンヌ・ダルク復権裁判での証言 このエピソードの出典はジャンヌ・ダルク復権裁判での関係者の証言...
ジャンヌ・ダルクの生年月日が1412年1月6日になるまでの経緯
ジャンヌ・ダルクの生年月日は1412年1月6日であるとされるが、史料による直接的な記述に基づくものではない。 1412年生まれなのか? 生年についてはジャンヌ・ダルクの処刑裁判での証言に基づいている。 フランス・ノルマンディ地方の主邑ルーア...
偽ジャンヌ・ダルク事件――中世フランス「自称乙女」騒動の顛末
ジャンヌ・ダルクの死後、ジャンヌ・ラ・ピュセルを自称する女性が次々と登場してフランスを騒がせた。その数多の偽ジャンヌの中で1436年から1440年まで足掛け四年に渡って人々を騙し続けたジャンヌ・デザルモワーズ(Jeanne des Armo...
ジャンヌ・ダルクの愛剣「フィエルボワの剣」を求めて
ジャンヌ・ダルクは戦場にあっても剣を振るうことを好まなかったことはよく知られているが、だからといって丸腰ではなく、ちゃんと剣を下げていた。しかも、その剣には不思議な、ある種の神がかり的なエピソードがある。 「フィエルボワの剣」 シノン城でシ...
「お前らジャンヌ・ダルクと一緒にいてムラムラしないの?」と聞いてみた結果
「尊い……」ってなる、という記録が実際残されている。 記録を残しているのはゴベール・ティボーという準騎士で1429年三月二十二日、神学者のピエール・ド・ヴェルサイユの共としてジャンヌ・ダルクと面会したことがある人物である。彼はのちに兵士たち...