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ヨーロッパの城

コンウィ城

コンウィ城(英語”Conwy Castle”/ウェールズ語” Castell Conwy”カステス・コヌゥイ)は英国ウェールズ地方北部コンウィにある中世の城塞。1283年から築城が開始され1287年に完成した。1986年、コンウィ城と市壁に囲まれた城塞都市が他の三城とあわせてユネスコ世界文化遺産「グウィネズのエドワード1世の城群と市壁群(Castles and Town Walls of King...
政治・経済

モーマー(Mormaer)

モーマー(Mormaer)はゲール語で「偉大な」を意味する”mor”と「執事」または「廷臣」を意味するmaerまたはmaorからなる語で、十世紀初頭から十三世紀にかけてのスコットランドで各地に割拠していた自立した地方勢力の支配者を意味し、その支配領域はMormaerdomと呼ばれた()。 Dauvit Brounによれば、 史料に初めて登場するのは918年で、言語学的な一致からピクト人の王国の行政...
先史・考古学

ペントレ・イヴァン(Pentre Ifan)

「ペントレ・イヴァン(Pentre Ifan)」は英国ウェールズ地方ペンブルックシャー州にある紀元前3500年頃の支石墓(ドルメン)遺跡である。ペントレ・イヴァンはウェールズ語で「イヴァン(ジョン)の村」を意味()し、近郊にある同名の村から名前が取られている。ウェールズ政府歴史遺産管理組織Cadw(カドゥ)の管理下にある。 ドルメン(Dolmen) 新石器時代の紀元前4000年代頃から紀元前300...
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社会・法

十分の一税

十分の一税("Tithe"タイス)は中世ヨーロッパで教会の維持や聖職者の生計のために各教区の農民から生産物の十分の一を徴収した貢租のこと。 十分の一税の起源 十分の一税の起源は聖書の記述にあるイスラエル人の慣習に遡る。 『彼はアブラムを祝福して言った。 「天地の造り主、いと高き神に アブラムは祝福されますように。 敵をあなたの手に渡された いと高き神がたたえられますように。」 アブラムはすべての物...
ヨーロッパの城

フジェール城

フジェール城(Château de Fougères)はフランス・ブルターニュ地方(現在のブルターニュ地域圏イル=エ=ヴィレーヌ県フジェール)にある城塞。ブルターニュ地方とノルマンディー地方の境界にあり、フランスの歴史上、ブルターニュ地方の要衝として繰り返し戦いの舞台となった。公益財団法人日本城郭協会選「ヨーロッパ100名城」の一つ。 フジェール市公式アカウントより”Vues du fabuleu...
人物のリスト

歴代イングランド君主の一覧

イングランドの君主を一覧にする際、どこまでさかのぼるか?については様々な考え方がある。第一は九世紀前半、七王国時代の諸国に君臨したマーシア王国を滅ぼしてウェセックス王国の優位を確立し、以後歴代ウェセックス王家=イングランド王家の直系の祖となったエグバート王(在位802-839年)から数えるもの、第二はヴァイキングの支配領域(デーンロー)と勢力を二分する唯一のアングロ・サクソン人の王国となったことで...
国・王朝・民族

ダルリアダ王国

ダルリアダ王国(Dalriada / アイルランド語"Dál Riata" ダール・リアタまたはリアダ)は六世紀頃から九世紀頃にかけて、ノース海峡を挟んでスコットランド西部アーガイル地方とアイルランド北東部アントリムにまたがる地域を支配したスコット人の王国。首都はドゥナド(Dunadd)。西暦500年頃、アイルランド北東部にいたゲール系の人々(スコット人)が伝説の建国者ファーガス大王に率いられてス...
文化・芸術

「ベリー公のいとも豪華なる時禱書」(ランブール兄弟)

「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」(Les Très Riches Heures du duc de Berry)は十五世紀のフランスで製作された装飾写本。「時禱書」とは聖職者の日々の礼拝儀礼をまとめた「聖務日課書」を簡略化したもののこと。1411年頃から1416年の間の時期にベリー公ジャン1世の依頼でランブール兄弟によって作成が開始され、ベリー公およびランブール兄弟死後の製作中断期を経て1480...
事件・軍事・戦争

エレンダンの戦い(825年)

エレンダンの戦い(Battle of Ellendun)またはエランドン/エランダンの戦い(Battle of Ellandun)は、825年、ウェセックス王国とマーシア王国の間で行われた戦い。ウェセックス王国の勝利に終わり、ブリテン島南部のアングロ・サクソン諸王国に対するマーシア王国の覇権を終わらせてウェセックス王国の優位を確立した。このあとマーシア王国を占領したウェセックス王エグバートはブレト...
人物のリスト

アケメネス朝ペルシア帝国の君主の一覧

アケメネス(ハカーマニシュ)朝ペルシア帝国の君主の一覧 代数 王名 在位期間 主な事績 1 キュロス2世(大王) Cyrus II(Cyrus the Great) 前559-530年 建国者。メディアから独立しリュディア、新バビロニアを征服、「バビロン捕囚」を終わらせた。 2 カンビュセス2世 Cambyses II 前530-522年 エジプトを征服、ペルシア帝国の版図を確立した。 3 バルデ...
国・王朝・民族

アトレバテス族

アトレバテス族(Atrebates)は紀元前一世紀頃フランス・アルトワ地方にいたベルガエ人部族。紀元前50年代、コンミウス王がユリウス・カエサルのガリア戦争に協力して勢力を拡大したが、紀元前52年、ウェルキンゲトリクスの反乱に際してローマ軍と戦い敗北、ブリテン島へ逃れてブリテン島南部に勢力を確立した。西暦40年代、カトゥウェッラウニ族の圧迫を受けたウェリカ王がクラウディウス帝の下へ亡命したことがロ...
建築

オファの防塁

「オファの防塁(Offa’s Dyke)」はブリテン島のワイ川河口からディー川河口まで、現在のイングランドとウェールズ地方との境界に沿って南北約240キロメートルのうち約132キロメートルに渡って築かれた中世の土塁の遺構である。八世紀後半、強勢を誇ったマーシア王国のオファ王(Offa of Mercia , 在位:757~796年)によって築かれたと言われるが、建設時期や建設目的については諸説あっ...
事件・軍事・戦争

ヴァイキング「大軍勢(大異教徒軍)」の侵攻(865-878年)

「大軍勢(英語"The Great Army"古英語"micel here")」または「大異教徒軍(英語"The Great Heathen Army"古英語"mycel hæþen here")」は複数の指導者に率いられたスカンディナヴィア半島出身の戦士による連合軍。865年からイングランドへ侵攻しノーサンブリア王国、イースト・アングリア王国を相次いで滅ぼしイングランドの東半分を征服、アルフレッ...
政治・経済

トロワ条約(1420)

トロワ条約(英語Treaty of Troyes/フランス語Traité de Troyes)は百年戦争中の1420年5月21日,フランス・シャンパーニュ地方の都市トロワでイングランド王国とフランス王国間で結ばれた平和条約。1415年10月25日に行われたアジャンクールの戦いで勝利し北フランスに勢力を拡大していたイングランド王ヘンリ5世とフランス王シャルル6世の王女カトリーヌとの婚姻やフランス王位...
歴史的文書

「アングロ・サクソン年代記」

「アングロ・サクソン年代記(Anglo-Saxon Chronicle)」はアルフレッド大王治世下の九世紀末、当時、残っていた古い記録や文書、民間の伝承を集め、デーン人の侵攻を中心に同時代の記録を追加されて編纂が始められた年代記形式の歴史書。後に複数の写本が作られて各地の教会や修道院でそれぞれ書き継がれ、これらの写本類をあわせると、西暦0年から1154年までの記録が残されている。複数の写本で構成さ...
社会・法

御猟林法/御猟林憲章(イングランド)

イングランドを征服したウィリアム1世は国内の森林や狩猟地を王家の直轄地「御猟林(Royal Forest)」()として定め、御猟林指定地域での狩猟と樹木の伐採を禁じ、身体刑を含む厳罰を科した。ヘンリ1世によって法制化され、1217年、マグナ・カルタの調印に伴い「御猟林憲章(Forest Law)」という独立した憲章として公布された。以後、1971年に廃止されるまで754年間、英国史上最も長く効力を...
人物

トマス・モンタギュ(第四代ソールズベリー伯)

第四代ソールズベリー伯トマス・モンタギュ(” Thomas Montagu, 4th Earl of Salisbury ” )は百年戦争後期イングランドの貴族・軍人。1388年6月13日生-1428年11月3日没。「イギリス軍の武将きっての戦さ巧者、熟練者、それに幸運児」()として著名だった。アジャンクールの戦いを始めとする1415年から始まるイングランドによる北フランス征服の立役者となったが、...
社会・法

ドゥームズデイ・ブック

ドゥームズデイ・ブック(Domesday Book)とは、イングランド王ウィリアム1世(在位1066-87)の命によって1086年から行われたイングランドの土地調査(ドゥームズデイ調査(Doomsday Survey))に基づく、グレート・ドゥームズデイ・ブック(Great Domesday Book)とリトル・ドゥームズデイ・ブック(Little Domesday Book)の二冊組の調査記録で...
歴史的文書

「アグリコラ」(タキトゥスの著作)

「アグリコラ(ラテン語 ” De vita et moribus Iulii Agricolae” アグリコラの生涯と性格について)」は西暦98年頃、ローマの歴史家タキトゥスが自身の妻の父にあたるローマ帝国の軍人・政治家グナエウス・ユリウス・アグリコラについて著した伝記である。グナエウス・ユリウス・アグリコラは属州ブリタンニア総督としてスコットランド南部まで領土を拡大した華々しい軍事的成功を収めた...
歴史的文書

「ゲルマーニア」(タキトゥスの著作)

『ゲルマーニア"Germania"』は古代ローマ帝国の歴史家・政治家だったプブリウス(またはガイウス)・コルネリウス・タキトゥス(” Publius (or Gaius) Cornelius Tacitus ” 、55頃~120頃)が古ゲルマン人社会の風俗、習慣について西暦97~98年頃に記した著作。以下引用は特に断りない限りタキトゥス著/泉井久之助 訳註(1979)『ゲルマーニア (岩波文庫 青...
ヨーロッパの城

ボディアム城

ボディアム城(Bodiam Castle)は1385年、イングランド王エドワード3世・リチャード2世に仕えた騎士エドワード・ダリングリッジによって現在のイースト・サセックス州ロバーツブリッジ近郊に築かれた中世城塞である。ロザー川から引かれた水を充分に湛えた濠で囲まれた水城で、水面に浮かぶ美しい佇まいから非常に人気の観光スポットとなっている。 築城 城を築いたエドワード・ダリングリッジ(” Edwa...
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