「アングル人の教会史」(ベーダの著作)

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「アングル人の教会史(ラテン語” Historia ecclesiastica gentis Anglorum”,英語” Ecclesiastical History of the English People” 1Anglorum= Englishをどう訳すかでアングル人の教会史の他、イングランド人の教会史、英国民教会史などの邦訳があるが、ここでは同時代性を考慮してアングル人の表記とした)」は西暦731年、七王国時代のノーサンブリア王国の聖職者ベーダが著したブリテン島のアングロ・サクソン人がキリスト教に改宗し教会が発展していく布教の過程を描いた歴史書。

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概要

ベーダ「アングル人の教会史」写本(サンクトペテルブルク・ベーダ、ロシア国立図書館 収蔵)

ベーダ「アングル人の教会史」写本(サンクトペテルブルク・ベーダ、ロシア国立図書館 収蔵)

著者のベーダは673年頃、ノーサンブリア王国のタイン川河口付近(現在のイングランド北東部タイン・アンド・ウィア州)にあったジャロウ村に生まれ、七歳でダラムのモンクウェアマス修道院に入り、681年にジャロウ修道院に移った後、735年に亡くなるまで同修道院で過ごし、多くの著作を残した。後に尊者(英語”The Venerable”,ラテン語” venerabilis”)の称号を贈られ尊者ベーダ(英語” Bede the Venerable”,ラテン語” Beda Venerabilis”)の名で知られる。

「アングル人の教会史」は全五巻からなり、第一巻ではブリテン島の地勢や住民、ユリウス・カエサルのブリテン島侵攻、ローマ教皇グレゴリウス1世によって派遣された修道士アウグスティヌス(のちの初代カンタベリー大司教)によるブリテン島キリスト教布教の開始など西暦603年までの出来事が描かれる。

第二巻ではグレゴリウス1世とカンタベリー大司教アウグスティヌスの死からケント王国の改宗、ノーサンブリア王国の成立と改宗、ノーサンブリア王エドウィンの覇権確立、マーシア王国の台頭など604年から633年にかけての歴史が詳述される。また、二巻で良く知られる記述として、サセックス王アェラまたはエラ(Ælle 在位:488–514頃)、ウェセックス王ケアウリン(Ceawlin 在位:560–592)、ケント王エゼルベルト(Æthelberht 在位:590–616)、イースト・アングリア王レドワルド(Rædwald 在位:600頃–624頃)、ノーサンブリア王エドウィン(Edwin 在位:616–633)、ノーサンブリア王オズワルド(Oswald 在位:633–642)、ノーサンブリア王オズウィ(Oswiu 在位:642–670)の七人の王がブリテン島に覇権を確立した王として挙げられ、九世紀後半に編纂が開始された「アングロ・サクソン年代記」ではこれにウェセックス王エグバート(Egbert 在位:802–839)を加えた八人がブリテン島に宗主権を確立した覇王(ブレトワルダ)であったとしている。

第三巻ではオズワルド王とオズウィ王治世下のノーサンブリア王国の隆盛とキリスト教の浸透、スコットランドへの布教に尽力した修道士エイダンのリンディスファーン修道院創設、ブリテン島におけるカトリック教会制度確立の画期となったウィットビー教会会議についてなど633年から660年代にかけての歴史が描かれる。

第四巻ではカンタベリー大司教テオドロスの布教活動、テオドロスによってノーサンブリア大司教となったウィルフリッドによるサセックス王国への布教の努力、聖エイダンの後を継いでリンディスファーンを中心にスコットランド地方への布教に活躍しノーサンブリアの守護聖人となる聖カスバートの生涯や様々な奇跡など660年代から687年頃までの布教史が中心の記述となっている。

第五巻では著者ベーダの時代の様々な宗教者が体験した奇跡譚が多く紹介されるようになりベーダが見聞きした逸話が多くみられるようになる。フリースラントでの布教やフランク王国の宮宰ピピン2世(中ピピン、635年頃-714年没)についてなど大陸情勢も描かれ、最後は731年時点でのブリテン島諸王国や布教の進展などの現況がまとめられている。

特徴と影響

「700年頃のノーサンブリア王国地図」

「700年頃のノーサンブリア王国地図」
Credit: Ben McGarr, CC BY-SA 4.0 , via Wikimedia Commons


七世紀、ハンバー川の北に勢力を確立したノーサンブリア王国はキリスト教布教を積極的に庇護したことから古典や神学の研究が進み、ノーサンブリア・ルネサンスと呼ばれるキリスト教文化が花開いた。芸術面ではリンディスファーンの福音書に代表される装飾写本が多く作られたが、文芸面でこのノーサンブリア・ルネサンスを代表する著作と目されるのがこの「アングル人の教会史」である。

特に七世紀から八世紀初頭にかけてのブリテン島の歴史については本書が最も主要な文献史料となっており、基本的に本書の記述に沿って歴史も理解されている。しかし、ベーダはノーサンブリア王国寄りの姿勢が強く、対立していたマーシア王国などを始めとした諸勢力を低く見る特徴が強い。またベーダは生涯修道院から出ることなく本書を執筆したが、典拠とした多くの文献には偽書や通俗的な聖者伝など事実関係があやふやな資料も多く含まれている。これらの特徴から史料としての信頼度は必ずしも高くなく批判的に読む必要がある。

ベーダはブリテン島全体の教会史を描くにあたって、分立していた諸王国の人々を一つの斉一的なアングル人(イングランド人)という総体として認識していた点で画期的であった。『この島のさまざまな文化が集まってローマ教会支持を共通項とする完全な統一体になる過程を示すことで、そのような政治的実体の必然性と歴史的「正当性」を暗黙のうちに示した』(2ステイシー、ロビン・チャップマン「第六章 テキストと社会」(チャールズ=エドワーズ、トマス(2010)『オックスフォード ブリテン諸島の歴史(2) ポスト・ローマ』慶應義塾大学出版会、306頁))ことで、後のイングランド統一に向けたアングロ・サクソン人という民集団のアイデンティティ形成に大きな影響があった。

ラテン語で書かれた「アングル人の教会史」は死後150年を経て九世紀終わり頃、アルフレッド大王の命で古英語に翻訳(3古英語版: The Old English version of Bede’s Ecclesiastical history of the English people. (1890 edition) | Open Library)、中世には多くの写本が作られ(4Tiberius Bede”(大英図書館収蔵品)を始めとする「cテキスト」と呼ばれる写本群と” Moore Bede”(ケンブリッジ大学収蔵品)を始めとする「mテキスト」と呼ばれる写本群の二系統がある)、近世以後繰り返し翻訳がなされて長く読み継がれることとなった。

リンク

参考文献

脚注

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