モーマー(Mormaer)

モーマー(Mormaer)はゲール語で「偉大な」を意味する”mor”と「執事」または「廷臣」を意味するmaerまたはmaorからなる語で、十世紀初頭から十三世紀にかけてのスコットランドで各地に割拠していた自立した地方勢力の支配者を意味し、その支配領域はMormaerdomと呼ばれた(1Broun, Dauvit. ‘Mormaer‘ The Oxford Companion to British History. / Wikipedia contributors, ‘Mormaer’, Wikipedia, The Free Encyclopedia, 30 December 2021, 14:54 UTC. https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Mormaer&oldid=1062788418 [accessed 7 January 2022] 参照)。

「中世スコットランド王国草創期の諸勢力(Mormaerdom)」

「中世スコットランド王国草創期の諸勢力(Mormaerdom)」
Public domain, via Wikimedia Commons

Dauvit Brounによれば、 史料に初めて登場するのは918年で、言語学的な一致からピクト人の王国の行政システムに属していたと考えられており、大陸のフランク王国における「辺境伯」などのように、900年頃、ヴァイキングの襲撃から守るために置かれ、後に自立勢力化した可能性が高い(2Broun, Dauvit. ‘Mormaer‘ The Oxford Companion to British History.)。

中世スコットランド史に関する書籍類を見るとMormaerの訳語として領主、地区知事、伯、王などがあるが、日本語表記する場合、スコットランド王の権力から独立した体制であることを踏まえると「王」あるいはそれに類する語をあてるのが妥当なところではないかと思われる。森はMormaerに領主という訳語を当てているが、「Mormaerを便宜上『領主』としたが、これは単なる領主ではなく、国王に近い、あるいはそれと同等の力を持っていた領主であり、後の封建領主のような国王に臣従する関係ではなかった。独立主権に近い力を持つ強力な領主と解釈するのが適当と思われる」としている(3森護(1988)『スコットランド王国史話』大修館書店29-30頁)。

青山吉信編(1991)に「地区知事(モーマー)」という表記があり、「これらの地区知事は、ザ・マウンスの障壁のせいでスコットランド王からはかなり独立した地歩を保ってきていたし、『王』を自称していたとも思われる」(4青山吉信編(1991)『イギリス史〈1〉先史~中世 (世界歴史大系)』山川出版社129-130頁)との記述がある。また同書「地区知事(モーマー)」注釈部分によると「伝説によると、アルバ王国は七つの地区があった。その地区の長で、大ステュアードの意味である」(5青山吉信編(1991)『イギリス史〈1〉先史~中世 (世界歴史大系)』山川出版社148頁)とされている。

Brounによれば、北はスペイ川から南はフォース川までの地域にパッチワークのようにMormaerの支配地域が入り組んで割拠していた6(Broun, Dauvit. ‘Mormaer‘ The Oxford Companion to British History.)。Britannicaによれば中世スコットランドには主にアンガス、アソルとガウリー、ケイスネスとサザーランド、ファイフ、モーとバカン、マリとロス、ストラサーンとメンティスの七つのMormaerによる勢力があったという(7Mormaer‘ ,Celtic title, Britannica.)。

また、英語版wikipediaでは諸家の系図を踏まえて十二世紀以前のMormaerとして、ケイスネス、キャリク、ダンバーとロージアン、マリの四つの勢力があり、十二世紀以降に成立した勢力としてアンガス、アソル、バカン、ファイフ、レノックス、マー、メンティス、ストラサーンの八つが挙げられ、これらはいずれも世襲的な体制であったという(8Wikipedia contributors, ‘Mormaer’, Wikipedia, The Free Encyclopedia, 30 December 2021, 14:54 UTC. https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Mormaer&oldid=1062788418 [accessed 7 January 2022])。

主なMormaerとして、スコットランド王にも即位したマクベス王やルーラッハ王らを輩出したマリ王国、ヴァイキング出身のオークニー伯トルフィン・シグルドソンが治めたオークニー諸島やケイスネス地方を始めスコットランド北端に勢力を誇ったケイスネス王国などがある。また、ファイフのMormaerは十三世紀にスコットランド王家を支える名門として初めて記録に登場するが、後にこの一族はスコットランド王ダフ王の末裔を称しマクダフ氏族を名乗った。シェイクスピアの戯曲「マクベス」にはこの血統伝承を踏まえたファイフ伯マクダフという架空のキャラクターが登場する。

これら割拠していたMormaerdomはいずれも十三世紀までにスコットランド王国に服従し、十四世紀頃までに旧Mormaerdomには新たに伯爵位を与えられた世襲貴族の伯爵領(Earldom)が相次いで置かれてスコットランド封建体制を構成する有力貴族層となった。

参考文献

脚注

Kousyou

「Call of History - 歴史の呼び声 -」主宰者。世界史全般、主に中世英仏関係史や近世の欧州・日本の社会史に興味があります。

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