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ブリテン諸島史

「アングロ・サクソン年代記」

「アングロ・サクソン年代記(Anglo-Saxon Chronicle)」はアルフレッド大王治世下の九世紀末、当時、残っていた古い記録や文書、民間の伝承を集め、デーン人の侵攻を中心に同時代の記録を追加されて編纂が始められた年代記形式の歴史書。後に複数の写本が作られて各地の教会や修道院でそれぞれ書き継がれ、これらの写本類をあわせると、西暦0年から1154年までの記録が残されている。複数の写本で構成さ...
ヨーロッパ史

ピピン3世(フランク王)

ピピン3世(小ピピン,”Pipin III”, 714年生~768年9月24日没)はカール・マルテルの子。メロヴィング朝の王キルデリク3世を廃し、自らフランク王位に就いてカロリング朝を創始した。754年、イタリアに遠征しランゴバルド王アイストゥルフを破って、ランゴバルド王が占領していたラヴェンナ総督領を奪い教皇へ寄進した(ピピンの寄進)。以後、周辺諸国へ積極的な遠征を行ってフランク王国の版図を広げ...
ヨーロッパ史

十分の一税

十分の一税("Tithe"タイス)は中世ヨーロッパで教会の維持や聖職者の生計のために各教区の農民から生産物の十分の一を徴収した貢租のこと。 十分の一税の起源 十分の一税の起源は聖書の記述にあるイスラエル人の慣習に遡る。 『彼はアブラムを祝福して言った。 「天地の造り主、いと高き神に アブラムは祝福されますように。 敵をあなたの手に渡された いと高き神がたたえられますように。」...
ヨーロッパの城

チェプストー城

チェプストー城(Chepstow Castle)は英国ウェールズ地方モンマスシャーにある中世城塞。1067年、イングランド王ウィリアム1世の重臣ウィリアム・フィッツオズバーンによって築かれ、ウェールズ侵攻の軍事拠点として活用された。プランタジネット朝初期の四人の王に仕えた著名な騎士ウィリアム・マーシャルの居城となる。石造としては英国で現存する最古の城で、第一級イギリス指定建造物に登録されている。 ...
古代オリエント史

海の民(古代西アジア)

「海の民(英語” Sea Peoples”,フランス語” Peuples de la mer”」は紀元前十三世紀から十二世紀にかけて、東地中海地域を移動した様々な民族集団の総称。古代の史料には一括して表すような言葉はなく、十九世紀フランスの考古学者・エジプト学者ガストン・マスペロ(1846年生~1916年没,” Gaston Camille Charles Maspero”)が名付けた。 ...
ブリテン諸島史

リチャード・ド・ルーシー

リチャード・ド・ルーシー(”Richard de Lucy”または” Richard de Luci”,1089頃/1098頃-1179年7月14日)は中世イングランドの政治家。ヘンリ1世、スティーヴン王、ヘンリ2世三代のイングランド王に仕え、1154年から死の直前まで宰相にあたる行政長官(Chief Justiciar)としてアンジュー帝国運営の実務を統括した。 ヘンリ1世、スティーヴン王時代...
ブリテン諸島史

ラヌルフ・ド・グランヴィル

ラヌルフ・ド・グランヴィル(” Ranulf de Glanville”,?-1190)はイングランド王ヘンリ2世に仕えた政治家・法律家で、宰相にあたる行政長官(Chief Justiciar)を務めた。法制史上重要なコモン・ロー成立初期の裁判手引書「イングランド王国の法と慣習(Tractatus de legibus et consuetudinibus regni Angliae)」の著者と見...
フランス史

ルイ・ド・クート

ルイ・ド・クート(Louis de Coutes,1414年生-1483頃没)はジャンヌ・ダルクの身の回りの世話をした従卒。父はヌーヴィオン(Nouvion)とリューゲル(Rugles)の領主ジャン・ド・クート、母はカトリーヌ・ル・メルシエ。1429年3月から9月のパリ包囲戦のときまでジャンヌ・ダルクに仕え、後に復権裁判でジャンヌ・ダルクに関する多くの証言を残した。 ルイ・ド・クートの義兄弟...
神話・伝説

聖女マルタ伝説

マルタ(Martha)は新約聖書に登場し、イエスの友人ラザロとマリアの姉妹で、エルサレム近郊の町ベタニアに住むことからベタニアのマルタと呼ばれる。アラム語でマルタ” מַרְתָּא Martâ”()は「婦人」「女主人」を意味する()。後にキリスト教の守護聖人として各地で信仰を集める。祝日は東方教会6月4日、西方教会7月29日。 新約聖書のマルタ 新約聖書「ルカによる福音書」「ヨハネに...
フランス史

フィリップ・ド・コニャック

フィリップ・ド・コニャック(フランス語”Philippe de Cognac”)はイングランド王リチャード1世の庶子。後にフィリップ・ザ・バスタード(Philip the Bastard)の名でウィリアム・シェイクスピアの史劇「ジョン王」の主要登場人物として描かれた。1180年頃生-1201年以降没。 フィリップ・ド・コニャックの生涯 フィリップ・ド・コニャックについてわかっていることは非常に...
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