ブリテン諸島

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宗教・神話・伝承

ガニエダ

ガニエダ(ラテン語”Ganieda”、ウェールズ語”Gwenddydd”グウェンジーズ)はウェールズの伝承「マルジンとグウェンジーズの対話」(1100年以前成立)やジェフリー・オブ・モンマス著「メルリヌス伝(マーリンの生涯)」に登場する魔術師・予言者マーリンの姉妹。 ウェールズの伝承上のグウェンジーズ 「マビノギオン」の原本のひとつ、1382年~1410年頃に編纂されたとみられる古写本「ヘルゲスト...
事件・軍事

ワット・タイラーの乱

「ワット・タイラーの乱(Wat Tyler's Rebellion)」は1381年6月、イングランド王国で人頭税導入に反対して元兵士のワット・タイラーや聖職者ジョン・ボールらに率いられた農民たちが蜂起した事件。英語ではシンプルに"Peasants' Revolt"(農民の反乱)の名で呼ばれることが多い。同時期フランスでおきたジャックリーの乱(1358年)などとともに、中世後期を代表する農民反乱であ...
人物

アルフレッド大王(ウェセックス王)

「アルフレッド大王( ” Alfred The Great ” 古英語 “Ælfrēd ”)」はウェセックス王エゼルウルフと王妃オズブルフの第四男として849年に生まれた。いずれも短い在位期間となった三人の兄に続いて871年4月23日、ウェセックス王に即位。デーン人の侵攻を撃退して、彼らをカトリックに改宗させ、その勢力範囲をイングランド東北部「デーンロー」に留めた。軍制改革、行政機構の整備、「アル...
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ヨーロッパの城

ロチェスター城

ロチェスター城(Rochester Castle)はイングランド・ケント州ロチェスター市に建つ中世城塞。イングランドで最も高い1127年築城の天守塔(キープ)はロチェスター大聖堂とともに同市の象徴として愛されている。2011年の映画「アイアンクラッド(Ironclad)」は1215年に行われたロチェスター城の攻防戦を描いたもの。 古代~中世前期のロチェスター ロチェスター城が建つロチェスタ...
年表・時代史

ローマン・ブリテン年表

グレートブリテン島の大部分がローマ帝国の占領下にあった時代「ローマン・ブリテン(Roman Britain)」の年表。 ローマン・ブリテン年表 西暦 できごと 前55年 第一次ユリウス・カエサルのブリタニア侵攻 前54年 第二次ユリウス・カエサルのブリタニア侵攻、カッシウェッラウヌス王、ローマ軍に降伏 前51年頃 アトレバテス族のコンミウス王、ブリテン島へ逃亡 前30年頃 ...
人物

クノベリヌス

クノベリヌス(ラテン語"Cunobelinus",西暦40年頃没)は一世紀前半、ブリテン島南東部の広い地域を支配したカトゥウェッラウニ族の王(在位:西暦9年頃-40年頃)。ローマ帝国の歴史家スエトニウスは「ブリトン人の王」と呼んだ()。ウィリアム・シェイクスピアの戯曲「シンベリン」の主要登場人物シンベリン王のモデルとされた人物である。 カトゥウェッラウニ族 カトゥウェッラウニ族はテムズ川以北、現...
国・王朝・民族

ダルリアダ王国

ダルリアダ王国(Dalriada / アイルランド語"Dál Riata" ダール・リアタまたはリアダ)は六世紀頃から九世紀頃にかけて、ノース海峡を挟んでスコットランド西部アーガイル地方とアイルランド北東部アントリムにまたがる地域を支配したスコット人の王国。首都はドゥナド(Dunadd)。西暦500年頃、アイルランド北東部にいたゲール系の人々(スコット人)が伝説の建国者ファーガス大王に率いられてス...
事件・軍事

エディントンの戦い

エディントンの戦い(Battle of Edington)またはエサンダンの戦い(Battle of Ethandun or Eðandun)は、878年5月上旬、アルフレッド大王が率いるウェセックス王国軍が、「大軍勢(または大異教徒軍)」の名で知られたヴァイキング連合軍に勝利した戦い。戦後、ウェセックス王国とヴァイキング勢力の指導者グスルムとの間で休戦と両国間の領土が画定され、イングランドはアン...
国・王朝・民族

カトゥウェッラウニ族

カトゥウェッラウニ族(Catuvellauni)はローマ帝国によるブリテン島征服時(西暦43年)に抵抗した部族連合の中心となった部族。紀元前一世紀後半頃から、テムズ川以北、現在のハートフォードシャー州周辺に勢力を持ち、クノベリヌス王(在位:西暦9年頃-40年頃)のころに周辺に支配を拡大して強勢を誇った。最後の王カラタクス(在位:43年頃-50年頃)はローマ軍の侵攻後、各地でゲリラ戦を展開し激しく抵...
事件・軍事

クラウディウス帝のブリタニア侵攻

「クラウディウス帝のブリタニア侵攻(Claudian invasion of Britain)」は西暦43年、クラウディウス帝の命でアウルス・プラウティウス率いるローマ帝国軍がブリテン島へ侵攻、現地のブリトン人部族と交戦して服従させた戦争のこと。後にクラウディウス帝自ら親征し、ブリテン島南部をローマ帝国の属州とした。以後、属州の支配地域は拡大し、五世紀初頭(409-410年頃)にローマ帝国軍が撤退...
文化・芸術

バイユーのタペストリー

「バイユーのタペストリー(英語 “Bayeux Tapestry”,仏語 “Tapisserie de Bayeux” 」は1066年10月14日、ノルマンディー公 ギヨーム2世(のちのイングランド王ウィリアム1世)とイングランド王ハロルド2世(ハロルド・ゴドウィンソン)とが戦ったヘースティングズの戦いの様子を描いた、長さ68.58メートル、幅45.7センチメートルから53.6センチメートルのリネ...
事件・軍事

ユリウス・カエサルのブリタニア侵攻

紀元前55年と翌54年、二度に渡ってブリテン島へ侵攻したユリウス・カエサル率いるローマ軍と現地のブリトン人部族連合とのあいだで起きた戦争のこと。 背景 紀元前58年、属州ガリア・キサルピナと属州ガリア・トランサルピナ(後のガリア・ナルボネンシス)のプロコンスル指揮権を獲得したユリウス・カエサルは、ケルト系のヘルウェティイ族が移住のためローマ属州を通過する許可を求めてきたことを口実として、ガ...
年表・時代史

アングロ・サクソン七王国時代(ヘプターキー)

七王国時代(ヘプターキー"Heptarchy")とは、五世紀末、イングランドにアングロ・サクソン諸族の王国が成立してから、九世紀後半、デーン人によってほとんどの王国が破壊されるまでの期間を指す言葉である()。古典ギリシア語の「7」を意味する ἑπτά(hepta)と「支配」を意味するἀρχή(arche)の複合語ἑπταρχία(heptarchia)が語源()。七つの王国とは、イースト・アングリ...
先史・考古学

ペントレ・イヴァン(Pentre Ifan)

「ペントレ・イヴァン(Pentre Ifan)」は英国ウェールズ地方ペンブルックシャー州にある紀元前3500年頃の支石墓(ドルメン)遺跡である。ペントレ・イヴァンはウェールズ語で「イヴァン(ジョン)の村」を意味()し、近郊にある同名の村から名前が取られている。ウェールズ政府歴史遺産管理組織Cadw(カドゥ)の管理下にある。 ドルメン(Dolmen) 新石器時代の紀元前4000年代頃から紀元前3...
ヨーロッパの城

カーナーヴォン城

カーナーヴォン城(またはカナーヴォン城/英語” Caernarfon Castle”/ウェールズ語カステス・カエルナルヴォン” Castell Caernarfon”)はウェールズ北部グウィネズ州にある中世の城。イングランド王エドワード1世がウェールズ地方を征服した後、1283年から1292にかけて城塞建築家マスター・ジェイムズに命じて築かせた。コンウィ城、ハーレック城、ビューマリス城とともにユネ...
ヨーロッパの城

ヘディンガム城

ヘディンガム城(Hedingham Castle)はイングランド・エセックス州キャッスルヘディンガム村にあるノルマン式天守塔(キープ)を持つ中世城塞。オックスフォード伯位を世襲した名門ド・ヴィア家の居城として知られた。ヨーロッパ随一のノルマン式アーチを持つ大ホールが有名。 築城 ヘディンガム城を築いたド・ヴィア家は、ノルマン・コンクエスト後、ノルマン貴族オーブリー・ド・...
人物

ルーラッハ(スコットランド王)

ルーラッハ(Lulach, 1058年3月17日没)は十一世紀半ばのアルバ(スコットランド)王・マリ王(Mormaer of Moray)。在位1057年8月15日-1058年3月17日。マクベス王死後、王位を継いだが七か月余りの短い治世で暗殺されて生涯を終えた。異名は「不運な者(スコットランド・ゲール語“Tairbith”)」。母は後のマクベス夫人グロッホ、父はマリ王ギラコムガン(Gille C...
ヨーロッパの城

ペヴェンジー城

ペヴェンジー城(Pevensey Castle)は英国イースト・サセックス州にある城址。古代ローマ時代の砦の遺構を利用して1067~70年頃にノルマン式の城が築かれ、1240~50年代に改築されて現在の城の構造が確立する。英仏海峡を臨む沿岸防衛の要衝として重視され、古代ローマ時代から第二次世界大戦まで繰り返し軍事的施設として利用された。 ローマ時代の砦アンデリトゥム(アンデリダ) ペヴェ...
ヨーロッパの城

コニスバラ城

コニスバラ城(Conisbrough Castle)は英国サウスヨークシャー州にある中世城塞。十一世紀、木造のモット・アンド・ベイリー式城塞が築かれ、十二世紀末に石造城塞として築城された。後にヨーク家の主要城塞の一つとなり、特に薔薇戦争でヨーク派の拠点として活用された。高さ27メートルの特徴的な歯車型の城塔(シェル・キープ)が名高い。 築城 コニスバラはアングロ・サクソン七王国(ヘプターキー)...
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