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ノーサンブリア王国

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人物

ベーダ

ベーダ(英語:Bede,Beda/古英語:Bæda)は七世紀後半から八世紀前半にかけて活躍したイングランド北部ノーサンブリア王国の修道士、歴史家。673年生-735年5月26日没。「尊者ベーダ」(ラテン語:Beda Venerabilis)とも呼ばれる。同時代のノーサンブリア王国で興った文化・芸術活動の隆盛期「ノーサンブリア・ルネサンス」を代表する知識人で、「アングル人の教会史」を始めとする多数の...
人物

ノーサンブリアのエセルフリス(バーニシアとデイラの王)

エセルフリス(Æthelfrith)は六世紀後半、イングランド北東部にあったバーニシア王国の王(在位:593年頃-616/617年)。エアドフェレド(Eadfered)とも。ブリトン人からは「フレサウルス("Flesaurs"ブリトン語で狡猾な、詐欺師などの意味)」の異名で呼ばれる()。非キリスト教の神を信仰していたという。周辺諸国との戦いで勢力を拡大し、604年、デイラ王国を征服、のちにノーサン...
人物

オスウィウ/オズウィ(ノーサンブリア王)

オスウィウ(Oswiu)またはオズウィ/オスウィ(Oswy)、オスウィグ(Oswig)は七世紀半ば、ノーサンブリア地方一帯を支配した君主。612年頃生-670年2月15日没。バーニシア王(642-655年)、初代ノーサンブリア王(655-670年2月15日)。アイドル川の戦い(616/617年)で父エセルフリスが戦死したため兄オスワルドとともにアイオナ修道院に避難して幼少期を過ごす。エドウィン王体...
文化・芸術

「ダロウの書」

「ダロウの書(Book of Durrow)」は七世紀後半に作成された装飾写本で、十六世紀までアイルランドのダロウ修道院に保存されていたことからこの名で呼ばれている。インシュラー体で書かれた福音書の装飾写本の中では現存する最古のものと考えられ、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4つの福音書から構成されている。トリニティ・カレッジ・ダブリン収蔵。 歴史 島嶼芸術(Insular Art)の誕生 装飾写本...
国・王朝・民族

ノーサンブリア王国

ノーサンブリア王国(Kingdom of Northumbria)はハンバー川以北、現在のイングランド北部からスコットランド南部にかけて存在したアングロ・サクソン系王国の一つ。ノーサンブリアとはハンバー川の北の人々を指す古英語に由来し八世紀初め頃から使われ始めた。六世紀後半頃から北部のバーニシア王国と南部のデイラ王国が争い、バーニシア王エセルフリス、デイラ王エドウィン、バーニシア王オスワルドが相次...
事件・軍事・戦争

ハットフィールド・チェイスの戦い(633年)

ハットフィールド・チェイスの戦い(Battle of Hatfield Chase)は633年10月12日、サウスヨークシャーのドンカスター近郊のハットフィールド村あるいはノッティンガムシャーのカックニー近郊でノーサンブリアのエドウィン王がグウィネズ王カドワソンとマーシア王ペンダの連合軍に破れた戦い。エドウィン王が戦死して彼の覇権が崩壊した後、エドウィン王によって追放されていたバーニシア王エセルフ...
事件・軍事・戦争

ウィンウェドの戦い(655年)

ウィンウェドの戦い(Battle of the Winwaed)は655年11月15日、マーシア王ペンダ率いる諸国連合軍とバーニシア王オスウィウ(オズウィ)の間で戦われオスウィウ王が勝利した戦い。ペンダ王始め多くの君主諸侯が戦死した。戦後ノーサンブリア地方のバーニシア王国とデイラ王国という2つのアングル人国家が統合されて名実ともに統一ノーサンブリア王国が成立し、八世紀前半までノーサンブリア王国はブ...
国・王朝・民族

デイラ王国

デイラ王国(またはディアラ王国、Kingdom of Deira)はティーズ川を北限、ハンバー川を南限とした現在のヨークシャー州東部にあたる地域に六世紀頃登場したアングル人の王国である。七世紀以降首都はヨークに置かれた。ティーズ川の北に登場したバーニシア王国と争い、604年頃バーニシア王エセルフリスに征服されたが、エドウィン王の頃にバーニシア王国を併合してノーサンブリア地方全体を支配した。エドウィ...
事件・軍事・戦争

ヴァイキングのリンディスファーン襲撃(793年)

ヴァイキングのリンディスファーン襲撃(Viking raid on Lindisfarne)とは793年6月8日に起きたヴァイキングの集団による英国ノーサンバーランド州沖リンディスファーン島にあったリンディスファーン修道院襲撃事件のこと。当時のブリテン島におけるキリスト教信仰の中心であった同修道院に対する徹底的な攻撃・略奪と破壊が行われたため、西ヨーロッパのキリスト教世界に大きな衝撃を与えた。この...
事件・軍事・戦争

ヴァイキング「大軍勢(大異教徒軍)」の侵攻(865-878年)

「大軍勢(英語"The Great Army"古英語"micel here")」または「大異教徒軍(英語"The Great Heathen Army"古英語"mycel hæþen here")」は複数の指導者に率いられたスカンディナヴィア半島出身の戦士による連合軍。865年からイングランドへ侵攻しノーサンブリア王国、イースト・アングリア王国を相次いで滅ぼしイングランドの東半分を征服、アルフレッ...
国・王朝・民族

ゴドジン王国

ゴドジン王国(Kingdom of Gododdin)は現在のスコットランド南東部ロージアン地方に六世紀頃存在したブリトン人の王国。首都はエディンバラ。アングル人勢力の拡大によって劣勢となり600年頃カトラエスの戦いの大敗で衰退、638年、バーニシア王国によってエディンバラを攻略され滅亡した。同時代の詩人アネイリンによる挽歌「ア・ゴドジン(Y Gododdin)」によってカトラエスの戦いの悲劇が知...
事件・軍事・戦争

アイドル川の戦い(616年)

アイドル川の戦い(Battle of the River Idle)またはアイドル河畔の戦いは616年(または617年)、イングランド中部ノッティンガムシャーを流れるアイドル川の東側で、レドワルド王率いるイースト・アングリア王国軍とエセルフリス王率いるバーニシア王国が戦った戦い。バーニシア王エセルフリスが戦死し、イースト・アングリア軍が勝利した。この結果、レドワルド王は大きく名声を高めてブレトワル...
人物

ノーサンブリアのオスワルド(バーニシアとデイラの王)

オスワルド(またはオズワルド、英語:Oswald, 604年頃生-641または642年8月5日没)は七世紀始め、ノーサンブリア地方一帯を支配した君主。604年頃、バーニシア王国のエセルフリス王の子として生まれたが、616年または617年、アイドル川の戦いで父エセルフリスが戦死、デイラ王に即位したエドウィン王によってバーニシア王国が征服されたため弟オスウィウとともにアイオナ修道院に逃れた。634年、...
国・王朝・民族

バーニシア王国

バーニシア王国(Kingdom of Bernicia)は六世紀後半に誕生した、現在のイングランド北東部のノーサンバーランド州・ダラム州・ベリックシャー州とスコットランド南東部イースト・ロージアンにあたるフォース川からティーズ川にかけての一帯を領土としたアングル人の王国。エセルフリス王(在位593-616/617年)の頃に急成長してブリトン人諸王国を次々服従させ、ティーズ川の南に隣接する同じアング...
人物

ノーサンブリアのエドウィン(デイラとバーニシアの王)

エドウィン(英語:Edwin,古英語:Ēadwine,586年頃生-633年10月12日没)は七世紀始め、ノーサンブリア地方一帯を支配した君主。586年頃、デイラ王国のエッレ王の子として生まれたが、604年頃、バーニシア王エセルフリスによってデイラ王国が征服されたため亡命し、イースト・アングリア王国のレドワルド王に助けを求め、616年または617年、アイドル川の戦いでイースト・アングリア軍がバーニ...
歴史的文書

「アングル人の教会史」(ベーダの著作)

「アングル人の教会史(ラテン語” Historia ecclesiastica gentis Anglorum”,英語” Ecclesiastical History of the English People” )」は西暦731年、七王国時代のノーサンブリア王国の聖職者ベーダが著したブリテン島のアングロ・サクソン人がキリスト教に改宗し教会が発展していく布教の過程を描いた歴史書。 概要 著者のベー...
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