ウェセックス王国

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人物

エグバート(ウェセックス王)

エグバート(Ecgberht)は九世紀前半、ブリテン島南部を支配したウェセックス王国の王(在位802-839年)。ケント王国の王子だったがマーシア王国の脅威から逃れてフランク王国のカール大帝を頼って亡命。帰国後、ウェセックス王に即位して七王国時代の分裂を収拾し、ブリテン島の諸勢力を従え、ヴァイキングを撃退、後のイングランド王国に繋がるブリテン島におけるウェセックス王権の優位を確立した。ブレトワルダ...
歴史的文書

「アングロ・サクソン年代記」

「アングロ・サクソン年代記(Anglo-Saxon Chronicle)」はアルフレッド大王治世下の九世紀末、当時、残っていた古い記録や文書、民間の伝承を集め、デーン人の侵攻を中心に同時代の記録を追加されて編纂が始められた年代記形式の歴史書。後に複数の写本が作られて各地の教会や修道院でそれぞれ書き継がれ、これらの写本類をあわせると、西暦0年から1154年までの記録が残されている。複数の写本で構成さ...
人物のリスト

歴代ウェセックス王の一覧

ウェセックス王国の王の一覧 代数 王名 在位期間 主な事績 1 チェアディッチ() Cerdic 519-534年 建国者。495年にブリテン島に上陸し、519年にウェセックス王に即位した。 2 キンリッチ() Cynric 534-560年 チェアディッチの子または孫。チェアディッチとともに来訪し対ブリトン人戦争で活躍。 3 チェウリン Ceawlin 560-591年 キンリッチの子。ウェセッ...
事件・軍事・戦争

エディントンの戦い(878年)

エディントンの戦い(Battle of Edington)またはエサンダンの戦い(Battle of Ethandun or Eðandun)は、878年5月上旬、アルフレッド大王が率いるウェセックス王国軍が、「大軍勢(または大異教徒軍)」の名で知られたヴァイキング連合軍に勝利した戦い。戦後、ウェセックス王国とヴァイキング勢力の指導者グスルムとの間で休戦と両国間の領土が画定され、イングランドはアン...
政治・経済

ウェドモア条約

ウェドモア条約(Treaty of Wedmore)またはウェドモアの和約(Peace of Wedmore)は878年、ウェセックス王国のアルフレッド大王とヴァイキングの指導者グスルムとの間で戦われたアルフレッド大王後の講和条約。グスルムに対し、ウェセックス領からの撤退とキリスト教への改宗を求めた。後にアルフレッド大王とグスルムの間で締結された両者の領土を画定し貿易や人命金などについて定めたアル...
事件・軍事・戦争

ヴァイキング「大軍勢(大異教徒軍)」の侵攻(865-878年)

「大軍勢(英語"The Great Army"古英語"micel here")」または「大異教徒軍(英語"The Great Heathen Army"古英語"mycel hæþen here")」は複数の指導者に率いられたスカンディナヴィア半島出身の戦士による連合軍。865年からイングランドへ侵攻しノーサンブリア王国、イースト・アングリア王国を相次いで滅ぼしイングランドの東半分を征服、アルフレッ...
人物

アゼルスタン(ウェセックス王、イングランド王)

アゼルスタン(古英語:Æthelstan,英語:Athelstan,エセルスタン、エゼルスタンとも表記される/ 894年頃生-939年10月27日没)はウェセックス王エドワード古王の子、アルフレッド大王の孫。924年、父王死後ウェセックス王およびアングロ・サクソン王に即位し、927年、ノーサンブリア地方を征服、全イングランドを統一してイングランド王を称した(イングランド王国の成立)。937年、ブル...
人物

チェアディッチ(ウェセックス王)

チェアディッチ(Cerdic)は六世紀頃にブリテン島で活動していた人物。同時代史料がなく九世紀末以降の文献にしか登場しないため実在していたか否かはっきりしないが、のちにイングランド王国へ発展するウェセックス王国の建国者とされる。歴代のウェセックス王・イングランド王は彼の末裔であると主張した。 「アングロ・サクソン年代記」の記述 九世紀後半にウェセックス王アルフレッドの命で編纂が開始された「アングロ...
事件・軍事・戦争

エレンダンの戦い(825年)

エレンダンの戦い(Battle of Ellendun)またはエランドン/エランダンの戦い(Battle of Ellandun)は、825年、ウェセックス王国とマーシア王国の間で行われた戦い。ウェセックス王国の勝利に終わり、ブリテン島南部のアングロ・サクソン諸王国に対するマーシア王国の覇権を終わらせてウェセックス王国の優位を確立した。このあとマーシア王国を占領したウェセックス王エグバートはブレト...
年表・時代史

アングロ・サクソン七王国時代(ヘプターキー)

七王国時代(ヘプターキー"Heptarchy")とは、五世紀末、イングランドにアングロ・サクソン諸族の王国が成立してから、九世紀後半、デーン人によってほとんどの王国が破壊されるまでの期間を指す言葉である()。古典ギリシア語の「7」を意味する ἑπτά(hepta)と「支配」を意味するἀρχή(arche)の複合語ἑπταρχία(heptarchia)が語源()。七つの王国とは、イースト・アングリ...
歴史的文書

「アルフレッド王の生涯」(アッサーの著作)

「アルフレッド王の生涯(英語:The Life of King Alfred,ラテン語: Vita Ælfredi regis Angul Saxonum(アングロ・サクソン王アルフレッドの生涯))」はウェセックス王アルフレッドに仕えた司祭アッサーが893年頃に書いたとみられるアルフレッド大王の伝記。日本語訳は「アルフレッド大王伝」のタイトルで出版されている。九世紀頃のイングランドの歴史を知る重要...
人物

アルフレッド大王(ウェセックス王)

「アルフレッド大王( ” Alfred The Great ” 古英語 “Ælfrēd ”)」はウェセックス王エゼルウルフと王妃オズブルフの第四男として849年に生まれた。いずれも短い在位期間となった三人の兄に続いて871年4月23日、ウェセックス王に即位。デーン人の侵攻を撃退して、彼らをカトリックに改宗させ、その勢力範囲をイングランド東北部「デーンロー」に留めた。軍制改革、行政機構の整備、「アル...
事件・軍事・戦争

アッシュダウンの戦い(871年)

アッシュダウンの戦い(Battle of Ashdown)は、871年1月8日、ウェセックス王エゼルレッドと弟アルフレッドが率いるウェセックス王国軍が、「大軍勢(または大異教徒軍)」の名で知られたヴァイキング連合軍に勝利した戦い。 前段階 八世紀末から始まるヴァイキングの活動は九世紀半ばから本格化した。850年代までは個々の集団がブリテン諸島から大陸沿岸にかけて襲撃や略奪を行っていたが、865年、...
国・王朝・民族

ウェセックス王国

ウェセックス王国(Kingdom of Wessex)は六世紀から十世紀にかけてブリテン島に存在したサクソン人の王国。七王国の一つ。六世紀後半、テムズ川上流域で勃興し七世紀始め頃からブリテン島南部・南西部を支配下におさめ強国として台頭、マーシア王国、ノーサンブリア王国を始めとする諸王国と覇を競った。825年、エグバート王時代にマーシア王国を撃破してブリテン島に覇権を確立、アルフレッド大王治世下でデ...
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