タリエシン

タリエシン(Taliesin)は六世紀頃、イングランド北部ノーサンブリア地方に実在した詩人(バルド)。後にウェールズ地方で彼に関する様々な伝承がつくられた。伝承の中では数百年の時を越えて様々な時代・世界に登場し、長く生き続けて転生を繰り返しているとみられている。グウィオン・バッハ(” Gwion Bach ”「タリエシン物語」)、テルゲシヌス(”Telgesinus”「マーリンの生涯」)などの名でも呼ばれる。魔術師マーリンの伝承と関係が深く、十二世紀のジェフリー・オブ・モンマス著「マーリンの生涯」ではマーリンの親友として登場。またウェールズの伝承ではマーリンのモデルである魔術師メルジンのライヴァルとして描かれた。マーリンと同一人物あるいは転生した姿と見られることもある。

実在のタリエシン

「七世紀のノーサンブリア勢力図」

「七世紀のノーサンブリア勢力図」
credit: myself / CC BY-SA / wikimedia commonsより


タリエシンは九世紀に著された『ブリトン人の歴史』第62章に、バーニシア王イーダ(在位547頃~559年)の時代に知られた五人の古詩人(カンヴェイルズ)の一人として名前が挙げられているのが最初の記述である(1伝ネンニウス著/瀬谷幸男訳(2019)『ブリトン人の歴史ー中世ラテン年代記』論創社、56-57頁。バーニシア王イーダについては” Ida | king of Bernicia | Britannica”,Wikipedia contributors, ‘Ida of Bernicia’, Wikipedia, The Free Encyclopedia, 12 May 2021, 00:06 UTC, https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Ida_of_Bernicia&oldid=1022697140など参照。)。

十四世紀前半の写本「タリエシンの書」にある、フレゲッド(当時のブリトン人諸王国のひとつ。英語読みでリージッド王国とも)の王イリエーン(2イリエーン王については” Urien Rheged. – English Monarchs”も参照)とその子オワイン(3595年頃没、イリエーンの子オワインはウェールズ伝承「オワインまたは泉の女伯爵の物語」およびクレティアン・ド・トロワ作「イヴァンまたは獅子の騎士」の主人公のモデルで、後の円卓の騎士ユーウェインのモデルとなった人物。)に贈られた12編の詩は実在のタリエシンのものだとみられ(4森野聡子(2019)『ウェールズ語原典訳マビノギオン』原書房477頁、506頁。あわせてヴァルテール(2018)「タリエシン」(ヴァルテール、フィリップ(2018)『アーサー王神話大事典』原書房、245頁)も参照。)、おそらく同王に仕えていた。

「ブリトン人の歴史」第63章によれば、イリエーン王はイーダ王の子アッダ王(在位560~568)、アエセリック王(在位568~572年)、セオドリック王(在位572~579年)らと戦ったという(5伝ネンニウス著/瀬谷幸男訳(2019)58-59頁)。父王の後を継いだオワイン王の死後フレゲッド王国はバーニシア王国に併合された。616年、強勢を誇ったバーニシア王国をディアラ王エドウィンが滅ぼすことで七王国時代の北方の雄ノーサンブリア王国が建国される。タリエシンはその前夜の諸勢力割拠時代を生きた人物である。

ウェールズ伝承のタリエシン

ウェールズ・ペンナルのサンクタ・ソフィア騎士団にある「タリエシンの像」

ウェールズ・ペンナルのサンクタ・ソフィア騎士団にある「タリエシンの像」
(”Photo of the sculpture of the Poet Taliesin on permanent loan to The Order of Sancta Sophia, Pennal, Wales.”パブリックドメイン画像、wikimedia commonsより)


現存する詩人タリエシンの物語がまとまったテキストは後述の「タリエシン物語」をはじめ十六世紀以降のものだが、それ以前から断片的に様々な伝承にタリエシンの名が登場する。「マビノギオン」に収録されている、1100年頃成立の「キルッフとオルウェン」にはアルスル(アーサー)宮廷の一員として「詩人の長タリエシン」の名が見え、同じく「マビノギオン」の「ロナブイの夢」(十三世紀頃成立?)にはアーサー配下の戦士の中に「タリエシンの息子アザオン」という名がある。

十七世紀に写本の持ち主であるロバート・ヴォーンによって「タリエシンの書」と名付けられることになる、十四世紀前半の写本に収められた中世ウェールズ語で書かれた詩のうち、前述のように12編が生存当時のタリエシンの詩と見られているが、他の36編についてもタリエシンのものと混同されて彼の伝説を形作った(6森野聡子(2019)『ウェールズ語原典訳マビノギオン』原書房477頁、506頁。あわせてヴァルテール(2018)「タリエシン」(ヴァルテール、フィリップ(2018)『アーサー王神話大事典』原書房、245頁)も参照。)。

タリエシンの詩と見られていたのが9世紀の詩「アヌーヴンの略奪」である。アルスル(アーサー)は戦士団を率いてアルスルの軍船ブリドウェンに乗って異界アヌーヴンへ赴き、大釜を求めて激しい戦いを繰り広げた。最終的に七人の戦士しか生き残らなかったという。タリエシンもこの遠征に同行してこの詩を詠んだと言われた。(7訳詩はマシューズ、ジョン(2007)『アーサー王と中世騎士団 シリーズ絵解き世界史4』原書房、166-167頁

「ブリトン人の歴史」にタリエシンとともに五人の古詩人の一人として挙げられるアネイリンもウェールズ伝承ではタリエシンと並んで名声が高く、後世の詩人にとってタリエシンとアネイリンの作品は作品の良しあしを決める基準となっていたという(8森野聡子(2019)510頁)。

「タリエシン物語」

「タリエシン物語」のあらすじ

アーサー王の時代、ペンスリン(9現在の北ウェールズ・グウィネズ地方の湖スリン・テギッド周辺)の領主の妻である魔女ケリドウェンは醜い息子のために知恵と霊感の大釜を煮込み、従僕の少年グウィオン・バッハにかきまぜさせた。あるとき、偶然、煮込んだ汁がグウィオン・バッハの手に飛び散り、それを舐めたことで彼は未来を予知することが可能となった。大釜も壊れてしまい、グウィオン・バッハは野ウサギや魚、鳥などに変身しながらケリドウェンの追手から逃れ、麦粒になって身を潜めていたが、雌鶏に変身したケリドウェンに食われてしまう。九か月たってケリドウェンは赤子を産み落とすが、これを革袋に詰めて海に流した。

40年が経ち、「ブリタニアのドラゴン」の異名で知られる暴君グウィネッズ王マエルグン(10547年頃没、六世紀頃ウェールズからスコットランド西岸地域にかけて勢力を拡大した歴代グウィネズ王屈指の強力な君主)の時代になった。マエルグン王配下の領主グウィズノー・ガランヒールの子エルフィンが召使たちと漁に出た時、普段なら多数の魚が取れるはずが網には皮の袋がかかっているだけだった。自分の不運に愚痴をこぼしつつ、ナイフを取り出して袋を切り開くと、丁度人間の額(ひたい)が見え、その額の美しさに「タリエシン!(額が秀麗の意味)」と叫ぶと、袋の中から「タリエシンなり!」と応えがあった。タリエシンを連れ帰って以来、エルフィンの財産は増え続けた。

マエルグン王の宮廷では王の富裕さ、聡明さ、勇敢さ、王妃の美しさ、人材の豊富さなどを皆口々に褒め称えていたが、その中でエルフィンが自身の妻の貞淑さを自慢したことが王の耳に入った。王はエルフィンを捕らえた上で、好色者として知られた息子の一人フリンを差し向けてエルフィンの妻を試そうとした。この企みを察知したタリエシンの機転でエルフィンの妻と女中を入れ替えて難を逃れたが、エルフィンはさらに捕らわれのままとなっていた。

エルフィン救出のためマエルグン王の宮廷を訪れたタリエシンは様々な詩を詠んで見せ、その詩の力で王と王配下の詩人たちを圧倒してみせた。タリエシンは詩の中で自身の転生を繰り返してきた来歴を語っている。それによれば、彼は、あるときはルシフェルの堕天に際して主の傍にあり、あるときはアレクサンドロス大王の遠征に際して軍旗を掲げ、あるときはバベルの塔を建てる石工であり、あるときはノアの箱舟の乗員であり、あるときはソドムとゴモラの崩壊を目の当たりにし、またあるときはモーセとともにヨルダン河を越えた。グウィオン・バッハからタリエシンとなり、様々に転生を繰り返して最後の審判まで生き続けるのだという。

彼が詩を詠むと宮廷につむじ風が巻き起こり、王も廷臣たちも城が崩れ落ちるほどの恐怖を覚えたため、マエルグン王はエルフィンを解放した。エルフィンをタリエシンの前に立たせると、タリエシンが歌っただけで鎖が両足から外れたという。その後、タリエシンの助言でエルフィンは王と競馬を戦わせて勝利し、感服した王はタリエシンに人の始まりからの歴史を訪ね、タリエシンはアダムとイブの誕生から、やがてくるだろうブリトン人による外敵の駆逐と領土の奪還までを歌い上げた(あらすじは「タリエシン物語」(11森野聡子(2019)315-347頁)を元にまとめ。)。

「タリエシン物語」について

「タリエシン物語」はヘンリ8世に仕えて「カレーの兵士(The soldier of Calais)」の異名で知られたウェールズ人エリス・グリフィズ(Elis Gruffydd)が1552年頃、ウェールズ語でまとめた年代記『六つの時代の年代記” Chronicle of the Six Ages (Cronicl o Wech Oesoedd)”』の第一部にあたる物語集である(12森野聡子(2019)505頁/” Elis Gruffudd’s Chronicle | The National Library of Wales)。

転生前の名前グウィオンはウェールズ語で白を意味するグウィンに由来する名前で、ゲール語でいうフィンにあたる。アイルランド神話のフィオナ騎士団を率いたフィン・マックールと同じ名前だが、名前の一致だけでなく、預言の能力を持っていることや、その預言の力を得たエピソードも鮭を料理するときに火傷したときに指を舐めたことに由来することなど、フィン・マックールの伝承との類似が多くの研究で指摘されている(13森野聡子(2019)513-514頁)。

タリエシンの主人エルフィンが実在していたかは定かでないが、十三世紀の史料『北方の男たちの系図』にノーサンブリアで活躍した戦士としてエルフィンの名が登場、タリエシンによるエルフィン救出のストーリーも1217年の詩に存在しているという(14森野聡子(2019)508頁)。タリエシンの伝承にはタリエシン本人の出自も含めノーサンブリア地方との繋がりを感じさせる内容が多く含まれている。

タリエシンとマーリン

「マビノギオン」を構成する二つの写本「フラゼルフの白本」「ヘルゲストの赤本」より古い十三世紀半ば頃の写本「カエルヴァルジン(カマーゼン)の黒本」には「タリエシンとマルジンの対話」と題してタリエシンとマルジン(マーリン)が交互に二つの戦争を語る詩が収録され、最後に「われマルジンは タリエシンに次ぐ者なれば わが預言は あまねきものなり」というマーリンの言葉で締められるという(15森野聡子(2019)511頁)。また、十七世紀の写本ではマルジン(マーリン)、マルジン・エムリス(16マーリンの伝説と混同されることも多いアンブロシウス・アウレリアヌスのこと)とタリエシンの三人を「アーサー王宮廷の三大詩人(バルズ)」として並び称した(17森野聡子(2019)511頁)。

「タリエシン物語」をまとめたエリス・グリフィスは以下のように書いているという。

『ある人々の主張するところでは、マルジンは人間の姿をまとった精霊であり、ウォルティゲルンの時代から現れ、アーサー王の治世の始めに姿を消した。その後、その精霊はマエルグン・グウィネッズの時代に再び現れタリエシンと呼ばれた。』( 18森野聡子(2019)512頁

マーリンと並び称され、あるいはマーリンを凌ぐ詩人であり、時にマーリンそのものであったとも言われるほどに、マーリンと縁深い人物として語られている。

「マーリンの生涯」のタリエシン

現在のアーサー王物語の世界観を決定づけた「ブリタニア列王史」(十二世紀)の著者ジェフリー・オブ・モンマスが著した全1529行からなる叙事詩「マーリンの生涯(ラテン語” Vita Merlini”,英語” The Life of Merlin”)」にタリエシンはラテン語表記のテルゲシヌス(Telgesinus)の名で733行目から登場する。以下、訳本として六反田収「ジェフリー・オヴ・マンマス : 『メルリーヌス伝』(訳) (1) (2)」(1979-1980)を参照。

姉妹ガニエダが建てた天文観測所に引き籠るマーリンは、ガニエダに話し相手としてタリエシンを呼ぶように頼み(685行目~686行目)、以前マーリンから頼まれていた風や雨雲がなぜあるのかの調査結果報告のためタリエシンが訪れた。タリエシンは四元素の創造から解き起こし、手際よく十二世紀ヨーロッパの宇宙観を語り、そこから様々な魚の生態、さらに北海・地中海・ギリシアに至る諸国の地勢まで自身が訪れた体験を交えて広く博物誌を語り尽くしていく。またタリエシンはカムランの戦いで傷ついた主君アルトリウス(アーサー王)を幸福島(アヴァロン)へ運び、医術に長けた女王モルガン(モルガーヌ)に託して帰ってきたという(733行目~940行目)。

これに対してマーリンは「おお、親愛なる友よ」(941行目)と呼びかけ、その後のアングロ・サクソン人による侵攻の暴虐さを語り、タリエシンは「ですから人々は誰か使いの者を派遣して、すでに傷が癒えておれば王に急ぎ船で帰国され,敵をいつもの軍隊で撃退して、市民達をまた昔通り平和に治めるようにと要請すべきでした。」(954行目~957行目)と悔やむ。その後、マーリンは改めてアングロ・サクソン人の侵攻の開始からアルトリウス(アーサー王)の治世の終わりまでを語った。

このあと天文観測所のある山の麓で泉が湧いたという知らせがあり、二人はその泉を見に行った。マーリンが泉の水を飲むと彼の長年の狂気が消え、正気に戻った。驚くマーリンはこの奇跡の理由をタリエシンに訊ね、タリエシンはその博識さでもって古今東西の薬効がある水にまつわるエピソードを様々に語り、この泉の水もそれらに類する「神の至高の配慮によって健康の水となって」(1243行目~1244行目)いるものとした。

その後、マーリンを師と仰ぐ若者マエルディヌスが訪れ、マーリンに仕えて共に暮らしたいと申し出ると、タリエシンも続いて「私も三人目に加わり,この世の俗事は棄て去ってあなた方と同じようにいたしたい。私はもう十分に長くこれまで時を無駄に過してきた。あなたを師として今こそ私も本心に立ち返るべき時です。」(1457行目~1460行目)と言い、その後夫と死別したガニエダも加わり、四人で隠棲生活を送った。

ジェフリー・オブ・モンマスが描くタリエシンは、マーリンに比肩し、あるいはマーリンがたびたび教えを請うほどの博学な人物であり、マーリンが最も信頼を寄せ余生をともに過ごすことになる終生の親友である。また、トマス・マロリー著「アーサー王の死」など後世のアーサー王物語ではアーサー王をアヴァロンに連れて行ったのはアヴァロンの三人の貴婦人だが、本作ではタリエシンがその役目を務めている。

参考文献

脚注

Kousyou

「Call of History - 歴史の呼び声 -」主宰者。世界史全般、主に中世英仏関係史や近世の欧州・日本の社会史に興味があります。

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