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ヨーロッパ史(書籍)

『中世の異端者たち (世界史リブレット 20)』甚野尚志 著

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山川出版社の世界史リブレットはテーマ毎に基本事項がコンパクトに大体80~90ページほどでまとまったシリーズで、本書は同シリーズのヨーロッパ史のテーマを扱ったものとしてはナンバリングが一番若い。

中世ヨーロッパ史について学ぶ上で何から押さえていくかというとき、異端の問題、すなわちキリスト教の布教によってローマ・カトリック教会を頂点とした秩序が形成される中で正統と異端とはどのように現れてきたのか?から始めるのは重要な入り方の一つであると思う。

中世の異端というのは単純に教義の対立によってだけではなく、ローマ・カトリック教会との関係性、すなわち服従するか否かによって異端として断罪される。いわゆる「不服従の異端」が主流となっていくので、その教会の権力が確立して、異端と呼ばれた人々はいかにして異端とされるようになったのかを理解していくと、中世ヨーロッパ社会の在り方の一端を見ることができるし、そのありようは現代社会にも何らか似たものを見出すことができるのではないだろうか。

本書では、古代~中世初期のアリウス派やドナートゥス派にはじまり、十一世紀の教会改革と同時期に現れ始めるヴァルド派、カタリ派以降中世後期に次々と登場した様々な異端について概説される。

登場する主な異端としては以下の通り
・アリウス派
・ドナートゥス派
・ヴァルド派
・カタリ派
・フィオレのヨアキムとフランチェスコ会聖霊派
・使徒兄弟団
・自由心霊派(アマルリック派、オルトリープ派、ペギン)
・ウィクリフ主義とロラード運動
・ヤン・フスとフス派(タボル派その他)

これらが登場した社会背景やグレゴリウス改革、アルビジョワ十字軍、異端審問制度の誕生、そして中世の異端からマルティン・ルターによる宗教改革までが概観されている。

ヴァルド派などは教義だけならちょっと急進的な清貧主義の集団でしかなく、主流派のフランチェスコ会などの方がよっぽど厳格で急進的だが、ローマ・カトリック教会と対立したことが正統と異端を分ける決定的な差になった。

『彼らは全教会が腐敗し、とくに蓄財によって汚されているとみなし、カトリック教会の組織全体を無意味なものとして否定した。そこから、適格性さえあれば、聖職者でない俗人でも説教したり、告解を聞いたり、聖体を祝福することもできるとした。彼らは自分たちのなかから、完全者と呼ばれる聖職者の役割をはたす者を任命し、自分たちの固有の教会組織をつくることになる』(19-20頁)

教会の腐敗は正統・異端に限らず十~十一世紀の教会関係者全員の共通認識で、そこから厳格な清貧主義を勧めるクリュニー修道院の改革運動や教会の腐敗を打破しようとするグレゴリウス改革が始まることになるわけでアプローチ自体もそこまで変わらないのに、教会を認めるか否かが正統と異端を分けることになった。

このような教会の権威を巡る正統と異端の関係性は大きな対立構造をなし、世俗の王権や諸侯を動かして中世ヨーロッパ史全体を駆動する大きな要因となる。南フランスのカタリ派に対するアルビジョワ十字軍はフランス王権の南フランス征服を促し、異端審問制度を生み出す結果となり、教会とフス派の対立は神聖ローマ皇帝とボヘミア王国の諸侯との対立と絡んで国際戦争の様相を呈した。

深掘りすれば青天井で難易度が上がっていくテーマだが、その導入として本書に書かれている基本事項を押さえておくだけでも随分と中世ヨーロッパを見通しやすくなるし、ページ数も短いので一読するだけでもお勧めである。