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ヨーロッパ史(書籍)

「イタリアの中世都市 (世界史リブレット 106)」亀長洋子 著

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フィレンツェ、ヴェネツィア、ジェノヴァ、ピサ、ミラノ――地中海貿易によって膨大な富を蓄積し、やがてルネサンス文化が花開く中世イタリアの諸都市はどのようにして生まれ、どのような政治体制を築いたのか?テーマごとにコンパクトなサイズで概説した山川出版社の世界史リブレットシリーズの一冊として、「イタリアの中世都市」について主にフィレンツェ、ヴェネツィア、ジェノヴァを中心に重要論点がわかりやすくまとまっている。

イタリア半島では西ローマ帝国の崩壊後、ゲルマン人の侵攻による諸王国の林立を経て、東ローマ(ビザンツ)帝国、フランク帝国などの強力な王権による支配体制が確立したものの、十世紀頃までにその支配も相次いで衰退していった。イタリア南部ではノルマン人による王権(ナポリ王国)が成立した一方、中北部イタリアでは上級権力の不在によって各都市が自治組織(コムーネ)を結成して自立していった。

面白いのはコムーネ誕生時の支配層の形成過程で、本書によれば必ずしもコムーネと周辺有力領主層とは対立したわけではなく、領地から都市へ移住したり、封建的特権をコムーネに委譲したりする例も見られたという。コムーネは領主にとってもコムーネに参加することで利益が得られる存在として登場し、領主としての権益の一部をコムーネに委譲し、一定の権益を維持しつつ、商人など新興の市民層と共に都市の支配層を形成するようになった。

このようなコムーネの統治原理として公平と平等が重視された。ヴェネツィアのアレンゴと呼ばれる全市民集会やフィレンツェの職能組合(アルテ)を基盤とするプリオーリと呼ばれる統治機関などが都市行政を担い、抽選制による元首の任命など公平・平等原理を前提とする政策を打ち出した。このような集団指導体制はコンソレ制と呼ばれる。一方で、公平原理を尊重しつつもその社会の中でそれぞれ利益の最大化に努め、縁故や人脈を駆使して制度に食い込み、メディチ家などのように実質的な権力を行使する例も見られるようになる。

上級権力の不在で成立したコムーネによる自治だが、神聖ローマ皇帝という新たな帝国権力の登場はその自治を脅かした。イタリア半島への野心を隠さない歴代皇帝の半島政策を巡って元々の各都市の権力闘争と複雑に絡み合って、市民たちは皇帝派(ギベリン、ギベッリーニ)と教皇派(ゲルフ、グエルフィ)の二派にわかれて争うようになる。国際紛争を背景とした都市内の対立の調停役として強力な権力を持った支配者の必要性が高まり、ポデスタ、シニョーレと呼ばれる大権を持った単独支配者が登場する。ポデスタは共和政を前提とした臨時あるいは短期の任期を持つ職で、シニョーレは皇帝や教皇などさらなる上級権力の後ろ盾を前提とした長期的な任期の支配者を指し、それぞれポデスタ制、シニョリーア制と呼ばれる。ともに支持基盤としての特権的な都市貴族層を生みつつ永続的・世襲的な体制を確立するようになり、諸都市に寡頭政・君主政への移行を促した。

本書で描かれる「イタリアの中世都市」が辿った、公平・平等原理に基づく共和的集団指導体制が、国内の利害対立・権力闘争と対外的脅威を巡る対立とが結びついた紛争を経て、強力な権力を求めて独裁的体制へ移行するプロセスは様々な示唆に富む。

またカタストと呼ばれる資産調査と直接税納税記録から当時の人々の暮らしや都市の流入流出などの人口動態を読み解いたり、各都市の政府が発行した公債の購入記録から見える市民社会と政府公債の関係など史料読解の面白さもある。政府が無理やり富裕市民に購入させる強制公債や、結婚時に妻の資産として持たせる嫁資が公債で賄われていた例などはとても面白い。投資が市民社会に根付いている様子は諸都市で商業システム発展の土壌になったのだろうなどと思わされる。

他の世界史リブレットシリーズと同様、本書も「イタリアの中世都市」という要点に絞って整理された内容で、細部については他のより詳しい書籍に当たるのが良いが、概説としては申し分がなく基本が押さえられていてとても勉強になってお勧めだ。

参考文献

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