「砂糖の世界史 (岩波ジュニア新書)」川北 稔 著

1996年の発売以来売れ続けている世界史入門定番の一冊。砂糖の広がりを通じて様々な地域がつながりあい、ダイナミックに変化していくさまが平易なことばとわかりやすい解説で描かれており、世界史の面白さがこれ以上ないほどに詰まっているので、まぁ、読んでいる人の方が圧倒的に多いでしょうが、あらためて紹介しておこうという記事。

本書とあわせて記事下に列挙した書籍を参考にしつつ、大まかな砂糖を巡る歴史を概観しておこう。

歴史上、砂糖は西漸しつつ世界に広がった。砂糖の原料であるサトウキビはムスリム商人によってイスラーム世界の拡大とともに西へ西へと伝播し、十字軍によって地中海世界へ、スペイン・ポルトガルによって大西洋諸島さらに新大陸南米へ、イギリスによってカリブ海諸島へと広がりを見せる。この拡大の過程で砂糖は「世界商品」として人びとの生活に欠かせないものとなっていく。

サトウキビ栽培と製糖の特徴として、第一に生産地となる土地の地味に大きな負担を与える作物であること、第二に大規模な土地と労働力の集中投下が必要であることがある。第一の理由からより生産に適した土地をもとめて移動させる必要があり、それが拡大の要因となった。また第二の特徴から、古くから砂糖製造と奴隷制とは密接な関係があったが、十六世紀以降、ヨーロッパ諸国は砂糖製造のための労働力としてアフリカから新大陸へ黒人奴隷を大量に動員するようになる。砂糖プランテーションこそが近代奴隷制を、文字通りの意味で、成立させたのだ。

悪名高い「三角貿易」はイギリスから西アフリカへ金属製品・織物が、西アフリカから西インド諸島へ黒人奴隷が、西インド諸島からイギリスへ奴隷労働によって生産された砂糖・棉花が送られることで莫大な利潤を生むシステムであり、これとセットで奴隷とタバコを中核とする北米植民地の三角貿易、茶・香辛料を中心とするアジアの三角貿易の組み合わせによって英国で「商業革命」と呼ばれる海外貿易の拡大と富の蓄積が起こる。

商業革命は主に砂糖プランテーションのプランターとその子弟たちを中核としてジェントルマン階級の台頭を招き、中産化と紅茶の習慣が砂糖のさらなる消費拡大につながり、砂糖製造は一層の奴隷制強化を呼び、紅茶と砂糖を通じての生活習慣の変化が「生活革命」と呼ばれる英国風食文化の誕生へつながっていく。紅茶と砂糖の組み合わせという習慣はジェントルマン文化への憧れから下層階級にまで広がり、あわせてコーヒーやカカオ(チョコレート)の習慣も砂糖の消費に拍車をかけ、十九世紀以降のケーキなどに代表されるお菓子の誕生も砂糖の世界商品化と切っても切り離せない。

砂糖とともに相乗効果的に広がったコーヒー・紅茶はコーヒーハウス、カフェを誕生させ、ここでの議論と知識人の結びつきが民主主義思想と市民革命の土壌となり、新大陸アメリカではイギリス植民地支配の象徴としての紅茶を海に投げ捨てることで、独立戦争を開始した。革命の嵐は奴隷労働に甘んじていたハイチにも波及して史上初の黒人による共和国を誕生させる。

高関税に守られた砂糖の価格を維持したい砂糖プランターからなる西インド諸島派と労働者の賃金を低く抑えるため関税を撤廃し砂糖の価格を下げたい工場経営者からなるマンチェスター派の利害対立が、人道主義と結びついて英国奴隷制の廃止をもたらし、温帯でも栽培が可能なビートから砂糖を精製する技術の発見、砂糖の低価格化によって奴隷労働では採算がとれなくなったことともあいまって、奴隷制にかわり移民労働者を中心とした年季契約へ、そして砂糖製造の現状まで、様々な動きが簡単に整理されている。

冒頭でも書いたように、砂糖を通じて複数の地域が相互に結びつき、その結果として起こる様々な変化や、砂糖から波及しあるいは相乗効果としてもたらされる関連商品の発展、経済の拡大と、表裏一体の奴隷制度や利害の対立、血で血を洗う戦争まで、鮮やかに紡がれていくので、世界史に興味がもてなかった人には世界史の面白さを伝えてくれるだろうし、それなりに一つ一つの事件や現象には詳しいという人にはそれらをつなぎあわせる見取り図となるだろう。

また、さらなる知識欲をかきたてられるかどうかが良い入門書・概説書かどうかの判断基準となると思うが、その点も十分に役割を果たしていると思う。多くの人は読みながらあるいは読み終えたときに、砂糖を巡って様々な興味が沸くだろうと思う。例えば、砂糖製造の現状はどうなっているだろうか?とか、奴隷制についてもっと詳しく知りたい、とか、日本と砂糖の関係はどうだっただろうか、とか、色々頭に浮かぶはずで、そういう次の興味の対象を見つけることが出来るのではないだろうか。

日本と砂糖の関係と言う点では琉球史と密接にリンクして、現在の沖縄を巡る諸問題まで一気につながってくるし、奴隷制を巡っては中南米とアメリカの歴史も含め現在まで残る様々な負の歴史と現代社会でも大きな問題となる人身売買まで結びつくので、本書を読んだ後に湧き上がる様々な興味を追いかけると「すべての歴史は現代史である」(ベネディット・クローチェ)を結構強く実感することができるだろう。

参考書籍
イギリス帝国の歴史 (中公新書)
海洋帝国興隆史 ヨーロッパ・海・近代世界システム (講談社選書メチエ)
近代世界と奴隷制―大西洋システムの中で

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