「現代オカルトの根源:霊性進化論の光と闇」大田俊寛 著

二十世紀のオカルティズムの拡大と浸透の過程で現代日本社会にごく当たり前の思想として受け入れられている霊魂観――「肉体が潰えた後も霊魂が存続し、輪廻転生を繰り返しながら永遠に成長を続ける」(P242)ことで、やがて「神的存在にまで到達することが出来る」(P22)という進化・成長する霊魂観――はオウム真理教や幸福の科学などの新新宗教から小説映画ドラマそしてアニメーションなどのサブカルチャーまで幅広く見られる共通の思想であり、ルーツを辿ると十九世紀の神智学に行き着くものだ。

本書は日本に限らず現代世界に広く行き渡ったこの「霊性進化論」の誕生からナチズムや人種主義、戦後の英米のニューエイジ運動、そして現代日本のオウム真理教と幸福の科学に至る展開の過程と幅広い影響を概観する一冊である。

「霊性進化論」を生み出したのはオカルトにちょっとでも興味がある人には超有名人のブラヴァツキー夫人(1831~91)である。当時、ダーウィンの進化論の登場によって旧来の宗教観が大きく動揺して欧米では心霊主義運動が盛んになっていた。心霊主義運動については以前紹介したので詳しくは「『心霊の文化史—スピリチュアルな英国近代』吉村 正和 著」を参照していただきたい。彼女は進化論と心霊主義とをともに批判しつつ、その両者を融合させる思想を構築した。それが人間の生きる目的が「高度な霊性に向けての進化にある」(P33)として、七段階の進化の過程をたどるという「霊性進化論」であったという。

アストラル体であった第一根幹人種からエーテル体の第二根幹人種ハイパーポリア人、物質的身体を獲得した第三根幹人種レムリア人のとき善と悪・光と闇の対立が勃発し、高度な霊性を持つ大師(マスター)と獣と交わって霊性を失い動物化した人類に二極化、第四根幹人種アトランティス人はテレパシーで意思疎通を行い、言葉を獲得して、最盛期を迎えたが大洪水で滅亡し、洪水を逃れて世界に離散した大師がヒマラヤやエジプトなどの文明を築き、世界を支配する第五根幹人種アーリア人となり、アーリア人はやがて海洋から浮上する大陸で進化する第六根幹人種バーターラ人として物質的身体の束縛から離脱、完全な霊性としての第七根幹人種となる、というもののようだ。

本書では「霊性進化論」の中心要素として「霊性進化」「輪廻転生」「誇大的歴史観」「人間神化/動物化」「秘密結社の支配」「霊的階層化」「霊的交信」「秘教的伝統・メタ宗教」の8つが挙げられている。

ブラヴァツキー夫人死後の神智学と霊性進化論の展開について、ヨーガと瞑想を取り入れ組織を階層化して、権威としてクリシュナムルティという少年を擁立したチャールズ・リードビーターと、キリストを太陽神に模してアーリマンとの相剋の中でアーリア人と北欧神話とを結びつけて後のアーリア人至上主義の道を拓いたルドルフ・シュタイナー(シュタイナー教育でお馴染み)の二つの流れから、アーリア人種至上主義、ナチズムと反ユダヤ主義への展開が概説されている。

戦中戦後の欧米社会における霊性進化論の影響としては第二章で前世診断や予言などで人気を博したエドガー・ケイシー、アダムスキー型円盤と平和主義活動で有名なジョージ・アダムスキー、マヤ暦の2012年終末予言を唱えたホゼ・アグエイアス、爬虫類人陰謀論を唱えたデーヴィッド・アイクらの思想が霊性進化論を背景にしていることが論じられている。

日本の霊性進化論の展開は「ヨーガや密教の修行を中心とする流れと、スピリチュアリズムを中心とする二種類に大別」(P180)できるとして、前者の系譜として神智学信奉者でヨーガ団体「龍王会」を開いた三浦開造にはじまり、三浦らの霊性進化論に影響を受けた玉光神社宮司本山博と阿含宗を開いて霊性進化論的教義を唱えた桐山靖雄を紹介し、桐山からオウム真理教へ至る展開とオウム真理教の思想が論じられている。一方、後者のスピリチュアリズム的霊性進化論の系譜として、英米文学者で大本教信者として出口王仁三郎の片腕として活躍、後に対立した浅野和三郎にはじまり、浅野と交流の深かった小田秀人主宰の心霊主義団体の影響を受けて新興宗教「GLA」を設立した高橋信次と後継者の高橋佳子、GLAの教義に大きな影響を与えたSF作家平井和正らの思想を詳述して、そのGLAに大きな影響を受け高橋信次から霊示を受けたと称する大川隆法によって設立された幸福の科学へと至る過程が描かれる。

もう少し幅広く七十年代日本のオカルティズムの受容については以前書いた記事「『オカルトの帝国―1970年代の日本を読む』一柳 廣孝 編著」を参照ください。

ダーウィンの進化論と近代科学の影響で諸宗教の知恵が急速に説得力を失いつつあったことと、急速な社会の流動化と物質的な進歩の過程の中で自己のアイデンティティの基盤が揺らいでいたという十九世紀後半の社会を背景にして霊性進化論は「ほとんど唯一の福音とも思われるほどに」(P242)説得力を持った。自らの霊性=魂を進化させることで神にも近づけるかもしれない、その先にはユートピアが広がっているという希望に繋がる。また、「人間を単なる物質的存在と捉えるのではなく、その本質が霊的次元にあることを認識し、絶えざる反省と研鑽を通じて、自らの霊性を進化・向上させてゆく」(P242)という自己啓発的な効果もある。

一方で、霊性進化論は「純然たる誇大妄想の体系に帰着」(P242)するという負の側面が大きいこともまた強く指摘されるものだ。霊性進化論の系譜にナチズムからオウム真理教まであまりに強烈なラインナップが揃っているのもその負の側面ゆえだ。霊的進化と動物化という二元論、善と悪の二項対立を特徴とするがゆえに、著者は霊的エリート主義の形成、被害妄想の昂進、偽史の膨張の3つを負の側面として挙げている。

人間の有する霊性が段階的に設定されることで、高度な霊性に到達したものとそうでないものとの間に差別と服従の関係が生み出され、時に差別意識に基づく攻撃が行われることになる。また、霊的進化論という単純化によって信奉者は自らの思想に正当性を獲得する一方で、批判に対しては強烈な被害妄想を抱くことになる。彼らは洗脳されている、真理を隠蔽されているという陰謀論と高い親和性がある。さらに、死後の霊魂の永続性という観念を歴史や宇宙論にも持ち込むため、超古代文明とか宇宙人の存在などの妄想を引き起こし、光と闇の対立から最終戦争論へと陥りやすい。

霊性進化論的な思考は現代社会でもありとあらゆるところで見られる。前世とか輪廻転生はすでに日常会話でも飛び出す程度に広く信じられている、あるいは多くの人が口に出さないまでもどこかでその可能性を認識している。SFやファンタジー、様々なエンターテイメント作品では高次の存在だとか神化とかはほぼ必須のアイテムでもある。世界を操るなんたらかんたらもエンタメとしてだけではなく、実際に信じている人も非常に多い。というか二項対立的理解というのは確かに人間の根源的な認識方法の一つなのだろうが、霊性進化論とその影響を受けた大小様々なオカルト、宗教、思想さらには政治まで浸透してきた過程で、非常にとっつきやすくなっている。

霊性の進化そのものもライフハックや自己啓発では非常に手軽に使われるようになっている。最近ネットでよく目にするようになったミニマリズムなんか、非常にカジュアルで取るに足りないような話題だが、信奉者はより多くモノを捨てている人を次のステージ、レベルといった言葉でもてはやしているのをよく見かけて、霊性進化論のポップでカジュアルな正嫡感が強いし、一部の疑似科学もドグマ化する過程で霊性の上下や批判者に対する被害妄想などをこじらせていっている。

エンタメ分野だともう数えきれない。古くはウェルズ「タイムマシン」のモーロック人とイーロイ人が霊性を高めた人類と動物化した人類という構図だし、日本でも小松左京の「果しなき流れの果に」は宇宙人によって人類の中の選ばれた人びとが物質的身体を失って高次の存在に引き上げられていく物語だ。人類の進化を総括するクラーク「幼年期の終わり」などを挙げるまでもなくSF分野で霊性の進化を巡るドラマは数えきれないほど描かれてきた。

本書では「新世紀エヴァンゲリオン」「ふしぎの海のナディア」などが挙げられているが、もっと直近のアニメを挙げてみよう。例えば「魔法少女まどか☆マギカ」、思春期の少女たちから選ばれて魔法少女になり、その動物化的な姿としてソウルジェムが汚れて(霊性を失って)魔女化し、一方で物質的身体を失って高次の存在である概念化していく。同じ脚本家虚淵玄の「翠星のガルガンティア」の人類とヒディアーズの対立構図も人間の霊性を巡って科学的な過程を通じての動物化と二項対立をたどっていた。またイデオンから直近のGレコまで富野由悠季作品と霊性の進化は切っても切り離せない。「クロスアンジュ」は霊性の高い人間と低い人間の差別の構図の中で物語が進み、高次の存在なども登場して、むしろ霊性進化に対する抵抗と人間賛歌が描かれた。

直近で放送終了したばかりの「戦姫絶唱シンフォギア」シリーズもオカルト色、特に神智学ネタがガジェットとして多数盛り込まれている。ネフィリムは聖書ネタだが、ブラヴァツキー夫人はアトランティス人と対立した闇の子に位置づけた。アーネンエルベ機関という組織が最新作GXで主人公サイドの協力者として登場するが、アーネンエルベとは「祖先の遺産」を意味するナチ親衛隊(SS)の中の北欧神話・アーリア人種研究機関のことで本書でも紹介されている。ヨーロッパの台頭どうこう言ってたし、もしかして続編ではナチの残党かなんかと戦うのだろうか。ますます80年代B級映画感が。

まだまだ映画ドラマ小説サブカルチャーから思想宗教疑似科学占いライフハックなどなどいくらでも見つけることが出来る。これらが特別なのではなく、大なり小なり当たり前の共通の理解として霊性進化論の影響は形を変えつつ存在しているということだ。このような誰もが共有してきた文化的宗教的背景の中からオウム真理教は地続きに生まれてきたのであり、その土壌はかつてより薄く広く隅々まで行き渡っている。

近代化の中でかつて伝統宗教の中に位置づけられていた霊魂は行き場を失い、ようやく見出されたのが非常に危さを孕んだ霊魂観であったというのが、本書からは非常によくわかる。今ここに行きている自分がいつか必ず消滅するという事実に耐えられる人というのはそうそう多くない。一方でよりよい自分になりたいという願いが、魂の進化という観念と結びつくのも当然の帰結でもある。現代社会においてこれにかわる説得力のある霊魂観というのはなかなか見当たらないこともあって、本書で描かれるような霊性進化論の系譜と陥穽は人類が直面している問題の一つとして挙げられるだろう。

著者はインタビューで以下のように語っている。

なぜ人間はオカルトにハマってしまうのか? | 今月のマストバイ新書 | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト
「このような霊魂観を克服するためには、「魂とは何か」という問題をあらためて公に論じ合い、社会的合意を形成しなければならないでしょう。しかしそれは、いつ、どのような仕方で可能なのか。率直に申し上げて、現状では、私にも見通しがあるわけではありません。ただ、その前段階として、先ほど述べたように、現在の社会が抱えている困難や弱点の構造を、可能なかぎり明確化しておく必要があるのだろうと考えています。」

「現在の社会が抱えている困難や弱点の構造を、可能なかぎり明確化しておく必要」について心の底から同意しつつ、むしろ、霊性進化論の克服ではなく、その負の側面を認識したうえでどう止揚するかの方に軸足を移すほうが現実的ではないかと思わないでもない。多くの人がどこかで信じ、受け入れている「霊魂は進化する」という霊魂観・宗教観を認め、そのうえで二項対立と二元論に陥らないような安全弁をどう築くかこそ重要ではないかと、今まさに起こっている「近代」の落とし子、選民主義と被害妄想と陰謀論的世界観の具現化であるISILの暴虐を眺めつつ思う。

イスラームの聖戦復古主義も元を辿れば欧米近代社会への反発から生まれている。進化論から援用されて登場した社会進化論的な世界観への反発からキリスト教原理主義が生まれ、キリスト教原理主義・宗教保守主義と進歩主義の対立のなかでやがて進歩主義とリベラリズムの時代を迎え、このアメリカ社会に対する批判の一つとして当時のイスラーム世界の衰退と結びつけるかたちで思想家サイード・クトゥブが生み出したのがイスラームの聖戦復古主義という流れになる。霊性進化論と戦後アメリカの進歩主義との親和性は本書で論じられている通りだ。そして霊性進化論の負の側面として挙げられる特徴をクトゥブ以来のイスラーム聖戦復古主義もキリスト教原理主義もまた共有している。

何にしろ、現代社会の諸問題の一つをわかりやすく、構造的に捉えるとても良く出来た入門書の一つだと思うので、おすすめ。

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