「食糧の帝国――食物が決定づけた文明の勃興と崩壊」

人類史における都市の繁栄を生み出したもの、それは食糧の余剰と交易であった。余剰食糧が富を生み、富が都市と社会、そしてそこで暮らす人びとの生活を繁栄させる。本書は、その歴史上様々なかたちで現れてきた「食糧を礎とした社会」、すなわち「食糧帝国」の盛衰を通して、現代もまたその歴史上の「食糧帝国」と共通する特徴を備え、それゆえに巨大なリスクを抱えていることを浮き彫りにする一冊である。

「食糧帝国」成立の3つの条件

1) 農民が自分たちで食べる以上の食糧を生産できること
2) 買い手に売るための取引手段が存在すること
3) 経済的利益をもたらすまで食糧を保存できる手段があること

本書によれば、古代メソポタミア、エジプト、ギリシア、ローマ、中国から大英帝国まで「食糧帝国」は上記の3つの条件が成立することによって誕生してきた。すなわち、余剰食糧の生産、取引の仕組み、保存と輸送である。歴史上、この食料の生産、保存、交易はどのように発達してきたか、本書では十六世紀、ヨーロッパからアジアまで幅広く活躍したフィレンツェの商人フランチェスコ・カルレッティの生涯を中心に据えつつ、古代から現代までの食糧帝国の興亡と特徴が描かれている。

食糧帝国拡大の3つの要因

食糧帝国はいずれも成立すると、持続可能な限界を超えて膨張する傾向がある。特に西ローマ帝国、中世ヨーロッパの修道院経済、ギリシアのミュケナイ文明に一致する食糧帝国の行き過ぎた拡大の3つの要因として、「ひとつ目は、近代以前の都市が処女地の耕作による余剰食糧を基に発展したこと。ふたつ目は、豊作を助ける温暖な気候が長期的に続くという、気候の幸運に頼っていたこと。三つ目は、栽培作物を特化させた農業に依存していたことだった」(P100)ことを挙げている。

周縁部の開墾と農業技術の革新による余剰食糧の増産は都市の成長に繋がるが、一方で交易ルートの確立と効率化、都市のニーズのため、地域の農業を単一の作物に特化させることになる。生産物の特化は農地から多様性を奪い生態系の崩壊を招くし、農業規模が拡大すると土壌の再生回復速度が追いつけなくなり、農地の拡大と森林の伐採はトレードオフで、また、いつまでも温暖な気候が続くわけでもない。

かくして、食糧帝国における食糧危機は特に体制が脆弱な地域での社会不安を招き、食糧帝国、すなわち食料生産、取引、流通システムとそれ支える政治体制・社会秩序の動揺と崩壊まで転がり落ちることになる。古代メソポタミア、ギリシア、ローマ帝国、古代中国、中世ヨーロッパの修道院経済と農業革命、大航海時代の植民地の拡大、近世イタリア商業都市の興隆と衰退、フランス革命に至るフランス王国、そして大英帝国を始めとする西欧列強の植民地体制まで、様々な食糧帝国の勃興と崩壊例がそれこそ縦横無尽に描かれている。

現代の食糧帝国が孕むリスク

一九七〇年代以降全世界規模で成立した現代の食糧帝国もまたこれまでの様々な食糧帝国と同様のリスクを抱えている。それは現代の食糧帝国が第一に「土壌が永遠に肥沃であること」(P17)、第二に「理想的な気候が続くこと」(P18)という前提で、第三に「現代の食糧帝国は、ごく限られた種類の農産物を大量に生産する『特化型』の農業地域がパッチワークのようにつながってできている」(P18-19)ことだ。

第一の点、現代の食糧帝国はかつてないほどに「猛烈に耕し、種を蒔き、収穫してきた」(P18)。当然土壌は劣化する。その劣化を補うために人類は品種改良を繰り返し、土壌の強化を試みてきた。農業で土壌が被るダメージを補うだけの生化学による解決策はどこまで有効に機能させ続けられるかというリスクが常に存在し続けている。第二の点、「二〇世紀の成長は長期にわたって温暖な気候に恵まれた」(P79)おかげである。2000年代に入っても記録的な豊作が続いており、「二〇世紀の平均気温は、中世ヨーロッパと古代ローマの食糧帝国が最盛期を迎えた頃に近」(P80)い。このような歴史的に見ても非常に理想的な気候を前提として成立していることのリスクは非常に大きい。第三の点、特化型の農業地域の組み合わせによるネットワーク化は「経済から見ると健全だが、生態系から見ると悪夢である」。「作物特化型の農地はみなたがいに依存しあっている。どれひとつとして単独では存在しえないし、自立していない。ひとつが欠ければ、システム全体が崩壊する」(P19)。

化石燃料への依存とハーバー・ボッシュ法

これらは歴史上の様々な食糧帝国と共通する前提でありリスクだが、現代にしか当てはまらない特徴がある。それが化石燃料への依存だ。生産、保存、輸送――食糧にかかわるあらゆる局面で安価な化石燃料の存在が前提となっている。

特に現代食糧帝国成立の画期となったのが化学肥料の誕生であった。植物の生育で最も重要な元素が窒素で、農地の窒素量が食料生産の限界を決めることになるが、そのためには窒素を窒素化合物にする(=「窒素固定」)必要がある。古来からその方法は3つしかなかった。一つ目は落雷による放電でおこる窒素分離、第二にマメ科の植物の根に共生するリゾビウム属の根粒菌が含む酵素による窒素分離、最後が排泄物など有機化合物を肥料として農地に直接与えることだ。限られた窒素量の活用が劇的に変わったのが二〇世紀初頭のハーバー・ボッシュ法の発明だった。人工的に窒素固定が可能となった結果、人工肥料が生まれ農業は急速に進歩し、人口の拡大と食糧帝国誕生の基盤となった。

「今日、地球の人口の約四〇パーセントがハーバー・ボッシュ法によって産出されたたんぱく質に依存して生きている。言い換えれば、三〇億人が人工的に固定された窒素に頼って存在している。」(P156)

ハーバー・ボッシュ法による人口肥料の製造過程では化石燃料が欠かせない。「ハーバー・ボッシュ法では、加熱用だけではなく、分離された窒素原子と結びつける水素を確保するための水素源としても、大量の天然ガスが必要である。」(P157)人口肥料への依存はすなわち窒素に依存してきたこれまでの農業から、窒素製造方法への依存への転換であった。化石燃料の価格変動と供給限界が直接的に人類の生死を握るというリスクである。

食糧帝国のリスクヘッジ

本書は別に危機感を煽って食糧帝国崩壊!人類滅亡!などと言っているわけではない。二〇世紀の世界的な食糧生産供給体制の成立が世界の繁栄に大きく貢献したし、かつてないほどに複雑で洗練された体制が築かれているが、歴史上成立してきた食糧システムと同様のリスクを現代も抱えていること、世界的な規模で成立しているゆえに、その内在するリスクの影響範囲も大きくなっているということを指摘している。今後も増え続ける人口を支えていくだけの持続可能性が現行体制にあるのか?歴史を繰り返さないためにいかにしてリスクヘッジを行っていくべきか?ということだ。

現代の食糧帝国へのオルタナティブとして登場してきた「フェアトレード」「有機農法」「スローフード運動」についても、著者は厳しい評価を与えている。「フェアトレード」は認証条件の緩和による形骸化が著しく、「有機農法」は現在の食糧帝国を支える化学肥料へのカウンターとして評価しつつも、有機農法が「持続可能性という幅広い問題よりも投入される資材に焦点を当ててしまった」(P261-262)。その結果、「工業化された農業との違いは、肥料が化学合成されたものではないという点だけ」(P262)で「有機生産は食糧帝国のマイナス面のすべてをともなって」(P262)いるという。

地産地消の「スローフード運動」についても「都市が地元の地域だけから食糧を購入するのは、ばかげたことだ。食糧貿易なしでは、その地域で干ばつや作物の病気が発生した場合に死を意味することになるからだ」(P277)としつつも、その理念については非常に高い評価を与えている。「スローフード運動は、人々に食品へのこだわりを芽生えさせたという点で正しい」(P276)し、持続可能な食糧帝国のためには、「バイオリージョナリズム(生命地域主義)」と呼ばれる小規模農場で多様な農産物を育てる、あまり距離の離れていない顧客に販売する形式を取り入れる必要がある。あくまで、現行のグローバルな食料生産取引のネットワークで成立する食糧帝国のリスクヘッジとして非常に重要だとしている。

「グローバルな食糧とローカルな食糧はたがいに欠点を補い合うことができる。ローカルな食糧はエネルギーを節約でき、遠隔地の災害からの悪影響を受けにくい。グローバルな食糧は経済効率が高く、さらに重要なことに、夕食のテーブルにマンゴーとサーモンをいっぺんに並べることができる。グローバルなシステムが必要なのは、地域が農産物を特化出来るようにするためである。ただし、この特価もある程度までで、行き過ぎてはいけない。国際貿易は土地の非効率的な利用を防止する。効率よく育てられない農産物は買ったほうが安上がりだからだ。このグローバルとローカルの組み合わせ――バイオリージョナリズムを組み込んだシステム(これより言い方がないのでこう呼ぶ)――が、現代の食糧帝国を持続させるうえで現在存在する最良の道なのである。」(P278-279)

それでも、リスクがなくなるわけではない。それこそ、決して劣化しない土壌や環境に左右されず生育する作物、気候変動すら操作しうる革新的な科学技術、あるいは無尽蔵のエネルギーの発見など、奇跡でも起きない限り、食糧帝国は常に崩壊のリスクを抱えながら持続可能性を模索し続けることを求められる。その、現在の世界を支える食糧システムが孕む諸問題を歴史的な視点で整理した良書だと思う。

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