山岸凉子「レベレーション(啓示)」はジャンヌ・ダルク伝の画期となるか?

大家・山岸涼子先生が満を持して描くジャンヌ・ダルク伝「レベレーション<啓示>」、ジャンヌ・ダルクファン、百年戦争期ファンは必見の作品になりそうな予感がする。いや、それどころかジャンヌ・ダルクものとしても画期となる作品になるかもしれない。

本作の特徴はジャンヌだけでなく、同時代の人々が多数登場してくるところにある。これまでジャンヌものというとジャンヌ・ダルクがほぼ中心にあって他の登場人物はたいして描かれなかった。なんとなく取り巻きの人々にとどまっていた。こちらはかなり重点的に様々な人物を登場させて、ジャンヌと絡めようとしている。

本作でおそらく主要人物となりそうなのが、ジャンヌ、シャルル7世、ジャン・ル・バタール・ドルレアン(ジャン・ド・デュノア)、そしてアランソン公ジャン2世である。特にアランソン公はジャンヌの相手役としてもう一人の主人公扱いになりそうである。

少し歴史上の人物について語るので、本作でまだ描かれていない部分まで触れることになる、いわゆるネタバレになりうる内容に触れるのでご注意ください。

アランソン公ジャン2世はフランス王家ヴァロワ家の傍流、美男公の愛称で知られる貴公子で、シャルル7世とは竹馬の友である。王太子ルイ(のちのルイ11世)の代父を任されるほどシャルル7世から高い信頼を得ていた。オルレアン包囲戦には参加していないが、その後のパテーの戦いに至るイングランド軍追撃戦で総司令官を務め、シャルル7世のランス戴冠に至る様々な戦いの立役者となった。その際にジャンヌ・ダルクに心酔し、宮廷内で対英主戦派の領袖と目されるようになる。ジャンヌ・ダルク第一の戦友と呼べる人物である。

このポジションはこれまでの創作ではジル・ド・レにとられることが多かったが、実際のところ、ジル・ド・レとジャンヌの関係はそれほど深くない。ジル・ド・レがジャンヌ第一の戦友的扱いをされるのは、その後彼が凶行に走りその身を滅ぼしたことから敷衍してジャンヌに心酔しすぎてあのような凶行に・・・と想像されたからだが、実際はあまり関係がない。彼は和平派でジャンヌと対立するラ・トレイムイユに近しい人物で、心証としてジャンヌに親近感を持っていたとは言われるが、彼の立場上、ジャンヌと親しくは無かったようだ。本作では「ジル・ド・レもいるぞ」的なセリフ程度で、おそらくは重視していないような描き方だった。

実はアランソン公もまた、ジャンヌに心酔してその身を亡ぼすことになる人物である。主戦論を唱えるアランソン公は和平重視のシャルル7世との間に亀裂を生じさせ、ジャンヌの死後、王太子ルイとシャルルとの対立や、集権化を強めるシャルル7世政権への不満を糾合して、ブルボン公ら諸侯とともに、1440年、プラグリーの乱と呼ばれる諸侯反乱を主導、これを鎮圧されたのちも幾度かクーデター計画を立てたり、反抗的な活動を行ったりして、1456年、ついに反逆罪で逮捕され、その生涯を獄中で終えることになる。シャルル7世の無二の親友から最大の反逆者へと劇的な生涯を送ることになる人物だが、その第一歩がまさにジャンヌの一挙手一投足に目を奪われたその瞬間であった。復権裁判記録を読めばわかるが、彼の証言するジャンヌ像は実に美しく、瑞々しい。ジャンヌとともに戦った日々が彼の栄光の時代だったのだなと思わされるのである。

その、これまで創作上のジル・ド・レに隠れてきた「本当のジャンヌを愛しすぎた男」をメインに持ってきているところに、まず従来のジャンヌ・ダルクものと一線を画すポイントがある。

さらに、多くの関連人物を登場させている。それも、これまでのジャンヌものであれば無視されてきた、しかし、ジャンヌの生涯を語るうえで欠かせない人物たちだ。

たとえばジャンヌの家族、特にピエールとジャンの二人の兄である。ほぼジャンヌ・ダルクの創作では無視されているが、実は彼らはジャンヌ・ダルクの部隊に従軍して妹ジャンヌとともに戦っている。さらにいうと、ピエールはコンピエーニュでジャンヌとともに捕まっており、途中までともに同じ城内に囚われていた。ジャンヌはやがて裁判のためルーアンへと送られ、ピエールは長きにわたって捕虜生活を余儀なくされることになる。ジャンヌ・ダルクの生涯を語るうえで、兄ピエールの視点は実はとても重要なのである。妹があれよあれよという間に救国の乙女となり、そして共に囚われ、なすすべなく火刑に処されるまで見送ることになった、彼の心中いかばかりであったか、ジャンヌについて調べる過程で彼の気持ちを思うととても苦しい気持ちになる。本作でも妹ジャンヌとともに戦いに参加しており、妹思いで優しいピエールとお調子者のジャンというわかりやすい性格付けがなされていて、この後も重要な役割を演じることになるだろう・・・いばらの道が用意されていることは間違いない。

また、同じく珍しいところではブーサック、ラ・ファイエット両元帥、アンブロワーズ・ド・ロレ、そしてヴァンドーム伯ルイなども名前が登場する。特筆すべきはヴァンドーム伯である。本作でもシノン城に到着したジャンヌを大広間に通す役割でわざわざヴァンドーム伯と自ら名乗っている。普通はヴァンドーム伯については無視しても差し支えないシーンなのだが、敢えてひげの端正な老紳士として描いている点が、重要キャラとして描く意図かもしれない。史実のヴァンドーム伯もまた、ジャンヌの生涯に大きな役割を果たした。描かれている通り、歴史上でもシノン城の大広間へとジャンヌを導いたのは彼である。そして、多くの戦いをジャンヌとともに転戦、コンピエーニュでもジャンヌとともにあった。1430年五月十六日、ジャンヌ軍とヴァンドーム伯軍は一旦コンピエーニュを離れソワソンへと向かうが、ここでジャンヌは改めてコンピエーニュへ戻ることを決断、一方でヴァンドーム伯はサンリスへと転進する。その後、ジャンヌはコンピエーニュで捕虜となるわけで、いわばヴァンドーム伯はジャンヌを迎え入れ、そして送り出す、奇妙な役割を担うことになったわけである。

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わざわざ、シノン城でヴァンドーム伯に名乗らせているということは、もしかすると「ソワソンの別れ」を劇的に描く伏線なのではないか、と期待している。

また、ブーサック元帥とアンブロワーズ・ド・ロレもこれまで描かれてこなかった人物だが、実はこの二人、ジャンヌ・ダルクのすべての戦いに参加した二人なのである。ブーサック元帥は1375年生まれの老将である。乙女の傍に最初から最後まであった老将軍というだけでご飯何十杯でも行ける感じだが、ジャンヌが囚われ処刑されたのち、ブーサック元帥とヴァンドーム伯とでコンピエーニュ解放に成功、戦友二人は雪辱を果たしている。そして、1432年、ブーサック元帥はこの世を去っている。ひっそり隠れたジャンヌの老戦友、とりあえず今は名前が出てきているだけだが、本作で今後、オルレアン後のジャンヌの戦いが描かれるなら、登場が期待される人物であり、彼の名前が登場したページはその期待を高まらせるに値していた。

このように、本作は、ジャンヌ・ダルクを中心とした、百年戦争後半群像劇、大河ドラマの趣がある。今後の展開にとても期待が集まる作品といえよう。

参考書籍
・レジーヌ・ペルヌー、マリ=ヴェロニック・クラン著「ジャンヌ・ダルク

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