「図説 ジャンヌ・ダルク(ふくろうの本」上田耕造 著

2018年6月現在で最も新しく(2016年発売。2017年刊の 堀越孝一著「ジャンヌ=ダルクの百年戦争 (新・人と歴史 拡大版)」(清水書院)があるがこちらは1991年刊の再刊。こちらもお勧めの入門書である。)、簡潔にまとまっていて手軽に入手できるジャンヌ・ダルク入門書である。ふくろうの本シリーズらしく図版が豊富で、ジャンヌの多数の肖像画はもちろん、地図や系図、戦闘図など多数収録されているので直感的にわかりやすい。

第一章では百年戦争の推移が前史となるノルマン・コンクエストから紐解かれ、第二章でジャンヌの生涯を追い、第三章では「ジャンヌ・ダルクを読み解く」と題して三つのテーマからジャンヌの実像に迫る内容となっている。ジャンヌ・ダルクを描くというよりも百年戦争史の中にジャンヌ・ダルクを位置づける試みがなされている本といえよう。

その第三章だが、「ジャンヌ・ダルクはフランス軍を勝利に導いたのか?」「ジャンヌ・ダルクは異端であったのか?」「ジャンヌ・ダルクはフランス人に国民意識の萌芽をもたらしたのか?」という三つのテーマが掲げられてそれぞれ節として論じられている。

ここではその一番目「ジャンヌ・ダルクはフランス軍を勝利に導いたのか?」について簡単に紹介しておこう。英仏の兵力差については諸説あるが、ここでは1429年3月時点で英軍5000、仏軍4000という説を取っている。諸説ある中で一番手堅い数字だが、レジーヌ・ペルヌーは「オルレアンの解放 (ドキュメンタリー・フランス史)」(1986)で包囲終結時のイングランド軍兵力として6934、1429年3月時点での仏軍兵力として1021という数字を挙げる。ただし、ジャンヌ率いる増援部隊がこのあと4月末に入城する。開戦時はイングランド軍にブルゴーニュ軍が同盟軍として参加していて4月17日に退却しているので包囲軍は当初はもっと多く、仏軍も2月のニシンの戦いまではスコットランド軍やクレルモン伯の増援があったので防衛側も数千規模であっただろう。英仏の兵力比は最大でも2:1ぐらいだったろうが、著者が言うように「兵数としては両軍において、そう大差はなかったであろう」(P94)

当初、包囲軍は名将の誉れ高いソールズベリー伯が率いていたが包囲開始早々不慮の事故によって死亡、ジョン・タルボットが新指揮官となるものの事実上集団指導体制に移行し、包囲網の構築は遅々として進まなかった。それでも要衝レ・トゥーレルを占拠しその前面にオーギュスタン砦を築き、ロワール川左岸と右岸にも砦を築いてオルレアンを追い詰めつつあった。しかし、補給を断つまでには包囲網を完成できず、その穴がジャンヌをはじめとする補給部隊や増援部隊の入城に繋がる。

「包囲網を敷くとなると、包囲する側であるイングランド軍は、兵を各砦に分散させておかなければならない。イングランド軍はオルレアンを取り囲むのに、十一個もの砦を造った。」(P99)

つまり、包囲網は完成せず、兵力の分散だけが起きていたという状況であったわけである。

ジャンヌは到着するや否や攻勢を主張。その結果、各砦に分散する英軍は兵力を集中させた仏軍に各個撃破されていくという、要するにジャンヌに聞こえた神の声は「わが軍は包囲殲滅の危機にあるのではない。各個撃破の好機にあるのだ!」と伝えていたわけで、神様=ラインハルト閣下説を唱えたい(笑)

ジャンヌの影響はまず、強硬策を神の声として主張することで定石にこだわる仏将の固定観念を崩し、神の使者という少女が陣頭に立つということで仏軍の士気を大きく向上させる一方で、英軍に動揺をもたらす精神的な影響が大きかった。一方で、ジャンヌの影響力はあくまで「兵数や戦術といった戦闘の基礎となる部分があって、その上に付け加えられる要素」(P103)であり、ジャンヌ自身に戦闘指揮能力があったわけではない。神の恩寵だけでは勝てないことを、このあとジャンヌ自身が証明することになるのだった。

「ジャンヌがもたらしたであろう精神的な要素は、練り出された戦術のうえにしか効果を発揮しない。ジャンヌは確かに優れたモチベーターであっただろう。これが戦略とうまく絡まり合ったオルレアンでは勝ち、これがバラバラでモチベーションだけが上がった状態で迎えたパリでは負けた。」(P104)

実際、オルレアンではジャンヌとともに戦っていた武将は総指揮官のオルレアン私生児ジャン(デュノア伯ジャン)をはじめ、ラウル・ド・ゴークール、ラ・イル、ザントライユ、シャバンヌ兄弟、アンブロワーズ・ド・ロレなどのちに百年戦争でフランスを勝利に導く綺羅星のごとき名将勇将揃いなので、劣勢ではあっても指揮官レベルでは英軍を遥かにしのぐ層の厚さだった。

これを読んだら、次はぜひジャンヌ・ダルク研究の決定版にして必読書レジーヌ・ペルヌー、マリ=ヴェロニック・クラン「ジャンヌ・ダルク」を手に取ってほしい。さらに、一次史料たる「ジャンヌ・ダルク処刑裁判」(2015年再刊)「ジャンヌ・ダルク復権裁判」(絶版)も邦訳されて久しいので生の声に触れることをお勧めする。特に復権裁判記録の様々な証言は感涙ものである。ちなみに、著者の上田耕造氏には「ブルボン公とフランス国王―中世後期フランスにおける諸侯と王権」という百年戦争期からブルゴーニュ戦争期にかけてのブルボン公とヴァロワ王権関係研究の白眉な論考があって、こちらもお勧めである。

参考書籍

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