ジャンヌものの新境地に期待「デゾルドル(1)」岡児志太郎 著

ジャンヌ・ダルクほど漫画として描きやすそうで実際描こうとしてみると難しい歴史上の人物というのもなかなかいないのではないか。その事績がことごとく現実離れしすぎているがゆえに、どうにも地に足がつかない描き方になってしまいそうである。そこで、ジャンヌ・ダルクを取り巻く人物に焦点を当てて描く、というのは一つの解になるのではないか。

本作では、その試みとして傭兵の少女ルーヴを置いている。ルーヴは歴史上ジャンヌの戦友として知られる猛将ラ・イル(エティエンヌ・ド・ヴィニョル)の娘という設定である。ジャンヌと架空の傭兵の関係を主軸とした作品というと佐藤賢一「傭兵ピエール」を思い出す人も多かろう。あちらのジャンヌは弱さを抱えていて世情に長けた傭兵が助けていたがこちらのジャンヌは強く、逆に弱さを抱えているのが傭兵の方だ。本作ではルーヴは当時の傭兵よろしく、暴力を当然のものとして受け入れつつ、しかしその現状に疑問を持ち、自ら手を汚すことを逡巡する少女として描かれている。一方ジャンヌは一巻時点では無謬である。何もかもを見通して行動しているようである。無謬の乙女(ラ・ピュセル)と迷える傭兵の少女との化学変化がどうなっていくのか、今後に期待したい作品の一つだったが、残念ながら連載は打ち切りが決まり、全2巻で完結することになるようだ。

ジャンヌ・ダルクを取り巻く人物に焦点を当てて描く、ということで著者はラ・イルとともに、傭兵としてザントライユを登場させている。歴史上ラ・イルと並ぶガスコーニュ出身の傭兵であり、百年戦争で活躍、のちにフランス元帥に任じられるシャルル7世麾下随一の勇将である。シャルル7世の家臣の中でも魅力的な人物だとかねてから思っていたが、創作ではなかなか出番が無かったし、描かれているとしてもほぼモブ扱いで残念な思いを味わい続けていたので、今作ではかなり強キャラとして描かれていてありがたい。

また、一巻でヒールの役を引き受けるフロケも歴史上実在の人物である。フロケことロベール・ド・フロックも傭兵でラ・イルやザントライユらとともに略奪などを行っていた記録が残る。元々は小貴族出身であったらしい。実は記録上初めて登場するのはジャンヌ死後の1432年のことで、オルレアンの包囲戦に参加していたかどうかははっきりしていないし、ジャンヌと面識があったかどうかも定かではない。後にシャルル7世の直属部隊に名を連ね、だまし討ちや策略を得意としてノルマンディ攻略に活躍したという。ノルマンディの港町オンフルールに城館を与えられ、「兵七〇〇人余、弓兵二〇〇人を擁していて」(ペルヌーP358)、「シャルル7世の歴戦の将の一人と見なされていた」(ペルヌーP358)。おそらく著者も同じ書籍を参考にしていると思うのだが――というかフロケについて紹介される日本語文献はレジーヌ・ペルヌー「ジャンヌ・ダルク」(東京書籍)一冊しかないのだが――、その記述に従うなら、実に面白い人物であるので、今後の描き方を楽しみにしている。

一方、シャルル7世を暗愚に描いているのは、やはり異議を唱えたい。いや、もしかすると後々覚醒するフラグとして描いているのかもしれないが、さすがに、意味不明なことをぶつぶつと独り言を言うだけで、ヨランド・ダラゴンが何もかも代弁している様は勝利王というよりは父王の方の異名である狂王と呼ぶにほうがふさわしい。「ジャンヌのおかげで戴冠できたお飾りの王」というようなイメージはやはりもう払拭されるべきであるので、優柔不断や酷薄は当時から言われている評価なのでそれはそれとして、追い詰められた状況を描くにしても聡明だが思い悩んでいる、といった描き方にしてもらいたかった。シャルル7世の異名は「勝利王」と「よく尽くされた王」、すなわち将に将たる魅力を備えた人物であったのであって、優柔不断や酷薄ではあったかもしれないが、少なくとも、愚かではないし、誰かの操り人形であったわけでもない。王太子時代から即位した後も、ジャンヌの登用なども含めて彼の決断がアルマニャック派において大きな影響をもっていた、という点ははっきり書いておきたいし、この暗愚さはあくまでデゾルドル世界におけるシャルル7世像である。その上で、この「暗愚なシャルル7世」を、いかに無謬なるラ・ピュセルが導くのか、いかにして「ジャンヌのおかげで戴冠できたお飾りの王」のテンプレを崩すのかは見どころとなりそうだ。

打ち切りは残念だがせっかくのジャンヌ・ダルク作品でもありルーヴとジャンヌの関係も惹かれるところ多いので、最後まで本作に付き合おうと思っている。あと二巻だが、山岸涼子「レベレーション(啓示)」とともに続刊楽しみに待とう。

タイトルとURLをコピーしました